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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第五部 王立学院四年目編
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20 夏の成人祝賀の宴

 この夏の成人祝賀の宴には、本来であればヴィオレータ・クリスタリアが成人を祝われる対象者として式に参加している筈なのだが……。


「クリスタリア王家、ヴィオレータ様。本日は都合により欠席」


 ハリス・ドーチ王宮府長官の良く通る低い声が大広間に響き渡る。


 既にこの場に居る新成人(その殆どが学院の元同級生)の関係者たちは皆、ヴィオレータがダダイラ国に留学中なことを承知しているので、特に反応も無く、静かに新成人の呼び出しは続いていった。



「ルクラン侯爵家、エイミー様」

「ハイレン侯爵家、グスタフ様」


 エイミー・ルクランとグスタフ・ハイレンが続いて呼ばれ、大広間の中央に敷かれた絨毯の上をゆっくりと進んで来る。



「ルクラン家のエイミー様は、今学院の女の子たちの間で大人気なのですよ。アス兄様はご存知でしたか?」

「そうなの?」

「ええ。今まではヴィオレータお姉様に人気が集中していたらしいのですけど、お姉様はダダイラ国へ留学されてしまったでしょう? それで、エイミー様の人気が急上昇したらしいのです」

「でも、あの二人、全く違うタイプだよね?」

「そこが良いらしいですわ」



 アスールには理解し難いことだが、ローザがそう言うのなら、きっとそうなのだろう。

 美しく強い剣士のイメージを持つ王女ヴィオレータと、高位貴族でありながら誰にでも優しく且つ優秀なエイミー。

 エイミーの人柄の良さは、学院執行部で付き合いのあるアスールには良く分かる。


「エイミー様のお召しになっているドレス、素敵ですね! 一見すると地味な装いに見えますが、細部まで繊細な刺繍が施されていますよ!」

「へえ、そうなの?」

「後でエイミー様と少しの時間でも良いので、お話することは叶うかしら……」



 刺繍に関してもアスールは完全に門外漢だ。何が良いかなんて全く分からない。ローザは刺繍やレースなどの美しいものが好きだった。


(そう言えば、ローザは小さい頃から、よくアリシア姉上の部屋で一緒に刺繍をしていたっけ……。姉上は今頃、お元気にお過ごしだろうか?)



 この夏の成人祝賀の宴は、壇上に座る王族がいつもより少なく、空席がやけに目立っている。

 中央に国王カルロが座し、その右側に正妻のパトリシア王妃。いつもなら続いて第二王子の席となるのだが、ギルベルトはハクブルム国訪問中で不在のため空席。その右に第三王子のアスールと第三王女のローザが並んで座っている。

 王の左側には先王フェルナンド。続いてカルロの第二夫人のエルダ、第一王子のドミニク。一番左の第二王女ヴィオレータの席は空席。まあヴィオレータの席に関しては、留学していなかったとしても、今回は祝賀当事者に該当するので、どっちにしても空席なのだが……。


「次回の祝賀の宴の時には、ドミニクお兄様の奥の席にはザーリアお姉様がお座りになるのかしら?」

「どうだろうね……。結婚式がいつになるか次第だと思うよ」



 国王からの記念のメダルの授与式後は、いつも通り、新成人たちを囲んでの親睦会となった。着飾った新成人たちがダンスをしたり、軽食を食べたり、集まって会話を楽しんでいる。


 アスールはカルロから毎回早々に出される「未成人はもう下がっても良い!」との “退出許可” が下りるのを部屋の隅で待っているのだが……

 今回はなかなかどうして、待てど暮らせど一向にそれが出ない。


 理由はどうやら、ローザがパトリシアと一緒に、エイミー・ルクランと話し込んでいるせいのようだ。

 しばらくアスールが様子を見ていると、カルロがパトリシアに近付き、何か耳打ちをした。それからパトリシアがローザに何か声をかけている。

 ローザがちょっとガッカリした表情を浮かべたのがアスールからも見える。それでもローザは、その場に居た皆に対し美しくお辞儀をすると、アスールの方へといつもより早足で歩いて来た。


