28 その頃、シーンでは……(2)
「ヴィスマイヤー卿、ルアンナ様。改めて、ご婚約おめでとう」
「「ありがとうございます。ギルベルト殿下」」
ハクブルム国王夫妻主催のお茶会が終わり、国王夫妻と共に、お茶に招かれていたミュルリル侯爵夫妻とその長男、それからバルマー侯爵もラモスを伴って部屋を出て行った。
残ったのは、ギルベルトの他には皇太子のクラウスとアリシア夫妻、それからエルンスト・フォン・ヴィスマイヤーとその婚約者のルアンナ・ミュルリルの五人だ。
「こちらでのお披露目は三日後でしたよね?」
「はい。我が家で行います。親しい方たちを中心にお招きして、ささやかに行う予定です」
ルアンナは「ささやか」とは言ったが、おそらくは筆頭侯爵家の長女の結婚の祝いと同時に、国を離れることを見送る会でもあるのだ。それなりの規模のものと考えて間違いないだろう。
ギルベルトの笑顔が引き攣る。
「この国のご令嬢方には『クリスタリア国の第二王子は、クリスタリア国の方針で他国から花嫁を迎え入れる予定は無い』と既に軽い噂話として流しておいたよ。安心して参加すると良い」
「えっ?」
クラウスの言葉に、ギルベルトが驚いて振り向いた。
「私の義弟は、どうやら最近、この手の話で随分と苦労しているようだからね。それもあってここまで避難して来たって話もあるとか、ないとか?」
「クラウス義兄上。何故、そのことを?」
「こう見えて、私は情報取集は得意分野なんだよ」
クラウスの横で、アリシアが戸惑うギルベルトを見てクスクスと笑っている。
「姉上……。貴女ですね?」
「さあ、何のことかしら?」
「なっ……」
クラウスも、まるで悪戯っ子のように楽しそうに笑っている。
「まあ、冗談はさて置き、当日は私的な集まりとは言っても、我が国の重鎮もほぼ顔を揃える。公式の場では無いから気兼ね無く、知り合っておいて損は無いと思える面々を厳選して私から君に紹介するよ」
「お気遣い、ありがとうございます」
「礼には及ばない。ハクブルム国としても、これから先長期に渡ってクリスタリア国との良好な関係であり続けることは非常に重要だからね」
「はい」
「さあ、アリシア。僕たちはそろそろ退席するとしよう。なんだか少し疲れた顔をしている気がする。君は、少し横になった方が良い」
「……そうですね。では皆様、お先に失礼致します。ギルベルトも、またね」
アリシアはクラウスに支えられながら、お腹を庇うようにして、ゆっくりと立ち上がった。
「はい、姉上。義兄上も、本日はありがとうございました」
「ああ。いろいろとゆっくり話すと良いよ」
「クラウス様は、随分と雰囲気が……柔らかくなられましたのね」
クラウスとアリシアが部屋から出て行ったのを見送ると、ルアンナがそう呟いた。
「そうなのですか?」
そう言われても、ギルベルトはアリシアと一緒に居るクラウスしか知らない。ギルベルトの知るクラウスは、ずっと姉に対してベタベタに甘い、あのクラウスだけなのだ。
「ええ。そう感じます。やはり、アリシア様の影響でしょうね」
「姉上の? ああ、姉は、おっとりしていますからね……」
「おっとり? ふふふ。そうですね。でも、アリシア様はきちんと真の通った方だと、私は思いますわ」
「……そうですか?」
「身内のことというのは、案外見えていないものですよ」
そう言ったのはエルンストだ。
二人の言葉からは悪い感情は全く読み取れない。
もう既にアリシアはこの国の人たちにも皇太子妃として、きちんと受け入れられ始めているのだろう。ギルベルトは、ほっと胸を撫で下ろした。
「では、ギルベルト殿下に今の私の状況と、今後について少しお話しさせて下さい」
ー * ー * ー * ー
エルンスト・フォン・ヴィスマイヤーが、アリシアに先んじてハクブルム国へと入ってから、既に二年以上の月日が過ぎていた。
