17 王太后への贈り物
「じゃあ、ローザ。これに、母上の時と同じ要領で魔力を込めて貰えるかな? 明日、二人が学院へ戻る時までに返して貰えると助かるんだけど……」
「問題ありませんわ。それまでに仕上げておきます」
「じゃあ、頼むね」
「はい。お任せ下さい」
ギルベルトは執務に追われているらしく、テーブルの上に小箱を置くと、すぐに部屋から出て行ってしまった。
「兄上は本当にお忙しそうだね」
「そうですね。あのご様子では、お夕飯もご一緒できそうにありませんね……」
「そんな感じだね」
ギルベルトが置いていった魔力を遮断する小箱の中には、フェルナンドが細工師に依頼したという “とっておきの魔鉱石” が入っているらしい。
「ねえ、ローザ。開けてみてよ。どんなのが入っているのか気になるだろう?」
「そうですね。これって、確かギルベルトお兄様が訪問するロートス王国の方へ贈る品物になるのでしたよね?」
「そうらしいね。確か、ヒルデグンデ王太后様だったかな」
アスールは、ローザの前では、自分自身もあまり詳しいことは知らないという振りをすることにした。詳しいことを聞かれても困るからだが、正直、ローザに対して後ろめたい気持ちもある。
「ロートス王国の王太后様ですか?」
「ああ、うん。そう聞いたよ」
「まあ、見て下さい、アス兄様! 素敵。このとても繊細な細工のお花はいったい何でしょうか?」
ローザがアスールに小箱を手渡す。
中に入っていたのは、触れば折れてしまいそうな程薄く加工された花びらが何枚も重ねられた花だった。まだ誰の魔力にも染まっていないので無色透明だが、この時点で既に美しい。
「本当だね。母上に贈った薔薇も素晴らしく綺麗だったけど、これもとても見事だね!」
「そうじゃろう? そうじゃろう?」
「「お祖父様!」」
魔鉱石に見入っていた二人の背後で、フェルナンドが満足気な笑みを浮かべて立っている。
「それは睡蓮の花じゃよ」
「睡蓮の花ですか?」
「二人共睡蓮の花を知らんのか?……まあ確かに。この国で睡蓮を見掛けることは、少ないかもしれんな……」
「睡蓮はな、ロートス王国の “国花” なんじゃよ」
「こっか?」
「ああ、そうじゃ。国を象徴する花のことじゃよ、ローザ」
「クリスタリアにも “国花” はあるのですか?」
「いや。この国では特に “国花” は定めてはおらんな。お前さんの名から取って、薔薇を国家に定めさせるか?」
「まあ、お祖父様ったら!」
ローザは楽しそうに笑っている。
ローザはフェルナンドの言ったことをあくまでも冗談としか受け取っていないようだが、フェルナンドのことだ本気でやりかねない。
「“ロートス” とはゲルダー語で “睡蓮” のことを指すんじゃよ」
「ああ! それだから、このお花を王太后様に贈られるのですね!」
「そうじゃ!」
先日ギルベルトが王太后への贈り物の話をした時に、フェルナンドは「確実にヒルデグンデ殿が誰からの贈り物なのかが分かる逸品」を用意すると豪語した。
確かに睡蓮の花がロートス王国に関連していることは分かったが、これで何故確実なのだろう?
