18 ハクブルム国への航路
「まあ、これが完成品ですのね! とても素敵!」
「そう? まあ、我ながら、なかなか良くできていると思ってはいるんだ」
そう言って、ギルベルトは満足気に微笑んだ。
ロートス王国の王太后へ献上するためにギルベルトが作り上げたネックレスは、アスールが想像していたよりもずっと素晴らしい仕上がりだった。
アスールはローザの “魔力染め” に立ち会っていなかったので、まさかこれ程の物が出来上がっていたとは正直思っていなかったのだ。
中央に配置された睡蓮の花は、魔力を微妙に調整することで、花びらが中心に近付く程ピンクの色合いが濃くなるように仕上げられた、ローザによる至極の一品だ。
「凄く綺麗だね! 魔力の調整、随分と大変だったんじゃないの?」
「私は本物の睡蓮のお花を見たことがないので、これが正解なのかよく分からないのだけれど、これはこれで、綺麗ですよね?」
「うん。僕も見たことないけど、これなら、本物よりも綺麗だったりするかも」
アスールからも褒められて、ローザも嬉しそうだ。
「どれ、儂にも見せてくれ」
フェルナンドも箱の中を覗き込む。
「ほう。これはこれは! 見事じゃのう。随分と腕を上げたな、ギルベルト」
「ありがとうございます」
半月後、ギルベルトはこの首飾りを持って、まずはハクブルム国へと向かうことになっている。
今回は、昨年夏のタチェ自治共和国への訪問の時とは違い、大勢の商人たちが同行する予定もないので、アルカーノ商会の商船では無く、王家所有の大型船での旅になるそうだ。
「今回は大型船に、小型の最新式の船を格納して持って行くんじゃよ」
「お祖父様。船を持って行くって、いったいどういうことですか?」
(船に船を積む? 言ってる意味が分からない)
「アスール、今回は一緒に行かれなくて残念じゃのう。詳しいことは儂もよく分からんのじゃが、兎に角、凄いらしいぞ!」
「何ですか、それ……」
フェルナンドが嬉々として語ったのは、アルカーノ商会(オルカ海賊団)が開発に成功したばかりの小型船についてだった。
この最新式の小型船は、風の魔鉱石を搭載した魔導具を利用することで、かなり流れのきつい川であっても進むことができるそうだ。
「今回はまず王家の大型船でタチェ自治共和国の港に入る。そこから新型船に乗り換え、タチェ自治共和国とメーラ国との国境沿いを流れるタムール川を上るんじゃ」
タムール川は、ノルドリンガー帝国にある高山地帯にその源流がある。
はじめは細いタムール川も、ハクブルム国とタチェ自治共和国との国境沿いを流れる頃にはかなりの川幅を有する。ハクブルム国を半ば過ぎ、メーラ国とタチェ自治共和国との国境沿いを流れる頃には、タムール川は大陸有数の大河に変わる。
「ハクブルム国の王都シーンまで半日程の位置にあるジーレンと言う町まで、タチェの港から新型船で二日とかからんそうじゃ。陸路を行く半分以下の日程でシーンに到着するぞ!」
新型船の更なる利点は、馬車旅では避けることのできない宿への宿泊の必要が無いことだとフェルナンドは言った。
「今回の新型船の船長、誰だと思う?」
フェルナンドがニヤリと笑う。
「もしかして、ミゲル船長ですか?」
「いや。流石にそれは無いぞ、ローザ」
フェルナンドの答えに、ローザは露骨にガッカリした表情を浮かべた。
「では、誰なんですか? 僕たちの知っている人ですか?」
「ああ、よく知る男じゃな。ジル・クランじゃよ」
「「ジルさん?」」
ローザとアスールの声が揃う。
ジル・クランはアルカーノ商会の幹部でもあり、オルカ海賊団の主船の副船長でもある人で、昨年のタチェ自治共和国への旅にも、アルカーノ商会の代表者として参加している。
普段はテレジアの島に暮らし、孤児だったフェイとミリアを引き取ってくれた人でもある。
アスールも、ローザも、もちろんギルベルトも、とても良く知る人物だ。
