33 その頃、キールでは……(2)
「ロートス王国へようこそ、ギルベルト殿下。一年振りですね」
「ええ、お久しぶりですね、レオンハルト殿下。本日はお招き嬉しく思います」
キール城への招待に、ギルベルトはバルマー侯爵父子と、エルンスト・フォン・ヴィスマイヤー、それからエルンストの婚約者のルアンナ・ミュルリルを伴っていた。
今回はあくまでも非公式な会合ということで、ギルベルトたちが通されたのは謁見の間などでは無く、私的なサロンのような部屋だった。
室内には、第一王子のレオンハルトの他に五人居て、その中には一年前にタチェ市のゲール州領主のヨハン・ミュラーの屋敷で顔を合わせた、あのキツネ目の男の姿もあった。
「確か彼、ユール・センスという名前でしたね」
フレド・バルマーは、一度でも会って言葉を交わした人物なら名前と顔を確実に覚えている。これは素晴らしい才能だと、常々ギルベルトは感心している。
「ああ、そうだったね」
そのユール・センスは席には座らず、レオンハルトの後ろの壁際に立っている。
レオンハルトは、座っている三人を順に紹介した。
レオンハルトの右横に座る一番年上に見える少々太り気味の男がザグマン侯爵。
その横がザグマンの娘のミヒャエラ。自分の婚約者だと、少し照れながらミヒャエラのことを紹介する。
レオンハルトの左横はトニアーラ侯爵。レオンハルトは、そのトニアーラ侯爵のことをこの国の宰相だと言った。
レオンハルト自身は、目の前に座っているエルンストの父親が、あの日まではこの国の宰相をしていたことなど、おそらく知らないのだろう。
ギルベルトも自分の横に座る四人を紹介する。
「こちらは私の友人、エルンスト・フォン・ヴィスマイヤー卿です。ヴィスマイヤー家といえば、この国の侯爵家ですから、ご存知ですよね? ああ、そういえば、エルンストの父君も以前この国の宰相をされていたのでしたよね?」
「はい、ギルベルト殿下。仰る通りです」
「そうなのですか?」
レオンハルトが驚いた顔でエルンストを見ている。
ギルベルトもフレドも、一年前にタチェでレオンハルトに会った時に、エルンストの話題には触れている。
エルンスト抜きにクリスタリア国がロートス王国と接点を持つことは無いだろうと、暗に匂わせもした。
にも関わらずこの顔だ。レオンハルトは話の内容を覚えていないのか、覚えていたとしても然程重要とも思わなかったのか、国へ戻ってからもヴィスマイヤー侯爵家に関して、何も調査などしなかったようだ。
「凡庸なのか、そうなるように育てられたのか……」
フレドがボソリとそう呟いたのがギルベルトの耳には届いた。
ギルベルトはこの場で、エルンスト・フォン・ヴィスマイヤーがクリスタリア国にとって如何に重要な人物であるか、今後ともエルンストとの良好な関係を続けていきたいとクリスタリア国王カルロも、他の重鎮たちも考えていると、少々大袈裟なくらいに語った。
それから、エルンストが横に居るルアンナ・ミュルリル侯爵令嬢と結婚式をするために帰国したこと、自分もその式が終わるまではこの国に滞在するつもりでいること、一刻も早くエルンストに侯爵位が襲爵されることを願っていると話した。
ギルベルトがこういった話をしている間、レオンハルトは何度も頷いたり、時には質問をしたりしながら真剣に話を聞いている。
フレドは凡庸と表現していたが、ギルベルトはこの次期国王はただひたすらに純粋な少年なのではないかとの考えに至った。
どちらにしても、このレオンハルトは『王の器』では無い。
これ程までに純粋であれば、横に座るザグマン侯爵が『傀儡の王』を完成させる日も近いだろう。
「それでしたら、ヴィスマイヤー卿の結婚式の前に、王宮で特別に襲爵式を執り行いましょう!」
「お待ち下さい、殿下! そのようなことを勝手に決められては困ります!」
レオンハルトの突然の提案に、ザグマン侯爵が慌てる。
「良いじゃない。いずれにせよ近いうちに襲爵するのだし、それが少し早まるだけだよ。僕からヴィスマイヤー侯爵家への結婚のお祝いってことにしよう! ミヒャエラも、良い考えだと思うよね?」
