16 学院執行部の新部長(仮)
「ごめんね、レイフ。結局、君に “憎まれ役” を押し付けたみたいになっちゃったね……」
「ははは。まあ、別に構わないよ」
翌週に再び開かれた執行部の集まりの途中で、グスタフ・ハイレンは不快感を露わにしたまま、大きな音をさせて扉を閉め、部屋から去って行った。
と言うよりは寧ろ、レイフとルシオとで体よくグスタフ・ハイレンを追い払ったとも言える。
この日、アスールはレイフを伴って執行部の集まりに出席して、会議が始まる前にレイフを皆に紹介した。
「今後僕の代わりに、ここに居るレイフ・スアレス君に執行部役員を任せたいと思っています。何か問題が起きた場合には、僕が学院と学生との調整役をするつもりではいますが、基本的には彼に全権を委ねます」
「つまり、来年度の執行部部長はレイフ・スアレス公爵令息ってことですね?」
ルシオが態とらしくアスールに尋ねる。
「そうなりますね」
「分かりました! では今後、私、ルシオ・バルマー、微力ながら後方支援に徹します。皆さんも、協力しあって今年度の学院執行部の一員として、学院と学生のために頑張りましょう!」
ルシオがどんどんその場を仕切っていく。
「ハイレン先輩、今日の議題は何ですか?」
ルシオが何食わぬ顔で尋ねた。
「今日は……もうこれと言って、特にありませんね」
「学院祭についてはどうされるおつもりですか?」
「それは、また来週にでも集まって、それから考えれば良いのでは?」
ここでルシオがレイフに目配せをする。レイフが軽く頷いてから手を上げて発言した。
「お待ち下さい。と言うことは、今日は元々たいした議題も無いのに、こうして執行部全員を招集されたと言うことでしょうか?」
「いや。まあ、定期的に顔を合わせた方が物事は円滑に進むかと……」
「進める議題どころか、進める気も無いのにですか? はっきり申し上げて、僕にはただの時間の浪費としか思えませんね」
「だが……」
レイフはグスタフ・ハイレンが何か言うのを待たずに話を振った。
「ルクラン先輩はどうですか?」
「すべきことは山のようにあると思います。まず早めに学院祭の内容確認の必要があります。学院側と話し合いが必要です。その上で学院内でできないことは王都にある商会に依頼しなくてはなりません。それには、商会の選定も必要です。それから……」
「申し訳ないですが、一旦お待ち頂けますか?」
手持ちのリストを嬉々として読み上げているエイミー・ルクランをレイフは遮った。
「ハイレン先輩。執行部部長として、貴方はルクラン先輩が今挙げた項目に関して、どうお考えですか?」
「その程度なら、既に私の頭の中にだってありますよ」
「では、なぜ今日は何もせずに、このまま解散するのですか? 問題を先送りしても、良い結果は得られないのではありませんか?」
「それは……」
グスタフ・ハイレンは、余計なことを言うな! とばかりにエイミー・ルクランを睨み付けている。
「やるべき項目を整理し、期日をはっきりと示し、確実に遂行する。それができないのであれば、できる者が代わりにやるべきと考えますが、ハイレン先輩はどうお考えですか?」
レイフは、怒りで顔を真っ赤にしているグスタフに対し、更に追い討ちをかけた。
「それはつまり、私には彼女と同じことをするだけの能力が無いと、そう言いたいのですか?」
グスタフ・ハイレンは今度はレイフを睨み付けている。
「そうは言っていません」
レイフは冷静だ。
「ハイレン先輩が今年度の執行部部長なのですよね? でしたら、言われずとも当然お分かりかと思いますが、すべきことを的確に指示して頂かなくては我々下級生は動けません! それとも、もしかするとハイレン先輩では無く、ルクラン先輩が執行部部長でしたか?」
「いいえ、執行部部長は私ではございません」
エイミー・ルクランが静かに答える。
「それは申し訳ありません。てっきり貴女の方が執行部部長かと、勘違いするところでした」
レイフはエイミーに向かって微笑んだ。