エルンストはアリシアの側近としてシーンの王宮で過ごす傍ら、ロートス王国へ戻ってから必要となるであろう己の足場を固めるために、密かに、だが着実に行動していたようだ。
「結果として彼女を巻き込む形になってしまいましたが、お陰でミュルリル侯爵家という、非常に大きな後ろ盾を私は得ることができました」
エルンストは正直に語る。
ギルベルトが考えていた以上に、エルンストの立場は、ロートス王国に戻ってしまえば危ういものなのだろう。
実際、実の叔父をはじめとして、周りは敵ばかりの筈だ。それは、薄氷の上に立つのと同じくらいに危険に満ちていると言っていいかもしれない。常に命の危険に晒される可能性があるということに他ならない。
であるなら、少しでも身を守るためにも後ろ盾は、大きければ大きいほど良い。
そう言った意味では、ルアンナの父親のミュルリル侯爵はハクブルム国の宰相を務めるほどの大物。後ろ盾としては、これ以上無いくらいに申し分ない人物なのだ。
「その上、ロートス王国へ入国の際には、ギルベルト殿下も同行して下さいますしね」
「それはもちろん! 我がクリスタリア国の誇る王家所有の大型船で、堂々と正面からキール港に派手に入港させてもらいます」
「重ね重ね、感謝しております!」
エルンストを支持する者は、クリスタリア国内にも少なくなかった。
フレド・バルマー侯爵を筆頭に、王宮府にはその能力の高さから、二年前にエルンストがアリシアと共にクリスタリア国を離れることを惜しむ声が多く上がった。
そして更にこの二年で、エルンストはハクブルム国内に於いても、ミュルリル侯爵家だけで無く多くの貴族との繋がりを得たようだ。
突如シーンの社交界に現れた、このエルンスト・フォン・ヴィスマイヤーという人物は、クリスタリア国から来た花嫁の側近であり、ロートス王国でも有数の名家でもあるヴィスマイヤー侯爵家の未来の跡取りでもある。
そんなエルンストには王宮内に特別に私室が与えられ、彼の父方の祖母の実家でもあるチェトリ侯爵家でも家族同然の扱いを受けている。
その上エルンストは、その見た目も、立ち居振る舞いも抜群に美しく、非の打ち所がない好青年だった。
エルンストと進んでお近付きになりたいと思う貴族たちは、競ってエルンストを茶会や晩餐会に招いたらしい。
「まさかそんなエルンスト様が、私のような噂の傷物令嬢と婚約することになるとは、この国の貴族の誰も想像していなかったでしょうね」
「また君は、そんなことを言う……」
「ふふ。申し訳ございません」
エルンストとルアンナは顔を見合わせクスクスと笑い合っている。
「仲がよろしいようで……何よりです」
ギルベルトもつられて笑った。
「まあ、そんな感じで、ある程度の地盤は築けたと思います」
エルンストは真面目な顔で話を戻した。
「後は、私がロートス王国内に戻ってから、新国王就任というタイムリミットまでに、どれだけ敵の目を掻い潜りながら味方を得ることができるかが、勝負の分かれ目でしょうね」
どちらのレオンハルト・フォン・ロートスがロートス王国の次なる王として王位に就くにしても、レオンハルトの二十歳の誕生日までには全て決着はついている。
「幸運なことに我々にはまだ時間はありますし、焦る必要も無いと思います。まずは、ヴィスマイヤー卿がロートス王国に戻られて生活を安定させるのが先ですよね。奥方様のためにも」
「まあ、ギルベルト様。お気遣いありがとうございます」
そうだ。焦る必要は無い。
それぞれがそれぞれの場所で、できることを一つずつ、確実に積み上げていけば良いのだ。
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