22 磯遊びと伯母心
「アスール兄ちゃん、こっちだよ! 早く!」
「今行くよ。って、うわぁー」
「「「兄ちゃん!」」」
「だ、大丈夫。ちょっと滑っただけだから……」
「あはは。ずぶ濡れだね!」
アスールたちは岩場に磯遊びに来ていた。
ルイスとシモンが、自分たちの秘密の場所を教えるから一緒に行こうとアスールたちを誘いに来た。
潮が引いている時間帯になると、岩場で巻き貝が山ほど取れると言われ、半信半疑で皆で二人について来たのだ。
食いしん坊のルシオは両手に一つずつバケツを持っている。
途中、ルイスがフェイの家に立ち寄り、フェイとミリアも合流して、賑やかに岩場を目指した。
ルイスたちが言っていた通り、かなり潮が引いている。
「ローザお姉ちゃんは、あっちまで行かない方が良いよ! 危ないから」
「そうなの? そんなに危ないの?」
「うん。ミリア、この前転んで怪我したから、もうあっちには行かないことにしてるの。こっちでも貝は取れるよ」
そう言うと、ミリアはローザの手を引いて、浅い潮溜まりの中に入って行く。
「ほら、こういうところに貝は居るんだよ!」
「どこどこ?」
「こことか、こことか」
ミリアの指差す先に、確かに小さな巻き貝がある。ミリアは水中に手を突っ込むと、いとも簡単に貝を掴み取ってローザの目の前に差し出した。
「本当だわ! これって、食べられるの?」
「もちろん食べられるよ。食べられない貝だったら、取りに来ても仕方無いでしょ?」
「……ああ。まあ、そうよね」
ローザにとっては楽しい磯遊びだが、ミリアにとっては、貝取りは “遊び” というよりは、楽しみながらできる “食料確保” らしい。
「どうやってこの貝を食べるのか教えてくれる?」
「母さんはね、いつも塩水で茹でてくれる。美味しいよ」
「そうなのね」
ローザも見様見真似で潮溜りに恐る恐る手を入れる。
「見て! ミリア。私にも取れたわ!」
アスールとルシオとレイフの三人は、ミリアの言うところのゴツゴツした危ない岩場に陣取り、かなりの時間、粘りに粘って本当に大量の巻き貝を取って戻って来た。
最初はアスールたちと一緒になって巻き貝取りをしていたシモンたちは、普段からしている巻き貝取りにはすぐに飽きてしまい、途中からは泳いだり潜ったりしていた。
「おーーーーい、帰るぞーーー。もう上がって来ーーーい!」
レイフが叫ぶが、シモンたちはこちらに向かって手を振りかえす。気付いてはいるものの、一向に戻って来る気配は無い。
「もしかして、今年もアレが食べられるのかも!」
「アレって?」
ルシオが急にソワソワしはじめた。
(いったいシモンたちは、さっきから何をしているのだろう? ルシオの様子からして、何か捕ってる?)