「いったい何が言いたいのです? 彼女の方が執行部部長に相応しいと思うのでしたら、そうすれば良いでしょう。私はそれでも全く構いませんよ。エイミー・ルクラン。貴女に執行部部長という大役を背負うなど、まず不可能だとは思いますがね」
グスタフ・ハイレンが声を荒げた。その場に居合わせた平民枠の部員たちは固唾を飲んで見守っている。
「……ハイレン先輩がそう提案されるなら、試してみたらどうですか?」
「殿下?」
ずっと黙って座っていたアスールの突然の発言に、皆の視線が一斉にアスールに集まった。
「既に決まってしまっている “執行部部長” という肩書きは得られないかもしれませんが、ルクラン先輩、貴女がこの執行部を試しに動かしてみては如何ですか?」
「私が、ですか?」
「ええ。取り敢えず試してみては? ハイレン先輩もそれで異論は無いようですし」
「殿下?」
グスタフ・ハイレンの顔色が変わる。
「僕はルクラン先輩でも問題無いと思います」
一人の部員が恐る恐るといった雰囲気でゆっくりと手を上げ、発言した。先週、思わず愚痴をこぼしていたあの学生だ。
「私も!」
「僕も、良いと思います」
次々と賛同者が出る。
「な、何を勝手なことを!」
グスタフが顔を真っ赤にして叫んだ。
「まあ、試しにってことですよね? ハイレン先輩が仰るように、ルクラン先輩では無理だと分かれば、ハイレン先輩がその寛大な心を持って、再び執行部を率いて下されば良いだけの話ではないですか!」
「ルシオの言う通りだね。まず、試してみましょう! それで宜しいですか、ルクラン先輩?」
レイフがエイミーに尋ねた。
「はい。ご期待にお応えできるよう努力致します」
「皆さんも、それで宜しいですか?」
グスタフ・ハイレンを除く全員が頷いた。
こうして、王立学院始まって以来初となる、女性の王立学院執行部部長(仮)が誕生した。
ー * ー * ー * ー
「それにしても、恐ろしいくらいルシオの描いた筋書き通りにことが運んだね」
あの日、談話室でルシオが立てた作戦では、誰がどう言って、どう動く、などという細かい内容までは決められていなかった。
ルシオは、グスタフの性格から彼の発言と行動を予測し、その上で起こりうる可能性を明示した。
アスールとレイフとエイミーの三人に対しては、発言内容などは一切指示せず、その場の個々の判断で発言して欲しいと言っただけだ。
「やっぱり君は “クリスタリアの頭脳” と呼ばれているフレド・バルマー侯爵の息子だったんだね……。ある意味、恐ろしいよ」
「そう? 別に大したことないでしょ」
この日のルシオの夕食の皿は、いつも通り山盛りだ。
アスールにとってはすっかり見慣れた光景とはいえ、それ程大きいとは言えない身体に、よくこれだけの食物が収まるものだと驚かずにはいられない。
横を通る新入生たちの視線が痛い。まあ、ルシオ本人はそんなことなど全く気付いていないようだが……。
「後は、ハイレン先輩に口を挟ませる隙を与えないようにすれば良いだけだ」
「それなら心配要らないんじゃない? 皆、ルクラン先輩に好意的だし」
レイフの言うように、散々グスタフ・ハイレンに好き勝手に振り回されていた執行部部員たちは、有言実行型のエイミー・ルクランに対しては非常に好意的だ。
今日もグスタフが出て行ってしまってから、エイミーを中心にして、今後それぞれが受け持つ担当決めからやり直した。エイミーは(アスールを除く)全部員一人一人に責任を持った役割を与えた。
「次回の集まりは、二週間だってね? 今後は、毎週無意味に呼び出されることも無くなって、良かったじゃないか」
「まあね。でも逆に、それまでに各自がやるべき仕事を割り振られているから……」
「大変かも?」
「ははは。まあ、僕たちも共犯みたいなものだし、精々頑張ってエイミー先輩を支えよう」
「だね」
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