25 フェイ・クランと小さな妹(1)
「ねえ、ミリア。こっちのはどう? 可愛いと思わない?」
「あっ。可愛い! ローザお姉ちゃん、あのピンク色のは?」
「そうね。あれも良いわね!」
ローザとミリアはずっとあの調子でお土産選びに夢中になっている。
最早ローザは、今日の本来の目的が何だったのかを、すっかり忘れてしまっているのではないかと疑いたくなるほどだ。
ルシオは小腹が減ったと言って、レイフを連れて何か食べ物を買いに行った。
アスールはフェイと二人で、買い物をしている妹たちが見える場所で並んで壁に寄りかかって、二人が店から出て来るのを待っている。
「ローザお姉ちゃん、楽しそうだね」
「ああ、そうだね。悪いね、フェイ。今日は買い物に付き合わせちゃって」
「えっ、全然良いよ。ミリアも楽しそうだし。僕だって、楽しいよ」
「そう? なら良かった」
フェイは目を細めて、楽しそうにローザと買い物を楽しんでいる妹のミリアを目で追っている。
「アスール兄ちゃん。僕ね、時々思うんだ」
「ん? 何を?」
「もしあの時、三年前のあの日。僕が盗んだのが、アスール兄ちゃんのあの巾着袋じゃ無かったら、今頃、僕とミリアはどうなっていただろうって」
「フェイ……」
「あの時ジル兄ちゃんに捕まって、皆が許してくれて、僕たちを受け入れてくれたから、今僕たちはあの島で父さんや母さんと暮らしてる。友だちもできたし、勉強部屋でいろんなことも教えてもらってる」
「そうだね」
「本当にあの時はごめんなさい。それから、僕たちを助けてくれて、本当にありがとうございます」
「うん」
アスールもこれ以上何と言ったら良いのか分からず、二人はそのまま黙って前を見つめていた。
「おーーい。買って来たぞーー!」
「ちょっと待ってよ、ルシオ!」
向こうから、両手に紙袋を持ったルシオとレイフが笑顔で走って来るのが見えた。
ー * ー * ー * ー
買い物を終えたローザとミリアも合流して、アスールたちは少し移動し、港が見渡せる広場へとやって来た。
「ねえ、あそこに座って皆で食べよう! 美味しそうな物、いろいろ買って来たんだから」
ルシオがはしゃいでいる。
「ルシオ様、さっきあんなにお昼を召し上がっていたのに……」
「ああ、あの位どうってことないよ、ローザちゃん。ほら、これ食べてみて!」
「……では、頂きます」
ローザはルシオから差し出されたものをおっかなびっくり口に入れる。
「まあ、これ、何ですの? 凄く甘くて美味しいです!」
「そうでしょ! 去年レイフと見つけたんだ。ねえ、レイフ、何て名前だっけ?」
「シュカロン、じゃなかった?」
「違うよ、レイフ兄ちゃん! それはシュガロン! 何種類かの木の実を潰して、甘い生地の中に混ぜ込んで焼いてあるんだよ」
「まあ、フェイは物知りなのね!」
ローザに褒められて、フェイは顔を真っ赤にする。
「ああ、そうだ。島に帰る前に寄りたいところがあるんだけど、良いかな?」
突然ルシオが切り出した。
「何処に?」
「さっき、あの通りで魔力量測定をしてくれる店を見つけたんだよね。学院に入学してすぐの測定以来ずっと調べてないから、増えているかどうか調べたいんだけど、良い?」
「良いよ。まだマルコスさんとの約束の時間までには余裕あるし」
レイフは懐中時計を見て答えた。
「ねえ、フェイって、魔力量測定ってしたことあるの?」
フェイは驚いたようにルシオの顔を見て、それからぶんぶんと首を横に振った。
「試しに一緒にやってみる? 血を取るわけじゃないし、たぶん魔導具を握るか、手を置くか……。痛くはないよ」
「ルシオお兄ちゃん、ミリアもやってみたい!」
「おっ。ミリアも興味あるの?」
「うん。興味ある! あっ、でも、それって、もしかして、お金かかるの?」
ミリアの声は段々と小さくなっていった。