「それから、ジルの助手として、どうやらイアン・アルカーノも同行するらしいぞ」
「イアンさんも?」
イアン・アルカーノは、レイフのすぐ上の兄だ。
ギルベルトと同い年で、王立学院卒業後は、オルカ海賊団の頭領ミゲル船長の息子でありながら、平水夫としてオルカ海賊団に入団した。
今はおそらく、いずれオルカ海賊団を率いるべく、海や船のことを学んでいる最中の筈だ。
「そうですか。イアンさんが」
アスールとしても、イアンの参加はなんとも感慨深い。皆、それぞれの道を着実に歩んでいる。
フェルナンドの話によれば、ハクブルム国で開かれるエルンスト・フォン・ヴィスマイヤーとルアンナ・ミュルリルとの結婚披露パーティー後、次なるお披露目の地となるロートス王国へ向かうため、この二人も新型船に乗り込むらしい。
「今度はタムール川を下る。下りは川の流れもあるので、行きよりも更に船のスピードは速いらしいぞ!」
タチェ自治共和国の港からは、待たせてあった大型船に乗り換える。新型船も当然積み込み出港する。
そのままクリスタリア国旗を掲げた王家の船で、ロートス王国の王都キールへ堂々と正面から乗り込む予定になっているとフェルナンドは言った。
「エルンスト・フォン・ヴィスマイヤーの凱旋帰国を、クリスタリア国とハクブルム国が後押しするといった、超豪華な演出付きの大作戦じゃよ」
フェルナンドは楽しそうだ。
ただ、ローザだけは、フェルナンドが興奮気味に話していることの意味がよく分からないらしく、キョトンとした顔で話を聞いていた。
「はぁ。許されるなら、儂も行きたいのぉ……」
好奇心が人一倍強く、新しい物が大好きなフェルナンドだから、新型船にもエルンストのロートス王国凱旋にも興味津々なのは間違いない。
「のお、ギルベルト。儂が代わりに行ってやっても良いぞ」
「僕の一存では……。父上に願い出てみるのはいかがですか?」
「それが通るならやっとるわ!」
「では、お諦め下さい」
ー * ー * ー * ー
「へえ、新型船かあ。良いね! レイフは乗ったことあるの?」
「無いよ! そもそも、今年の冬期休暇はテレジアに戻っていないしね」
「ああ、そうだったね」
学院に戻ったアスールは早速友人たちに新型船の話をした。
川を運航する船自体は、当然だが既に存在している。とはいっても、あくまで隣り合う町を行き来する程度の短い距離しか走らせていない。
それら既存の船と比べて、今回の新型船の魅力は、走行性とスピード、それから長距離の移動が可能なことなのだとレイフが教えてくれた。
クリスタリア国内にも多くの川が流れている。
この新型船で採用した魔導システムが定期船に使われるようになれば、今よりも国内の移動は随分と楽に、なおかつ早くなるだろう。
「オラリエ領へ帰るのに、もし途中迄でもセイン川を使うことができたら……。ああ! 何日間も尻が痛いのを我慢して、馬車に揺られ続けずに済むってことか! うん。それは良いな」
マティアスの地元オラリエ辺境伯領は王都から一番遠い領地の一つだ。
マティアスは、長期休暇の度に、何日も馬車に揺られているのが余程苦痛だったらしく、レイフから新型船についての詳しい話を聞きたがった。
「申し訳ないけど、僕ではそれほど詳しいことは分からないよ」
「ああ、そうだな。すまん」
「随分と前向きだね」
ルシオが面白がる。
「三人は何日も馬車に揺られ続ける、あの辛さを知らないからな。まして、宿に泊まらずに、船の中で寝泊まりできるなら、王都とオラリエ領との間に定期船を運用することを検討してみてはどうかと、父上に進言するのも良いかもしれない」
「わぁ。話がすごい方向へ行ったね!」
「でも、それは確かに便利かもしれないね。定期船は無理でも、取り敢えずオラリエ家で新型船を所有するって手もあるかも」
「そうだな!」
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