「はい、殿下。とても良いお考えだと思いますわ」
ミヒャエラは、レオンハルトの横でニコニコ笑ってそう答えた。
ー * ー * ー * ー
「それにしても、何と言うべきか……」
「僕としては、想像していたよりもずっと良い感触だと思ったけどね」
キール城訪問を終え、ギルベルトたちはヴィスマイヤー邸へと戻っていた。
「あの第一王子は……。まあ、そうですね。ギルベルト殿下がそう仰るのでしたら、そうなのでしょう」
フレドは何か言いかけたが、苦笑いを一瞬浮かべただけで、それ以上は言わなかった。
「それにしても、あのザグマン侯爵。まるで自分の方が第一王子よりも立場が上って態度でしたよね。摂政って立場にはそれ程の力があるのですか?」
ラモスが尋ねた。ラモスは先程までのキール城での会談中は一言も発せず、ずっと黙ってあの場を観察していたのだ。
「第一王子が赤ん坊の頃からずっとあの立場に居るのだ。すっかり権力を持つことに慣れきっているのだろうな」
「なるほど」
レオンハルトはザグマン侯爵の反対を押し切り、エルンストにヴィスマイヤー侯爵位を継がせることを決めた。授爵式はキール城で十日後に開かれる。
第一王子の立場では、一侯爵家の結婚式に出向くことはできないので、彼なりの精一杯の結婚祝いとして、ギルベルトが友人だと言ったエルンストに爵位を与えたかったようだ。
「何はともあれ、良かったじゃないか!」
フレドはエルンストの肩をバシバシと叩く。
「ありがとうございます」
「当日はルアンナ嬢も同行するのだろう?」
「はい」
「だったら、この国の貴族たちに見せつけてやると良い!」
そう言ってフレドは楽しそうに、またバシバシとエルンストの肩を叩いた。
そのエルンストの横で困ったような笑顔を浮かべていたルアンナが、急に思い出したようにギルベルトに話しかける。
「先程チラッと見せて頂きましたが、王太后様への贈り物、素敵な首飾りでしたね! モチーフは睡蓮ですか?」
「そうです。祖父のアイデアで」
「睡蓮はこの国の国花なんですよ、ルアンナ」
「まあ、そうでしたの」
「何事も無く、王太后様の元まであれが届くと良いのですけどね……」
「まあ、大丈夫だと思いますよ」
ギルベルトの不安を他所に、フレドはあっけらかんとそう言った。
「あの第一王子だったら、ギルベルト殿下からの頼まれごとですから、嬉々として遂行するでしょうよ。流石に自ら北の離宮とやらに持って行くことは無いでしょうが、贈り物も手紙もちゃんと届けてくれると思いますよ」
「だと良いけどね」
王太后への贈り物は、クリスタリア国の先代の王フェルナンドからということになっている。添えられた手紙も、フェルナンドが自ら書いたものだ。
フェルナンド曰く「誰かに中身を確認されたとしても、全く問題無い、極ありきたりの手紙に見える」らしい。
フェルナンドが手紙に何を書いたのかは、ギルベルトも知らない。
「さて、殿下。明日は特に予定もありませんし、キールの街でも散策しに出掛けてみますか?」
「あっ、それは良いですね! 行きましょうよ!」
「あら。それでしたら、是非私もご一緒したいですわ」
「おっ、それは良い! ルアンナ嬢もこれから暮らす街を知るべきですね!」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい!」
エルンストが慌てて割って入る。
「私も長くこの国を離れていたので、正直今のキールの様子には疎いのです。警備上の問題もありますし、そんなに大勢で目立つ行動をされるのは……」
「困りますかな?」
「ええ。困りますね、バルマー侯爵」
「でも、ここに居るメンバーは、お忘れかもしれませんが、貴方を筆頭に揃いも揃ってお忍び歩きの達人ばかりですよ!」
「……ああ。確かにそうですね」
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