海を見つめて興奮するルシオに向かってアスールが問いかけるが、ルシオは全く聞こえていないのか、空のバケツを手に取るとシモンたちが潜っている近くの岩場へと走って行ってしまった。
「あの三人? ああして潜って、海老を捕まえているんだと思うよ。去年もあんなふうに捕まえてくれてさ。ルシオは余程それが美味しかったんだろうね」
「あんなふうに潜って海老が捕まえられるの?」
結局、この日はあまり多くの海老は捕まえられなかったようだ。
シモンたちは自分たちはいつも食べているから要らないと言って、捕まえてきた海老を全てアスールたちに持って帰るようにと言ってくれた。
「折角捕まえたのに、良いのかい?」
「良いに決まってるだろう! アスール兄ちゃんとローザお姉ちゃんに食べて貰いたいから取ったんだからさ」
「すっごく美味いよ。ちゃんとダリオさんにも食べさせてあげてよね!」
「いつもダリオさん。美味しい焼き菓子を作ってくれるから、そのお礼にね」
随分と粘っていると思えば、三人はどうやらダリオに海老を食べて貰いたかったようだ。
「ありがとう。ちゃんとダリオにも君たちからって伝えるよ!」
その日の夕食には、皆で取って来た巻き貝の塩茹でと、シモンたちがくれた海老を使って屋敷の料理人がブイヤベースを作ってくれた。
「ほう。これはとても美味しいですね!」
ダリオは三人が頑張った海老入りのブイヤベースが余程気に入ったらしく、料理人から事細かに作り方を教わっていた。
島に来て数日が過ぎ、ダリオはすっかり料理人たちと意気投合しているように見える。既にお互いのレシピ交換もしているようだ。
「明日にでも、シモン君たちに何かお礼をしなくてはなりませんね」
「でもシモンたちは、この海老はダリオさんへの焼き菓子のお礼だって言ってましたよ」
「それでも、こんなにも心のこもった嬉しい品を頂いてしまっては、私からもお礼をしなくては気が済みませんよ。さて、何が良いですかな」
ダリオは嬉しそうにそう言うと、明日の支度をするからと言って食堂を出て行った。
「ダリオさん。アスールの側仕えを辞めて、料理人になる気じゃないよね?」
楽しそうなダリオの背中を見送りながらレイフが言った。
「あるかもね!」
ルシオも同調する。
「えっ。それは困るよ!」
「そう言えばさ、ディエゴさんはどうしたの? レイフの側仕えをやめて侯爵家に戻っちゃったとか?」
そう言われてみれば、レイフの側仕え兼教育係の筈のディエゴ・ガランは今回は同行していない。
「こっちには一緒に来なくて良いって言ったんだ。彼にも夏期休暇は必要だろう?まだ小さな子どもも居る父親なんだし。ずっと父親が僕のせいで学院に居るから、寂しがっているんじゃないかと思ってさ」
「まあ、それが良いんじゃない。ずっと一緒だと、お互い息が詰まるだろ?」
ルシオの何気ない台詞に、ローザがエマの方をチラリと見た。
「姫様。私は息が詰まるなんてことは全くございませんよ。寧ろ、ここで姫様と夏期休暇を過ごす毎日は楽しゅうございます」
「本当に?」
「ええ。本当ですよ」
「ごめんね、ローザちゃん。そういうつもりじゃなかったんだ……」
ルシオがローザに謝罪した。ルシオとしても、特に意図があって言ったわけではないだろう。
「大丈夫です。ルシオ様はお気になさらず」
ローザは笑顔を返す。
「私だけで無く、おそらくダリオ様もそうだと思いますが、姫様と殿下と一緒に過ごす時間を、ただの “仕事” とは思っておりませんよ。私たちにとってお二人は、家族のような大切な存在ですからね」
「それなら良いのだけれど……」
エマはローザに向かって優しく微笑んだ。それからルシオの方に向き直る。
「ルシオ、貴方には言わなくてなならないことが山ほどありますよ!」
「はい、伯母上。申し訳ございません」
怒られる理由に充分心当たりがあるルシオは姿勢を正す。
「まったく! 貴方は考え無しに言葉を発し過ぎです! これからは何かを言う前に、よくよく考えることです。発言してしまったことは絶対に取り消せないのですからね!」
「はい、身に染みております!」
「まったくもう。貴方という子は……」
小言もある程度尽きたのか、エマはローザと共に食堂を後にした。
「ぐはぁーーーー」
ルシオはテーブルの上に突っ伏した。
「大丈夫?」
「だいぶいろいろと言われていたね。まあ、エマさんが言いたくなる気持ちも分からなくは無いけどね」
「ちょっと、レイフ! 聞き捨てならないことを言ったよね?」
「だって、事実だろう?」
以前のエマは、ルシオが何を言ってもこんな風に小言を言ったりはしなかった。だが最近は事ある毎にルシオはエマから駄目出しを受けている。
たぶんそれは、ローザが成長して以前ほどは手が掛からなくなってきたことと、伯母として近くに居るルシオの成長を促したいのと、両方が合わさってのことだろう。
特に最近は、スアレス公爵家の一員となりディエゴが仕えるようになったレイフの成長があまりにも目覚ましいので、伯母としても、側仕えとしても、焦りを感じているのかもしれない。
「あまりエマに、苦労をかけないであげてね」
「……分かってるよ」
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