26 フェイ・クランと小さな妹(2)
テレジアの街で買い物と魔力量測定を終え、迎えに来ていたマルコスの操る一本マストの小型船に乗り込んだ。
はしゃぎ過ぎて疲れたのだろう、ミリアは波の音を子守唄にするかのように、ローザに寄りかかってウトウトしはじめた。
フェイとレイフはマルコスの操船を眺めている。
「それじゃあ、フェイはアスールと二人で話したいって、そう言ったの?」
「明日、勉強部屋が終わった後にね」
「ふーーん。そうなんだ……」
ルシオは、フェイがアスールだけを指名したのがなんとなく面白くないらしい。
「いきなり大勢に話すより、取り敢えず誰でも良いから一人と話したかったんじゃ無いのかな。それがたまたま僕だったってだけだと思うよ」
「……まあ、良いけどね。じゃあ、フェイのことは頼んだよ!」
「分かった」
ー * ー * ー * ー
翌日、アスールは片付けを終えた後、フェイを探して屋敷の外に出た。フェイは厩舎の前でホルクを見ながらアスールを待っていた。
「フェイ。お待たせ! あれ、ミリアはどうしたの?」
「アスール兄ちゃん。ミリアならキアナと先に帰ったよ」
「キアナ?……えっと。ルイスの妹だっけ?」
「そうだよ!」
勉強部屋でアスールは、大抵大きい子の部屋の方を担当しているため、小さい子の部屋に来ている子たちの、顔と名前が今ひとつ一致していないのだ。
毎日の勉強部屋が終わると、ミリアは大抵一つ年下のキアナを家まで送って行く。そのままフェイが迎えに行くまで、ミリアはキアナの家で遊んで待っているらしい。
「ミリアはいつもキアナを家まで送っていくの?」
「そうだよ」
「ルイスは?」
「ルイスはだいたい毎日シモンとここから直接、海か、どっかに遊びに行くから」
「なるほどね。今日も二人はもう行ったの?」
「とっくにね」
「フェイは行かなくても良かったの?」
「僕は、毎日は一緒には行かないよ。家に帰って、母さんの手伝いもしたいし」
「そっか。それで? 何か、話があるんだったよね?」
「……うん」
アスールはフェイが自分から話し出すのを待ちつつ、ホルク厩舎からピイリアを連れ出した。
フェイはアスールの肩に乗るピイリアを、目をキラキラと輝かせて見つめている。
「アスール兄ちゃんのピイリアは、他のホルクよりも少し小さいよね?」
「それは、この中でピイリアだけが雌鳥だからだよ。ホルクは雌の方が雄よりも小振りなんだ」
「そうなんだ! それでか!」
「フェイは、随分とホルクが好きそうだね?」
「うん。ホルクは綺麗な鳥だし、手紙を届けたり、人探しだってできるんでしょう? 頭が良くてカッコイイ鳥だよね!」
「そうだね」
アスールはピイリアを大空に放った。ピイリアは気持ち良さそうにアスールとフェイの上空を旋回している。
「僕さ、大きくなったらホルクの世話をする仕事がしたいんだ」
フェイはようやく話す気になったようだ。
「ホルクの世話をする仕事?」
「うん。どんな仕事があるのか分からないし、なれるかどうかも分からないけどね」
「ホルクか……。そうだな、僕が知っているのは、飼育や繁殖をする人、ホルク便の扱いをする人、野生のホルクを密猟者から守っている人、ホルクの研究をしている人、とかかな」
「へえ、そうなんだ」
「ねえ、フェイ。王立学院を受験する気は無いの?」
「そこって、アスール兄ちゃんたちの通っている学校だよね? 王都にあるんでしょ?」
「王都では無いよ。少し離れている」
「……そうなんだ」
「王立学院でもホルクの飼育と繁殖をしているんだよ。僕とルシオは、そこから雛を譲り受けたんだ」
「それは知ってる。去年、ルシオ兄ちゃんから聞いたから」
「フェイは勉強もできるし、学院でもきっとやっていけると思うよ」
アスールの言葉に、フェイは一瞬嬉しそうな表情を浮かべた。だが、すぐに小さな声で言う。
「でも……。やっぱり僕には、無理だよ」
「どうしてそう思うの?」
フェイは俯いたまま黙り込んでいる。
「もしかして、お金の心配をしている? クラン家に迷惑をかけたくない?」
フェイは小さく頷いた。
