21 島で過ごす三度目の夏
懐かしいあの船着き場が近付いて来た。目を凝らしてよく見ると、船着場に、大きい影、それから小さい影……数人分の人影が見える。
「おーーーーい!」
「アスール兄ちゃーーん!」
「おーーーぉーーーぉーーい!」
小さい影の中には、ぴょこぴょこと飛び跳ねているのもある。
「あれって……。シモンたち、だよね?」
「あはは。そうだね! ルイスにフェイ。それに、ミリアも居るね!」
「お出迎えですか?」
「そうみたいだよ!」
マルコスがまだ完全に係留柱に係留縄を留め終える前に、レイフが船からひらりと桟橋に飛び降りた。
レイフがオルカ海賊団の頭領の息子なのは、伊達ではないということだ。
「ただいま、母さん!」
「おかえりなさい、レイフ」
「「レイフ兄ちゃん、おかえり!」」
「ただいま、みんな。元気だったか?」
「「あったりまえだろう!」」
よく日に焼けた強面のマルコスが、歩み板を掛ける手を止めて、久しぶりの母息子の再会を目を細めて見ている。
レイフがスアレス公爵家へ養子に入ったことは、マルコスを含め、オルカ海賊団のメンバーたちも当然知っている。
内心それぞれがどう考えてもいるかはさて置き、レイフに対する態度は、今までと全く変わってはいないようにアスールには思えた。
「なんだかさ、ちょっと感動的な親子の再会だね……」
ルシオの声にアスールが横を見ると、ルシオが今まさに鳥籠からチビ助を出しているところだった。
「チビ助にとっても、久しぶりの島の夏空だ。ほら、先に行って良いぞ!」
ルシオの腕から飛び立つと、チビ助は数回羽ばたいて、あっという間に上空へと消えていった。
「ピィィ」
「そうだね。ピイリアも行きたいよね」
アスールは慌ててピイリアの鳥籠の覆いを外した。
夏の強い日差しに目を細めて海を見れば、水平線の上に大きな入道雲が湧き上がっているのが見える。
アスールが島で過ごす三度目の夏が始まった。
ー * ー * ー * ー
「ああ、そうだわ。貴方たち、今年の夏は裏山探索は禁止よ!」
夕食後、ダリオが淹れてくれたお茶を皆で飲んでいる時にリリアナがそう言った。
「えっ。どうして禁止なのですか? 私、楽しみにしていたのに……」
ローザがリリアナに訴えた。
その声を聞いていたレイフとルシオが揃って気まずそうに横を向く。
「この夏も、ガイド役のジルがこの島に居ないからよ。この裏山は、とっても迷いやすいのよ、ローザ。いつ霧に閉じ込められるか分からないし、そうで無くても道が入り組んでいるから。去年も何処かの誰かさんたちが勝手に裏山に入って、大騒動になったんだから!」
リリアナがレイフとルシオを睨みつける。
「あれ? ちょっと道に迷っただけだって、確か言ってなかった?」
「アスール、余計なこと言わなくて良いから!」
ルシオが慌ててアスールの口を押さえる。
「ルシオ? 貴方、あの騒ぎをちょっと道に迷った程度だと、本気で思っているんじゃ無いでしょうね?」
リリアナのあの顔は、どう見ても、本気で怒っている顔だ。
去年の夏。ギルベルトのタチェ自治共和国への訪問団に、ジル・クランもアルカーノ商会の代表者として参加していた。
リリアナは今日と同じように、レイフとルシオに対して「裏山にガイド無しで勝手に入らないように!」と忠告したそうだ。
にも関わらず、二人は裏山へと出掛けて行った。
裏山への途中にある果樹園や、裏山の入り口近くに生えている山葡萄やワイルドベリーだけで満足しておけば良いものの、もっと美味しい果物があるんじゃないかと考えて、どんどん山の奥へ入り込んだらしい。
案の定、二人は道に迷う。
崖から落ちそうになったりしながらも、タイミングよく姿を現す動物たちに助けられながら、やっとの思いで下山した。
