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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第五部 王立学院四年目編
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23 勉強部屋と子どもたち

 勉強部屋に子どもたちが集まり出す時間。なんだか外がいつもよりも騒がしい。


「何かあったのかな?」

「確かに、ちょっと騒がしい気もするね」



 既にアスールとルシオの二人が待機している部屋に、楽しそうな笑い声や喋り声が段々と近付いて来る。


「「「おっはようございまーーす」」」

「おはようございます!」


 いつも通りの子どもたちの元気な挨拶に混じって、ちょっと控えめな挨拶の声がする。


「あれっ?」

「お久しぶりです。アスール殿下」

「……もしかして、あの時の?」

「はい。テレサ・ルーンです。その節は大変お世話になり、ありがとうございました」


 大きい子の教室として使っている部屋の入り口に子どもたちに混じって立っていたのは、一年前、サスランで偶然出会ったあの少女だった。


「テレサさん! そうだったよね。今はテレジアで暮らしているって、そうお祖父様が仰っていたっけ」

「はい。今はヒルダさんと一緒に暮らしています」

「この島で?」

「この島の家と、テレジアのアルカーノ商会の近くにある家と、半々くらい。行ったり来たりです」

「そうなんだ」



 テレサは一年前、最後にメーラ国の海岸で話をした時と、随分と印象が違って見える。

 以前より雰囲気が柔らかくなり、青白かった肌も少し日焼けして健康そうに見えるし、ちょっとふっくらしたかもしれない。



「ねえ、アスール。知り合いなの?」

「ああ。そうだよ」


 興味津々のルシオに、アスールはテレサを紹介する。

 本人を目の前にして、どこまで事実を伝えて良いのか判断できなかったので、ルシオには簡単に一年前のタチェ自治共和国訪問の際にたまたま知り合ったとだけ伝えた。


 テレサはにこやかにルシオとの挨拶を終えると「今日は小さい子たちの部屋の方をお手伝いしますね」と言って、慣れた様子でもう一つの部屋の方へと移動して行った。



 しばらくすると、今日はローザと二人で小さい子部屋の担当する予定だったレイフが戻って来た。


「テレサさんとローザちゃんとで、今日はあっちの部屋を受け持ってくれるらしいから、僕もこっちを手伝うよ。流石に女の子二人の中に居るのは、なんだか気不味いからね……」


 レイフの口振りからして、テレサは時々こうして勉強部屋のお手伝いに来ているようだ。

 ローザのことだから、あっという間に初対面のテレサとも打ち解けて、今頃はもう早くもテレサとのお喋りを楽しんでいるに違いない。

 さっさと逃げて来たレイフの判断は正しいとアスールも思う。




「さあ、今日も頑張って勉強するぞーー!」

「「おーーーぉ!」」


 今年からルシオが大きい子の部屋で始めた、勉強前のこの掛け声は、意外にも子どもたちには好評のようだ。

 初めの数日はやはり戸惑いもあり、クスクス笑う声も聞こえていたのだが、すぐに教室は静かになって鉛筆の音がしはじめた。


「先生! ここを教えて下さい」

「どの問題?」

「これと、それからこっちも」



 初めてこの部屋で子どもたちの勉強をみた三年前と比べると、どの子も皆、明らかに成長している。

 六歳だったシモンとルイスの二人組は九歳になっていて、時折、下の子たちの勉強の面倒もみたりしている。彼らは、アスールたちが初めてこの島に来た時に近い年齢になっているのだ。



