24 ヒルダ・クランと小さな弟
「こんにちは、アスール殿下!」
「ええと……。もしかして、ヒルダさんですか?」
「そうですわ。お久しぶりですわね」
「あ、は、はい。そうですね。お久しぶり、です」
今日のヒルダは初めて出会った日に近い、いや、それよりも更に濃い派手な化粧をした姿でアスールの目の前に突然現れた。
昨日テレサから、今日の午後にヒルダが来ると聞いていなかったら、おそらく目の前の女性が誰なのかアスールには分からなかっただろう。
それ位に今日のヒルダは別人なのだ。
「化粧って凄いよね。小さい頃からこんな感じのを見せられているんだから、僕は女性の見た目に関しては全く信用していないよ」
レイフが笑いながらアスールの隣でそう言った。
「ほら。ヒルダ姉さん。皆がビックリしているよ。ええと、紹介するね。こちら、ヒルダ・クランさん。ジルさんの妹だよ」
ヒルダは派手な化粧とは不釣り合いな、とても綺麗なお辞儀をした。
「こちらは、ルシオ・バルマー。バルマー侯爵家の次男。それから、こちらがローザ・クリスタリア第三王女殿下だよ」
想像していた人物像と全く違う女性だったのだろう。ルシオもローザも呆気に取られたようにしばらくヒルダを見つめた後、慌てて挨拶を返した。
「あらあら、ヒルダ。貴女、その格好のままここに来たのね? それじゃあその二人がそんな顔をしているのも仕方がないわね。ほら、奥で顔を洗って着替えたらどう? 私ので構わなければ、好きな服を着て良いわよ」
部屋に入って来たリリアナがそう言って、ヒルダの手を取った。
「うわぁ。ありがとうございます! お言葉に甘えて、お洋服、お借りしますね」
「ええ、そうなさいな」
「では皆さま。一旦失礼させて頂きます」
「ごゆっくりどうぞ」
「ビックリしたでしょ?」
「あ、はい」
リリアナの問いかけに、ルシオは正直に答える。
「今から、もっとビックリするわよ」
「えっ?」
ー * ー * ー * ー
「それにしても、さっきのルシオの驚きようったら……」
「だって、驚くだろ、普通。あれは全くの別人だよ! 父上から聞いてはいたけど、それにしたって……。女の人って、怖いね」
「そうだろう。だから言ったじゃないか!」
顔を洗って着替えをして再び現れたヒルダを見て、ルシオは驚きのあまり、座っていた椅子から無様に転げ落ちたのだ。
「諜報員ってあそこまでするんだね。凄いよ!」
「そうですね。まさかお化粧を落としたヒルダさんが、あんなに可愛らしい方とは思いませんでした。お化粧と服装であんなにも変われるものなのですね」
「彼女の凄いところは、声色も自在に変えるところだよ。今日はずっと自分の声だったけどね」
「そうなのですね」
「それに、最初の時は、靴も随分と高いものを履いていたんじゃない?」
ルシオが聞いた。
「ああ、確かに! そうかもしれない!」
「ルシオ様、よくご覧になっていらしたのですね。私は全く気付きませんでした」
「ローザはポカンとヒルダさんの顔を見ていただけだもんね」
「もう、お兄様ったら!」
「実際そうだろう?」
「ところで、アスール。ヒルダさんと二人で随分と話し込んでいたみたいだけど、何の話だったの?」
「ああ。フェイのことだよ」
「フェイ?」
今日、ヒルダが忙しい諜報の仕事の合間を縫って、わざわざ島で来てこの屋敷に足を運んだのは、アスールに直接会って話をするためだったようだ。
「ヒルダさんはフェイの今後について相談したいと言ってきたんだ」
「フェイの今後?」
「ヒルダさんは、フェイが本当はやりたいことがあるのに、育てて貰っている両親に遠慮して、いろいろと我慢しているんじゃないかって言うんだ」
「本当にやりたいことにヒルダさんは心当たりがあるってこと?」