「大丈夫よ、ミリア。ミリアの分は買い物に付き合って貰ったお礼に私が支払うわ」
「でも、もうローザお姉ちゃんには、さっきのお店でリボンを買って貰っちゃったし……」
「あれは、私がミリアとお揃いのが欲しかったから勝手にプレゼントしたのよ。だから大丈夫!」
「そうだよ、ミリア! 散々買い物に付き合わされたんだ、測定代金はローザちゃんに払って貰えば良い」
ローザが笑顔で頷いた。
「そうだ、そうだ。僕とフェイもずっと待たされたから、ローザちゃん、三人分の支払いよろしくね!」
「ちょっと待って、ルシオ様。確かにフェイはお店の前で待ってくれていたけど、ルシオ様はいらっしゃいませんでしたよね?」
「ええと、そうだった?」
「フェイの分も私がお支払いするのは構いませんが、ルシオ様はご自身でお支払い下さいね!」
「ええええっ。ローザちゃん、意外と手厳しいなぁ」
ー * ー * ー * ー
「こちらでしばらくお待ち下さい」
魔力量測定を受ける三人は奥にある部屋へ、残りの三人は待合室で測定が終わるのを待つことになった。
「フェイの魔力量。学院の入学基準を超えていると良いですね……」
「そうだね……」
「……うん」
測定にはそれほど時間がかかる筈も無いのだが、待っているだけの三人にとっては、やたらとその待ち時間が長く感じる。
廊下から楽しそうな話し声が段々と近付いて来る。
扉が開き、先頭に立っていたルシオが、大きな笑顔を三人に向ける。どうやら基準は超えていたのだろう。
「どうだった? 痛くなかっただろう?」
「大丈夫だった。石みたいなのの上に手を置くだけだったよ。そしたら、なんかぞわぞわってして、目盛りが上がっていくの」
レイフの問いかけに、興奮気味に答えたのはミリアだった。
ぞわぞわってしたって言うのは、たぶん魔力が吸われていく感じのことを言っているのだろう。確かにアスールにも覚えがある。
「それで? 二人はその目盛りがいくつだったのかを見たの?」
「見たよ。それに、これも貰った。見て、ミリアは六って書いてある」
ミリアは測定した魔力量が書かれている用紙をアスールたちに見せる。
「フェイは七半だって。あとね、ルシオ兄ちゃんは凄いの、九だよ!」
きっと測定した担当者がルシオの数値を見て「凄い!」とでも言ったのだろう。ミリアは嬉しそうに飛び跳ねながらルシオの魔力量も報告してくれた。
「あはは。思ってたより増えてたよ」
ミリアからの称賛に、ルシオが照れたように頭を掻いた。
「それだけあるなら、もしかしてルシオは “騎士コース” の方が良かったんじゃないの?」
「えー。やめてよ! “騎士コース” なんてキツイところ、僕には無理だって。後、この件はフェルナンド様には絶対に内緒にしておいてよね、アスール。頼んだよ!」
ルシオは今後も、のらりくらりとフェルナンドの剣術指南を無難に乗り切るつもりのようだ。
アスールがフェイの方を見ると、何を思っているのだろうか、フェイは黙ったまま受け取った用紙をじっと見つめている。
「フェイ、どうかしたの?」
「あっ、アスール兄ちゃん。あのさ……」
「どうした?」
「……ああ、えっと」
「ん?」
フェイはなかなか言い出さない。
「あのさ。ちょっと、教えて欲しいことが、あるんだ……」
「うん。良いよ。いつでも時間を取るよ」
「本当?」
「もちろん!」
「ありがとう。じゃあ、明日。勉強部屋が終わってから、話したい」
「分かった。僕だけで良いの? それとも他にも話したい人が居る?」
フェイはチラッとルシオとレイフに目をやった。
「ううん。アスール兄ちゃんだけが良い」
「分かった。じゃあ、明日」
「うん。明日」
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