29 ティーグルとサスティー
「ああ。やっぱり来るか……」
「えっ? レガリア、何? 何が来るの?」
「……ヤツが来る」
「ヤツって?」
「サスティーだ。もうすぐそこまで来ているぞ」
「サスティー?……って神獣?」
レガリアとローザの会話を聞いていたルシオが、大きな声でそう叫びながら椅子から立ち上がった。
「小僧、そう喚くでない!」
「でも。って言うか、どうして迎えに行かないの?」
「我にわざわざ出向けと言うのか?」
「えっ、駄目なの? 僕、神獣サスティーに会ってみたいな! 皆で行こうよ」
「そうね。行きましょう! レガリアも一緒に」
ルシオの提案にローザも立ち上がる。
レガリアは面倒臭そうに欠伸を一つして目を瞑った。どうやら聞こえない振りをする気のようだ。
「ルシオ様、行きましょう!」
そう言うと、ローザは狸寝入りを決め込んでいたレガリアを強引に抱き上げた。これにはレガリアも驚いたようで、慌ててローザの腕の中から飛び下りる。
「迎えに行くわよね? レガリア?」
既に、ほぼ満月に近い綺麗な月が夜空に浮かんでいる。かなり遅い時間だが、思っていた以上に外は明るい。
「あれ、居ないじゃない……」
レガリアが先頭を歩き、その後ろを子どもたち四人がついて行く。
屋敷の脇に出たが、ルシオの言うように誰かが居る気配はアスールも全く感じない。
「だから、慌てる必要など無かったのだ。しばらく待っておれ」
レガリアが裏山の方を見ているので、四人も同じように黙って裏山に意識を集中させる。
「「「「あっ!」」」」
月明かりに照らされているせいだけでは無いだろう、それはうっすらと光輝いているように見える。
「……サスティー!」
アスール口から漏れ出た小さな声が、静まり返った夜の空気に吸い込まれていく。
青みがかった銀灰色の、オオカミに似たあの懐かしい姿が、もうアスールたちの目の前まで迫って来ていた。
気付けば、いつの間にかレガリアも真の姿になっている。
「あら。揃ってお出迎え?」
「ふん。子どもらが行きたいと言うので、我は仕方なくついてきただけだ」
「それはどうも」
やはり、並ぶと少しだけレガリアの方が大きいか?
「凄い! 目の前に神獣が並んでる! レイフ、これって夢じゃ無いよね?」
「うん。夢じゃ無い……。と思う」
ルシオはすっかり興奮している。レイフはまだ目の前の光景が信じられないのか、腕で目をゴシゴシと擦っていた。
「あら、貴方。なんだか随分と……。ああ、そうね、大きくなったんじゃない?」
「僕、ですか?」
「ええ、貴方」
サスティーはアスールを食い入るように見つめている。
アスールは思わず一歩後退った。
「そんなに見つめるな。お前に食われるんじゃ無いかと怖がっておるではないか!」
「食われるですって? 失礼な!」
「その見た目では、そう思われても仕方あるまい?」
「はぁ。貴方にだけは言われたく無かったわ!」
「見た目で言ったら、どっちもどっちでは……」
レガリアとサスティーの言い争いに、思わずルシオが口を挟む。
「「なんだと(ですって)?」
「ありゃ、失礼致しました! でも、ねえ……。皆だってそう思うでしょ?」
(ルシオ、頼むから矛先をこっちに向けないでよ!)