「この島で暮らしていると、テレジアの街の学校に通うのは難しいからね」


 レイフが言った。


 レイフやレイフの兄たちは十歳で家を出て王立学院の寮で生活していたが、テレジアの街の学校には、当然だが寮などは無い。

 この勉強部屋は、この島の子どもたちにとって、唯一学べる場所なのだ。



「でも、学校に行っている同じ年齢の子たちよりも、シモンとルイスの方が勉強ができる気がするけど、気のせいかな?」

「僕もそう思うよ。計算なんて、凄く早いよね」


 ルシオの意見にアスールも同意する。


「そうだね。でも、ここでは基礎的なことは学べても、専門的なことは無理なんだよ」

「「ああ、確かに」」

「シモンもルイスも島を出て行く気は全く無いみたいなんだよね。シモンには聞いていないけど、ルイスは将来は船大工になりたいらしいから」


 ルイスの父親も祖父も確か船大工だった筈だ。


「ってことは、一年半後には、あそこに座っているフェイも、王立学院を受験できる年齢になるってこと?」

「そうだよ!早いよね……」


 アスールの巾着袋を盗んでジルに地面に押さえ込まれ、泥で汚れた顔でアスールを見上げていた、あの痩せっぽっちのキルキア国から密入国して来たあの少年の面影は、もう今のフェイにはどこにも見当たらない。


「ええと、何か用?」


 アスールたちの視線に気付いたらしく、フェイが不思議そうな顔をして尋ねる。


「なんでも無いよ。フェイは、何か分からないところは無いの?」

「うん。今は大丈夫。ありがとう」

「……そうか」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「そんなことがあったなんて……」



 昼食後、勉強を終えた子どもたちは、それぞれの家へと帰って行った。

 屋敷にはテレサを含めたアスールたち “先生組” が残って、教室の後片付けをし、その後はお茶を飲みながら皆でお喋りをしている。


 テレサは何一つ隠すことなく、アスールと出会うまでの自分の身の上と、アスールたちに出会って以降のテレジアでの新しい生活について語った。

 ローザは自分が誘拐されかけたあの事件の時に、やはり助け出すことができなかった女性たちが他にも居たことを知り、かなりショックを受けたようで、すっかり黙り込んでしまっている。



「大変でしたね、なんて一言で絶対に済ませられる話ではないけれど、クリスタリア国に戻れて、本当に良かったですね」


 ルシオが口を開く。


「はい。私もそう思います。あの時、アスール殿下があの店に入って来なければ、私はすぐ横に立っていたギルベルト殿下がクリスタリア国の方だなんて、絶対に気付かなかったでしょうから」



 あの時。アスールは急に思いついて、土産をもう一つ追加しようと、店内で支払いをしていたギルベルトに声を掛けた。

 そこにテレサはたまたま居合わせて、二人が交わす懐かしい母国の言葉を聞いたのだ。


「運命なんて、そんなものかもしれないよ」


 レイフが言った。


 確かにそうかもしれない。

 ちょっとずつ、ちょっとずつ糸を掛け違えていけば、今ここに居る五人が、こんな風に一緒に話していることも無かっただろう。



「じゃあ、テレサさんは、この島にいる時はフェイの家で寝泊まりしているってことですか?」

「ええ、そうですわ、アスール殿下。今日と明日は島の家に泊まって、明後日の朝、テレジアの家に戻ります。明日のお昼過ぎには、ヒルダさんも島に来ますよ」

「ヒルダさんも?」

「はい!」


「ねえ、さっきからずっと気になっていたんだけど、そのヒルダさんって、ジルさん妹さんのことだよね?」


 ルシオが口を挟んだ。


「ええ、その通りです」

「やっぱり? 明日、僕もそのヒルダさんに会えるのかな?」

「もちろん大丈夫だと思います。アスール殿下に会いに、この屋敷に来るって言ってましたから」

「やった! 父上と兄上に話を聞いてから、ヒルダさんにはずっと会ってみたいと思っていたんだよね。諜報員なんでしょ?」

「それなら、ローザもだよね?」

「えっ?」

「ヒルダさんに “コードネーム” 聞くんだろう? レディ・ローズ?」


 アスールの言葉に、ローザは真っ赤になった。


「お兄様! なんてことを仰るのですか!」

「だって、本当のことじゃないか」

「それにしたって……」

「何? 何? ローザちゃん何の話? 顔が真っ赤だけど?」

「もぉ、なんでもありません!」

お読みいただき、ありがとうございます。

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