34 その頃、キールでは……(3)
「ねえ、ジル兄。どうしたの? さっきからずっと浮かない顔をしているけど?」
「ああ。ちょっとな」
ジル・クランはロートス王国の王都キールの中心街の食堂に座っている。
今一緒に居るのは、ジルの所属しているオルカ海賊団の頭領ミゲル船長の息子、イアン・アルカーノだ。
ジルもイアンも、オルカ海賊団に所属してはいるが、同時にミゲル・アルカーノが経営するアルカーノ商会の一員でもある。
今回、ジルたちオルカ海賊団の若手乗組員数名は、オルカ海賊団が考案した新型の小型船を操縦する仕事をアルカーノ商会として請け負った。
雇い主はクリスタリア国王カルロ・クリスタリア。
仕事内容は、第二王子のギルベルト・クリスタリアをまず第一目的地となっているハクブルム国の王都シーンまで連れて行くこと。
ハクブルム国は内陸に位置するため海には面していない。取り敢えず海に面したタチェ自治共和国の港までは王家所有の大型帆船に新型船を積み込んで向かう。
そこから、満を持して新型船に乗り換え、タムール川を上って行こうというのだ。
この新型船には風の魔導石を搭載した魔導具を使用しているため、ある程度流れの早い川でもかなりのスピードで進むことができる。
クリスタリア国の第二王子のギルベルトが、姉であるアリシアの嫁ぎ先の国であるハクブルム国を訪問するのに、この新型船を使用したいとの申し出を受けての旅だった。
旅は至って順調で、ジルたち海賊団の若手乗組員たちは大型帆船では乗組員として操船を手伝い、タムール川に入ってからは、新型船の操縦を全て完璧に請け負った。
新型船での旅は想像していた以上に快適で、クリスタリア王宮関係者は皆満足して一旦船を下りてシーンの王宮へ向かう。
ジルたちオルカ海賊団の若手乗組員たちも、王宮に招かれることは流石に無かったが、ハクブルム国では充分なもてなしを受けた。
もちろん彼らが海賊団の一員であることは、ハクブルム国でも極一部の人間にしか知らされてはいない。
まあ、なかなか複雑な立場なのだから止むを得まい。
その後シーンでの所用を全て終えたギルベルト一向は、第二目的地へと向かう。
再び新型船に乗り込み、今度はタムール川を下る。海へ出ると、ここまで乗ってきた新型船は役目を終え、大型帆船に格納されタチェの港を出港した。
ハクブルム国滞在後は、ジルにとっても友人であるエルンスト・フォン・ヴィスマイヤーと、その婚約者のルアンナ・ミュルリルも小型船に乗り込んでいた。
次なる目的地となっているキールは、エルンストの故郷でもあるロートス王国の王都。
エルンストとルアンナはそこで結婚式を挙げ、その後はそのままキールに留まりロートス王国の貴族として暮らしていくことになっている。
そんなクリスタリア国からの一向は、先週、ここキールの港に無事に到着していた。
ジルたち海賊団の若手乗組員たちも、この街でエルンストとルアンナの結婚式が終わるのを待つ。その後、揃ってクリスタリア国へ帰ることになっているからだ。
大型帆船はキール港に長期間停め置くことができない為、隣町にある港へと移動していった。当然この国にいる間は大型帆船は動かさない。つまり、船員たちは皆、しばらく仕事は無い。
若手乗組員たちも、それぞれにキール近郊の町で今頃のんびりと休暇を楽しんでいることだろう。
ジルとイアンの二人に関しては、イアンが実はギルベルトの再従兄弟であること、ジルが平民とは言えギルベルトの友人であることもあって、何かあった時にすぐに対応できるようにとの建前でヴィスマイヤー侯爵邸に、昨日までは滞在していた。
昨日まではと言ったのにはわけがある。
ジルもイアンも最初こそは我慢していたが、やれお茶会だ、やれ挨拶をしたい、是非とも新型船の話が聞きたい、などといった極めて貴族っぽい毎日に耐え切れず、屋敷を飛び出し、街にある極一般的な宿へと二人だけで移って来たのだ。
やっと勝手気ままに、自分たちのリズムで行動できる。
前夜は嫌がるイアンを連れて街の酒場へと繰り出し、イアンを呆れさせるほどジルは浴びるように酒を飲んだ。結果、今朝ジルは当然のようにイアンが何度呼んでも部屋から出て来ない。
お腹が空きすぎて、もうこれ以上我慢できなくなったイアンにジルは無理矢理叩き起こされた。
そうして、ついさっき、小さな大衆食堂でようやく遅い昼食を終えたところなのだ。
「なんとなく、活気が無い。イアン。お前は、そうは思わないか?」
「ええ? この店のこと? そんなこと今更言うくらいなら、最初から、もっと大きい店に入れば良かったんじゃないの?」
「違う。この店の話じゃ無い」
そんなことを聞かれても、イアンにとっては今回の旅がクリスタリア国を離れた最初の旅なのだ。他の町と比べるにしても、今のイアンでは比較対象があまりにも少なすぎる。
「だったら、つい先日まで居たハクブルム国と比べてみろ」
「ハクブルム国? あそこは良い国だったね。タムール川沿いの町は、きちんと整備されていたし、人も感じが良かった。王都のシーンは特に綺麗な街だったよね」
「そうだな。だったらこの街はどうだ?」
「ええと……」
歴史的にみれば、ロートス王国はこの大陸の中でもかなり古くから栄えている国の一つ。ハクブルム国の王都シーンに比べれば、街並みは一見して歴史を感じさせる。
と、言うよりは、言われてみればなんだか燻んだ古めかしい印象を受ける。
「ああ。なんとなく、ジル兄の言いたいことが分かった気がするよ」
そう思って街を歩いてみると、いろいろなことが見えてくる。
ヴィスマイヤー侯爵邸のある一角は貴族街で、通りも広く、整備されているので歩きやすかったが、今二人が歩いている下町は様子が違う。
特に中心地の賑やかな通りを少し離れると、朽ち果てた建物があったり、ゴミの溜まった裏路地、おそらくはその辺りに住んでいると思われる、酷く痩せ細った子どもたちが目に付く。
「クリスタリア国内では、あんな子どもを見かけることは殆ど無いだろう? まあ、決してゼロでは無いけどな」
ジルが「ゼロでは無い」と言ったのは、今でもフェイやミリアのような、誰かの保護を必要とする子どもが、町のどこかに隠れて暮らしていることもあるからだからだろう。
「ロートス王国って、今は国王が居ないんだったよね?」
「そうだ。十数年前に酷い事件が起きて、それ以降は、まだ未成年の第一王子を支える形で摂政制を取っている筈だよ」
「そんな国でこれからエルンストさんとルアンナさんは暮らしていくのか……。大変そうだね」
「ああ、そうだな。まだ他国との交流も、以前のようには盛んじゃないみたいだし」
ジルは今回の旅では、新型船の操縦だけでなく、アルカーノ商会テレジア本店の “副支配人” という立場で他国を、特にロートス王国を探って来るようにとの密命を、商会会頭のミゲルから受けている。
「すぐにこの国の商人と旨味のある取り引きが開始できる状態かと言われれば……。ちょっと、いや、かなり問題はありそうだな」
「もう少しその辺を歩いて見るんでしょ?」
「そうだな。やっぱり宿を移して正解だったよ。あの屋敷にずっと居て、この国の綺麗な面だけ見て報告をあげたんじゃ、会頭にどやされるところだったよ」
「あはは。父さん、おっかないからねー」
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