15 学院執行部の新部長
「それでは、本日はこの辺で」
アスールとルシオは、今学年に上がって既にもう何度目かの “王立学院執行部” の集まりに参加していた。
学院執行部は基本的に、第四、第五学年の平民のうちの成績上位五名と貴族二名の十四名で運営されている。
平民とは違い、貴族の二名に関しては、成績よりも身分の上下で選出されることが多いと、入学当初にアスールはギルベルトから聞かされた。
例え成績が優秀でも、身分的に低い者が上位の貴族に “物申す” のは難しいらしいのだ。
一応学院側としては『身分の上下に関わらず平等であるべき』と謳ってはいるが、実際には(特に貴族の中で)身分の上下はいろいろな場面で持ち出されているのが現状だ。
今年の執行部の新部長はグスタフ・ハイレンという名の新五学年生の “侯爵家の長男” だ。
成績で言えば、彼よりも毎回上位に居る貴族は数名存在している。だが、そんな彼らは執行部入りの打診を、何らかの理由を付けて断ったらしい。
想像するに、学院生活の最後の二年、余計な面倒ごとに巻き込まれたくは無かったのだろう。
結局、最終的に昨年度はグスタフ・ハイレン侯爵家長男と、エイミー・ルクランという名の侯爵家の次女が執行部入りすることで話はまとまった。その二人がそのまま今年度も執行部に残っている。
「本日も執行部長様は、残務処理を我々に残されて、さっさとお帰りのようですね……」
平民選出の男子学生が小さな声で呟いたのが、帰り支度をしていたアスールの耳にも聞こえた。
「おい、不味いって!」
近くにいた別の平民選出の学生が、慌てて制止する。
呟いた学生の方は、まさか声に出ているとは思っていなかったようで、友人からの静止の言葉と、周りからの視線に気付いて、露骨に「しまった!」といった表情を浮かべた。
「申し訳ありません……」
慌てて謝罪する。
「貴方が今仰ったのは本当のことでしょ? 間違ったことは言っていないわ。そうですわよね、アスール殿下?」
そう言ったのはもう一人の貴族選出第五学年生のエイミー・ルクラン侯爵令嬢だ。
「ええ、そう思います」
アスールはにこやかに答えた。
「だそうです。ですので、貴方がお気になさる必要はありませんわ。学院内は素より、殊に執行部内には貴族も平民も関係無いと私は思っております」
その後、アスールとルシオも手伝って、皆で後片付けをし、執行部の部室に鍵をかけた。
「鍵は僕たちで職員室に戻しておきます」
先程の二人の男子学生がエイミーから鍵を受け取る。
「ありがとう。お願いしますね」
「「はい。では、また」」
「お疲れ様でした」
エイミーは去って行く二人の背中をしばらくの間見つめていた。
「殿下。もしご迷惑でなければ、寮までご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
エイミー・ルクラン侯爵令嬢は “淑女コース” に在籍している。
“淑女コース” と “騎士コース” は変則的で、そのコースに特化した授業が多いので、成績上位者に名を連ねるのが難しいと言われている。
その中にあって、エイミーは常に上位十名の中に入っているのだと、以前、情報通のルシオが言っていた。
「殿下は、今年の執行部をどうお思いになられますか?」
寮への帰り道、エイミーが切り出した。
「ハイレン先輩のことですか?」
「ええ、まあ……そうですね」
エイミーは曖昧な笑顔をアスールに向ける。
「完全に浮いていますよね! 余り意味があるとも思えない招集がやたらと多いし、雑務は人任せ。あれの調子では、そのうち執行部は内部崩壊を起こしますよ」
エイミーの問いに答えたのは、アスールでは無くルシオだった。そのルシオの回答に、エイミーは一瞬キョトンとし、それからクスクスと笑い出した。
「ごめんなさい。急に笑ったりして。ルシオ様のご意見が余りにも率直でしたので」
エイミーはまだ笑っている。