「後少しでも帰りが遅ければ、捜索隊を出そうって話しをしていたところだったのよ! 島中の大人たちを総動員しての大捜索隊をね!」
「「その節は、大変ご迷惑をおかけしました!」」
アスールがリルアンのあの店で二人から面白おかしく聞かされていた話より、実際はずっと大事だったらしい。
リリアナのお小言はまだ続いている。
「あのぉ……」
ローザが遠慮がちにリリアナに声をかける。
「なあに? ローザ」
ローザのとの会話でリリアナの気が一瞬だけ自分たちから逸れているのを見逃さず、レイフとルシオの二人は「お茶のお代わりを頼んでくる!」と言い残して、逃げるように部屋を出て行った。
逃げるようにでは無い。明らかに二人は逃げ出したのだ。
「ガイド役ができる方は、ジル様以外にはいらっしゃらないのですか?」
「今年はね……。イアンの他にも、若い子たちがハクブルムに行ってしまったし。ごめんなさいね」
「そうですか。それは残念です」
そう言うとローザは、一人掛けのソファーに横たわり、気持ち良さそうに規則正しい寝息を立てているレガリアの方に目をやってから、アスールに話しかけた。
「折角来たのに、今年はお会いできそうにありませんね……」
「もしかして、サスティーのことを言っているの?」
「はい、そうです」
「そうだね。でも、迷って島の人たちに迷惑をかけるわけにはいかないしね。仕方無いんじゃないかな。また来れば良いじゃないか」
「そうかもしれませんけど……」
ローザは明らかに気落ちしている。
「なんだ? ローザ、お前はもしかして、ヤツに、サスティーに会いたいのか?」
「えっ?」
声の主はレガリアだ。
「なんだ、起きたの? 気持ち良さそうな寝息が聞こえていたから、てっきり熟睡しているかと思っていたよ」
「くだらんことを言うな、アスール! 寝ておっても、ローザの声ならば我には全て届いておる!」
「そうなの?」
「当たり前だ! そもそも、契約とはそういうものだろうに」
「知らなかったよ」
「ならば、一つ賢くなったな! 感謝すると良い。……それで? ローザはアレに会いたいのか?」
レガリアは、昼寝(もう夜だが)を邪魔されたせいなのか、少し機嫌が悪そうに見える。
「それは……。確かに、私もサスティー様にお会いできるならお会いしたいなとは思っていますが、レガリアが昔からのご友人に会えないのは、きっと寂しいだろうなと思ったので……」
「なんだ、アレに会いたいというのは、我のためか?」
「ええ、そうですよ」
「そうか、そうか!……我のためにか」
ソファーから床にふわりと飛び降りたレガリアは、本来の大きさに戻っている。
アスールはレガリアが発する声が急に色付いたかのような、なんだか不思議な感覚を受けた。
「ヤツなら、もうとっくに我らがこの島に上陸していることになど気付いているに決まっておろう。わざわざこちらが出向かなくても、向こうが会いたいと思えば、放って置いても勝手に向こうからやって来る」
「そうなのですか?」
「ああ、放って置けば良い!」
その時、勢いよく扉が開いてルシオが駆け込んで来た。
「ねえ、今ダリオさんが明日のオヤツ用に、いろんな種類の焼き菓子を作っているよ!」
「もしかして、勉強部屋用ですか?」
「そうだって。味見させて貰おうと思ったら駄目だって言われちゃった」
「もう。ルシオ様は本当に食いしん坊ですね!」
「そうかな? はあ、早く明日にならないかなぁ」
レイフも戻って来た。
「あのさ、ルシオ。言っておくけど、ダリオさんは勉強部屋に来る子どもたちのために作っているんだよ。そこのところ、ちゃんと理解してよね!」
「はーい。分かってまーす」
「どうだかね……」
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