「もう退出しても良いそうです……」

「分かった。じゃあ、一緒に戻ろう」

「はい」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「折角、楽しくお喋りしていたのに……」

「エイミー先輩と?」

「アス兄様。……見ていらっしゃったのですか?」

「ああ、うん」

「お父様が、こういった席では、ずっとお一人を独占するのは良くないと仰って……。私、そんなに長い時間エイミー様を独占したつもりは全く無くて……」



 東翼へと向かう廊下を並んで歩いていたローザが、足を止め、突然ポロポロと涙をこぼした。


「えっ。ローザ、大丈夫?」

「……はい」



 ローザから「はい」と言う返事は返って来たものの、ローザは足を止めたままだ。


「ほら。行くよ。エマも待ってる」


 アスールはローザの手を取り、ローザはアスールに引っ張られるようにして、どうにか二人で東翼の入り口まで辿り着いた。


 もしこのままダイニングルームへ戻って、扉が開いて目の前に泣いているローザが立っているのを見せたら? どう考えても、ローザの側仕えのエマを心配させることになるだろうことは間違いない。

 アスールはダイニングルームへ戻る前に、少しだけ遠回りをすることにした。



「アス兄様、こっちは道が違いますよ。庭に出るのですか?」

「ちょっとだけ、寄り道して行こうよ」


 アスールは戸惑うローザの手を離さずに歩き続ける。


「ダリオから聞いたんだよね。この位の時間になると、池の近くで “光る虫” が見られるんだって。“光る虫” ってどんなだと思う? 折角だし、見に行こうよ!」

「光る虫? 虫ですか?」

「虫って言っても、遠くから眺めるだけだから怖くないよ。たぶんね」



 アスールだって、ダリオから話を聞いただけで見たことは無いのだから、断定はできない。でも、ダリオがわざわざアスールに教えてくれたくらいだし、少なくとも気持ちの悪い類いの虫では無いだろう。……たぶん。


 薄暗い石畳みの上を進み、庭の隅に造られた人工の池を目指す。


「「うわあ」」


 アスールとローザの目の前に、見たことのない景色があった。


「アス兄様、あのふわふわ光っているのが、本当に虫なのですか?」

「そうだと思う。どこかの領主が、父上に許可を頂いて、この池に “光る虫” の幼虫を大量に放したんだって。成虫になると、ああして光を出すらしいよ」



 小さな光が池の周りを飛び交っている。なんとも幻想的だ。



「ローザ。あまり遅いと、エマが心配する。もう行こう」

「そうですね。ありがとう存じます、アス兄様」

「ん?」

「いいえ、なんでもございません」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「ええっ!」

「ごきげんよう。カルロ陛下に、ご招待頂きましたのよ」


 アスールとローザがダイニングルームに戻ると、驚いたことに侍女のマーラ・ガインと共にザーリア・ガルージオンが待っていた。


(父上も最初からそう仰ってくれれば良いのに……。だからローザを早くあの場から帰したかったんだな)



 この日は、ザーリアと三人での夕食となった。



「その光る虫でしたら、確か、ホタルという名前だったと思いますわ」

「ザーリアお義姉様は、そのホタル? ふわふわ飛ぶ光る虫をご存知でしたの?」

「ええ。国で、何度か見たことがございます」


 ローザはすっかり機嫌を直して、今はザーリアとホタルの話をしている。



「では、このお城の庭で、今ならホタルが見られると言うことなのですね?」

「ただ、短い期間だけのようですから、ご覧になられるのでしたら早い方が良いと思います」


 アスールはダリオから聞いた話を伝えた。


「そうですか。教えて頂き感謝致します」


 ザーリアは嬉しそうに礼を述べる。


「お姉様。それなら、ドミニクお兄様とご一緒に行かれるのが良いと思いますわ! あの池、ちょっと分かりにくい場所なので」


(おお。ローザにしては気が利くことを言うじゃないか! それとも……ただの偶然か?)

お読みいただき、ありがとうございます。

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