「たぶん、上の学校に行きたいと思っているんだろうって」
「上の学校か……。この島から通うのは無理だよね?」
「無理だね。天候に左右されるから、毎日船が出せるとは限らないからね」
レイフが言った。
「テレジアの学校には寮は無いって言ってたよね。そうなると、この島を離れて、テレジアの街に住むってこと?」
「ヒルダさんは、フェイは本当は王立学院に行きたいんじゃないかって」
「「「王立学院に?」」」
ルシオとレイフとローザの声が揃う。
「そうらしい。フェイは将来、ホルクに関わる仕事に就きたいみたいなんだって」
「ホルクかぁ……。やっぱりそうだったんだ」
「ルシオ。何か思い当たることでもあるの?」
「去年、チビ助の世話を随分と熱心にしてくれたんだよね」
「ああ、そう言われてみればそうだね!」
ルシオの話によると、去年ルシオたちがここに滞在している間、チビ助はずっとこの屋敷にあるホルク厩舎に入れられていた。
フェイは夏の間、勉強部屋が終わると必ずホルク厩舎に立ち寄りチビ助に声をかけていたらしい。チビ助もすっかりフェイに懐いて、王都に帰る頃には、フェイが立ち寄るとフェイに向かって甘えるように鳴いていたそうだ。
「今年も勉強部屋からの帰りに、厩舎に立ち寄っていると思うよ」
レイフが言った。
「ヒルダさんは、王立学院のことは自分には全く分からないから、僕たちでフェイにそれとなく聞いて欲しいって」
「へえ、良いんじゃないの。フェイだったら算術の筆記試験は受かるよね!」
「ああ、それは大丈夫だと思う」
「学院にいる間にホルクの飼育も学べるって知ったら、行きたがるんじゃない?」
「そうだね!」
フェイが王立学院に入学することになれば、アスールたちは卒業してしまっているが、ローザは終学年に残っている。一年だけでもフェイと一緒に学院で過ごすことができる。
「待って! 魔力は? 最低基準の魔力量 “五” を満たしていないとどうにもならないよ?」
「フェイって魔力量を測ったこと、あるの?」
「この島の子たちって、普通に生活する分には特に魔力量を知る必要も無いし、測ったことない子がほとんどじゃないかな」
「やっぱりそうか……」
「テレジアの街に出れば、どこかで調べることができるのではないですか?」
ローザが提案する。
「一緒にお出掛けして、まずは魔力量を調べてみてから、それから学院のお話はした方が良いと思います。話を聞いてフェイがその気になったのに、魔力量が足りないことが後から発覚してしまっては、学院の試験を受けることもできませんよ。それだけは可哀想だから駄目ですわ」
「ああ、そうだね」
「ところで、レイフはどこで魔力量検査を受けたの? テレジアの街?」
「いいや。王都でだよ」
「そっか。じゃあ、どこで検査を受けられるか知らないね」
「ああ。でも、アニタ義姉さんに聞けばすぐに分かると思う」
「じゃあ、週末にでも皆でテレジアの街に行ってみない? もちろんフェイとミリアも連れて!」
「そうだね。そうしよう」
そこからは、レイフが母親のリリアナにこの件を相談し、リリアナの方から長男のカミル宛に『週末に訪ねたい』との内容のホルク便を飛ばしておいてくれることになった。
もちろん、フェイの魔力量測定の件も含めて。
「返事が来たら、フェイとミリアを誘えば良いね」
「理由は? いきなり『魔力量検査に行こう』じゃ変だよね?」
「お土産を選んで欲しいから一緒に行かないかって誘うのでは駄目ですか? 私、本当にお土産を買いにも行きたいですし。ついでに検査をしてみない? って聞けば良いと思います」
「ローザちゃん、それ良いよ!」
「そうだね、そうしよう!」
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