「ルシオはこういう人間です。お気になさらず」
「まあ、殿下ったら」
「アスールだって、そういう人間だろ!」
「まあね。否定はしないよ」
エイミーは、隣で繰り広げられるアスールとルシオのやり取りを、驚いた顔で見つめている。
「お二人が仲がよろしいとは聞いておりましたが、まさかここまでとは思っていませんでしたわ」
「ルクラン先輩は、今の執行部に問題があると思っておられるのですね?」
アスールが尋ねた。
「そうですね。ルシオ様が先程仰られた通りだと思っております」
「いっそのこと、ルクラン先輩がハイレン先輩の代わりに部長をされたらどうですか?」
「えっ?」
「ルシオ、そんな簡単にはいかないよ」
「でも、それが一番良いんじゃないの?」
「そうかもしれないけど……」
多分ルシオの言う通りだ。
今のまま意味も無い招集を続ければ、そのうち不満が爆発するだろう。グスタフ・ハイレンに対する不信感は既に燻っている。
「言っておくけど、僕は、口出しはできないよ」
「そんなことは分かっているよ。王子の威光を振りかざさせるような真似はしないから安心して」
「……じゃあ、どうするつもり?」
気付けば、もう東寮は目の前だ。
「ねえ、アスール。今日ってダリオさん、何か作っていたりしないの?」
「ダリオ?」
「そう! 焼き菓子を焼くとか、言っていなかった?」
そう言って、ルシオがニンマリと笑った。
ー * ー * ー * ー
「はじめまして。レイフ・スアレスです」
「はじめまして。エイミー・ルクランです。急なお呼びたてにも関わらず、快く応じて頂き感謝致します」
東寮に戻るとすぐに、ルシオはレイフを談話室に呼び出した。
レイフが談話室にやって来た時には、既にテーブルの上にルシオの希望通り、今日ダリオが作ったばかりのマドレーヌが並べられていた。
「気にすることないですよ、ルクラン先輩。レイフだって出来立てのマドレーヌを食べられるなら、絶対に文句は無い筈ですから!」
「そうかもしれないけど、それは、ルシオが言うことじゃ無いと思うけどね……。まあ、良いけどさ」
またしても目の前で繰り広げられる、今度はレイフとルシオの掛け合いに、思わずエイミーが笑いだす。
「いつもこんな感じなので、先輩はお気遣い無く!」
「だ、か、ら!」
四人で声を上げて笑った。
ダリオが淹れてくれたお茶を飲みながら話をする。
ルシオは自分のアイデアを皆に説明しはじめた。
本来であれば、第三学年の学年末試験の結果からみても、レイフは平民枠で執行部入りすることは確実だった筈。
だが、新学期が始まってみれば、レイフはスアレス公爵家と養子縁組を結び “西寮” から “東寮” へと移り、立場は貴族になった。
その上、既に貴族の枠二名にアスールとルシオが居るので、レイフは執行部入りできないことになってしまう。
「王族のアスールは、本来は貴族枠ですら無いと僕は思うんだ。はっきりと意見を言い難い立場だって言っていたよね? だとしたら、レイフがアスールの代わりに貴族枠で執行部入りしたって良いんじゃないの?」
「僕が? 僕が入ったら、アスールはどうするの?」
「アスール? アスールはそのまま留任で良いでしょ?」
「えっ、ああ、うん」
レイフが加われば、メンバー的にも人数的にも、グスタフ・ハイレン抜きで今年度の執行部はどうにかなるとルシオは断言した。
「と言うより、その方が運営しやすいでしょ。そう思いませんか、ルクラン先輩?」
「ええと……随分と答え辛い質問ね」
エイミーは苦笑いを浮かべた。
「ハイレン先輩は新入生の前での委員会とクラブ活動説明を終えて、充分 “執行部部長” を堪能したんじゃないかな。学院祭は執行部は裏方仕事がほとんどだし、ああいう目立ちたいだけのタイプは、きっと文句は言わないと思いますよ。
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