「カルロの話では、ロートス王国の王都キールには、それは見事な睡蓮の群生池があるんだそうじゃ」
「お祖父様。睡蓮の花は、ピンク色なのですか?」
「ピンク、白、赤、黄色、紫。いろいろ種類はあるが……儂は一番ピンク色が好きじゃよ、ローザ」
「では、頑張って綺麗に染めますね」
「そうじゃな。ああ、そう言えば、確かローザは違った色合いを出せるんじゃったな?」
「出せると言うよりは、なぜか出てしまうと言うか……」
「つまり、故意に色を変化させているわけでは無いのか?」
「お母様の時は、結果としてああなりました」
パトリシアに贈ったペンダントを飾る三輪の薔薇は微妙にピンクの色合いが異なっている。それがまた、貴族のご婦人たちの間で美しいと、高い評判を呼んでいるのだ。
「どうかされましたか、お祖父様?」
「ああ。無理なら仕方ないが、睡蓮の花は、中心に近い程濃い色の花が多いと思ったのだが……。狙って色を変えることができないのであれば、仕方が無いな」
「そうなんですね……」
そう言うと、ローザはしばらく考え込んでいる。
「お祖父様、魔鉱石は余っていたりはしないのですか?」
「残念ながら、この花は唯一無二じゃ」
「いいえ。お花の形で無くても良いのです。試してみたいだけですので」
「色染めを試すのか?」
「はい。折角の贈り物ですから、素敵な方が良いですよね!」
「どんな形でも良いなら、すぐに用意できると思うぞ」
「でしたら、それで試してみたいです!」
「ほう。それは良い。じゃあ、ローザ、儂と一緒に街の加工場へ見学がてら行ってみるか?」
「是非!」
フェルナンドは夕食までには戻って来るからとアスールに言い残し、ご機嫌な様子でローザを連れて部屋から出て行った。
ー * ー * ー * ー
「それでね、お母様。魔鉱石の加工場には、本当に沢山の綺麗な置物が並んでいるのです。熟練の職人になると、どんな形でも作れるそうですよ!」
「まあ、ローザ。今日は本当によく喋ること!余程お義父様とのお出掛けが楽しかったようね」
「はい!」
ローザの止まらぬお喋りを聞いていたパトリシアも、なんとも楽しそうだ。
「でも、お喋りの続きは、お夕食を全て食べ終えてからにして頂戴な。貴女のお喋りを聞いているのは本当に楽しいのだけれど、皆はそろそろデザートを食べたいみたいよ」
ローザの皿をなかなか片付けることができず、使用人たちはデザートが盛られた皿を持ったまま、先程からテーブル近くでずっと待機しているのだ。
「えっ? あら、申し訳ございません」
「別に構わんよ、ローザ。待てば待つだけデザートを食べる楽しみが増えるというもんじゃ」
ローザは慌てて食事を再開した。
ローザは、フェルナンドに連れて行って貰った魔鉱石の加工場が、余程お気に召したらしい。
デザートを食べ終えても、ローザの舌は引き続き滑らかだ。
「そんなに凄腕の職人が揃っているところなら、一緒に見に行きたかったな」
魔鉱石の加工が趣味でもあるギルベルトは、本気で羨ましがっているようだ。
忙しくて一緒に夕食を食べるのは無理そうだったのに、今、この夕食の席にギルベルトが座っているのは、ローザが行った加工場の話を聞きたいがためだろう。
「それで? お祖父様から伺ったのだけれど、色を思った通りに調整するなんてこと、本当にできるのかい?」
「まだ何個か試しただけなので、絶対にできるとは言えませんが、もしかしたら成功する、かも?」
「あまり無理をすると、魔力酔いを起こしてしまうよ」
「もう今日は試しませんわ。明日の午前中に、お祖父様と一緒にあと二回だけ試すだけなので心配は要りません。色の調整ができてもできなくても、お兄様から頼まれている “睡蓮” は、学院へ戻るまでには必ず染め上げますので、どうぞご安心下さいませ」
「その時、僕も同席しても良いかな?」
「構いませんけど……。ギルベルト兄様、お仕事は大丈夫ですの?」
「ああ、なんとかする! と言うか、明日は光の日だよ! 休んだって良い日の筈だよね、本来は……」
ギルベルトは相当忙しいようだ。
夏にしばらく国を離れることだけが理由とも思えないが、今のアスールには手伝えることも無いので、口を挟むこともできない。
アスールはもどかしい気持ちを抱えたまま自室に戻った。
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