「フェイ。王立学院は授業料も、寮によっては寮費も全て無料なんだよ。食事も、お昼は学院の食堂で、朝と夜は寮で用意してくれる」
「本当に?」
「そうだよ。学院内では制服を着用するんだけど……。ああ、制服っていうのは、皆が決められた同じ服を着るってことなんだけど、制服も新しい物を用意しなくても、お下がりを譲り受けることだってできるしね」
「そうなの?」
「ああ。僕の小さくなった制服も、兄上が着ていた制服も、今は別の学生が着ているよ。それは学院では、珍しいことじゃないからね」
フェイはアスールの話を真剣に聞いている。
「それから、学院には “院内雇傭システム” っていうのがあって……」
「いんないこようしすてむ?」
「そう! 難しい名前だけど、言い換えると、学院内で学生が仕事を手伝って、お金を稼ぐってことだよ」
「そんなことができるの?」
「そうだよ。自分で稼いだお金は自由に使っても良いし、貯金しても良い。中には、家に送金している人も居るって聞いたこともあるよ」
「そんなに沢山稼げるの?」
「仕事にもよるだろうし、長期休みにもずっと学院に残って働いている人も居るから、全員がそんなに沢山稼いでいるかは、僕には分からないけどね」
「そうなんだ……」
「ホルク飼育室もこのシステムを採用しているよ!」
「えっ?」
「ホルクの世話を手伝って、ホルクのことを学びながらお金を稼げるってことだよ」
「本当に?」
「ああ、本当だよ。凄く魅力的な話だと思わない?」
「思う!……思うけど」
「まだ何か問題があるの?」
「ミリアを、一人残しては行かれないよ」
(ああ。やっぱりだ。多分そうじゃないかとは思っていたんだよね……)
「ミリア?」
「うん。僕がここから居なくなったら、ミリアは独りぼっちになっちゃうから……」
本当にそうだろうか?
確かにフェイとミリアは二人だけの兄妹だ。キルキア国の港で見つけたクリスタリア国旗を掲げた船に潜り込み、密航者として二人きりでテレジアにやって来た。
だが、この島へ移って来てからもうすぐ三年になる。
今のフェイとミリアには、血の繋がりは無いが愛情深く接してくれる両親も、何かと頼り甲斐のある兄も、将来の心配をしてくれる姉も居る。それに友人だってできただろう。
「ねえ、フェイ」
「何?」
「それは、フェイの気持ちだよね? ミリアがどう思うか、どう思っているかを、フェイはミリアに聞いてみたことはある?」
「そんなこと、聞かなくても分かるよ」
「……そうかな?」
「そうだよ!」
これ以上兄妹の話を他人であるアスールがどうこう言っても、今のフェイは聞く耳を持つとも思えない。アスールは必要な情報だけを提示することにした。
「あのね、フェイ。王立学院を受験するのに必要なのは、ある一定の魔力量だけなんだ」
「えっ?」
「魔力量の最低基準は “五” 以上であること。フェイは基準を超えているよ」
「もしかして、昨日テレジアの街に行ったのって……」
アスールは曖昧な笑顔を見せる。
「もちろん受験するのに、身分も財力も必要ないよ。誰でも受験できる。ただし、入学試験の難易度は高いし、学院に入ってからも勉強は難しい。だからやる気のない者には受験は薦めない」
「うん」
「僕もルシオもレイフも、それからローザもまだ学生だから分からないことも知らないことも多いから、聞きたいことがあったらリリアナさんに相談するのも手だと思うよ」
「リリアナ先生に?」
「そうだよ。親の立場でも意見を言ってくれると思う」
「親の……」
「一度、フェイは君の今の家族に自分の気持ちをきちんと伝えてみた方が良いと、僕は思う」
「……気持ち」
「ただし、もしフェイが本気で王立学院を目指すつもりなら、時間は限られているよ。君の受験日までは後一年半だね。入学試験は一の月の中頃。申し込みにも時間は必要だし、念の為、勉強ももっとした方が良い」
フェイはしっかりと顔を上げてアスールの話を聞いている。
「取り敢えず、今日はもう家に帰りな。ミリアを迎えに行くんだろう?」
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