「そうなのか?」
「どうなのよ!」
(似た者同士……。とは、言い難いよね)
「レガリアは白に薄いピンク色の縞模様が可愛いですし、サスティー様は銀灰色の毛皮がとっても素敵ですわ! 私はちっとも怖いなんて思いませんけど?」
「ぷはは」
ローザの台詞を聞いたルシオが思わず吹き出した。
その場の空気が一瞬にして柔らかくなる。
「ねえ、夏とはいっても、流石にこの時間は冷えるよね。どうせなら、お茶でも飲みながら中で話さない?」
レイフが屋敷の方を指差している。
「そうだね。そうしよう!」
「あれっ? お茶の用意をお願いしようと思っていたのに……」
皆でゾロゾロと屋敷へ戻ったのだが、どういうわけか全く人の気配が感じられない。屋敷の中は不自然な程に静まり返っているのだ。
お茶を頼もうにもダリオの姿も見当たらない。
「ねえ、ローザ。覚えてる? 二年前にも、これと似たような状況があったよね?」
「そうですね。あの時もこんな感じでした」
「あの時は我の。今は、ヤツの力の影響だ」
ローザの疑問に答えたのはレガリアだ。
レガリアは大きな身体で、ローザの真横にピタリと寄り添って歩いている。まるでサスティーをローザに近づかせたくないかのようだ。
「サスティー様の力ですか?」
「そうだ。ヤツは気配を消すことに関しては、他の神獣よりも長けておる。まあ、他の能力では、到底我には敵わんがな」
レガリアの説明によると、神獣は普段は人前で完全に気配を消して暮らしている。だから例えどこかですれ違ったとしても、人間が神獣の存在に気付くことはまず無いらしい。
そうすることで無駄な接触を避け、互いに干渉し合わないようにしているそうだ。
「ってことは、今晩はダリオさんの美味しいお茶も、焼き菓子も、無理ってことだね」
ルシオの声は明らかに沈んでいる。
「今日はもう充分食べただろう? お茶とお菓子は無いけれど、部屋で話そうよ」
レイフを先頭に、皆はダイニングルームに移動した。途中、誰一人としてすれ違う者は居ない。
サスティーは初めて足を踏み入れる “家” というものに興味津々のようで、キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていた。
「じゃあ、今までもどこかですれ違ったりしていたってこと?」
ダイニングルームに落ち着くと、柔らかい絨毯の上を気に入ったらしいサスティーに、ルシオが尋ねた。
レガリアは、そんなサスティーと、ローザが座っているソファーの間に陣取っている。
「ええ、そうよ。実際、貴方たち二人が今こうして元気で居られるのは、はっきり言って私のおかげよ」
「えっ?」
「何度も道に迷ったり、崖から落ちそうになったり。貴方たちは山を舐めすぎなのよ!」
「もしかして……僕たちのこと、助けてくれました?」
「助けた? さあ、どうかしら。私の山で人の子が迷った挙句に怪我をしたり、死なれたりするのなんてこと、私が嫌なだけよ!」
サスティーはそういってプイッと横を向いた。
「それにしても、今まで何人も助けてきたけど、貴方たち二人は本当に酷いわ。もう二度と二人だけで山には入らないことね」
「「……はい」」
(なんだかんだキツイことを言いながら、サスティーも人が良いな。あっ、人じゃなくて神獣だけど)
「そうだ。会った序でに聞いておきたいことがある」
「あら、なあに?」
「お前の住処の近くに、ある程度水が溜まっているところはあるか?」
「ある程度水が溜まっているところ?」
レガリアの問いに、サスティーは首を傾げた。
「ああ、そうだ」
「海や川では駄目なの?」
「できれば、波や流れの無いところが良い。そうだな。浅過ぎず、深過ぎず、冷た過ぎず……。ああ、水が汚れているようなところは論外だぞ」
「何よ、それ。随分と条件が多いのね」
「ローザが、泳ぎを覚えたいと言うのでな」
「あら、まあ!」
そう言うと、サスティーは立ち上がり、楽しそうにレガリアの側に歩み寄る。それから、そっとレガリアの耳元で囁いた。
「本当に面白いわ! 貴方、随分と入れ込んでいるのね。人の子如きに」
「ふん。お前には関係無かろう」
「そうね。そうかもしれないわね。でも、ちょっとは気になるじゃない?」
「何がだ?」
「だって貴方、前回ここで会った時とは比較にならないくらいに力が漲っているわ。それって、あの娘のお陰なんでしょう?
サスティーがローザの方を振り返った。
「今すぐにでも、国一つ簡単に潰せそうな程の力よね?」
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