14 祖父と二人の孫息子(2)
フェルナンドの話しによれば、十三年前のあの日、ロートス王国の王太后であるヒルデグンデは友人に招かれ外出していたため、幸いにもあの場には居合わせず、難を逃れることができたそうだ。
「だが、自分の不在中に起きた惨劇にひどくショックを受けた王太后は、以来、北の砦近くの離宮にずっと引き篭もって居ると言われている」
「……言われている?」
「ああ。そうじゃ。実際のところは分からん。自分で望んで引き篭もっているのか、それとも、誰かによって閉じ込められているのか……」
「そんな……」
「兎に角あの国は今、他の国との関係を制限しておるからの。情報が殆ど入って来んのじゃ」
「お祖父様は、その王太后に、直接お会いしたことはあるのですか?」
ギルベルトがゆっくりと身体を起こしてから、フェルナンドに尋ねた。
芝生に寝転がったままずっと目を閉じていたので、アスールはてっきりギルベルトは寝てしまっているのかと思っていた。
「いや。儂はヒルデグンデ殿と直接の面識は無い。王なんて面倒な立場なんじゃよ、ギルベルト」
フェルナンドは小さく呟いた。
「可愛い姪っ子の結婚式に出席するために少しの間だけ国を離れることさえ、簡単にはできんかったからの……。そのせいで、儂はもう二度とスサーナの、あの優しい笑顔を見ることは叶わなくなってしもうた……」
クリスタリア国内の移動なら兎も角、王が数週間も国を離れることはとても難しいことなのだと、フェルナンドは孫たちに向かって言った。
そのクリスタリア国の現在の王であるカルロが、昨年の夏、娘のアリシアの結婚式に参列するためにハクブルム国を訪問した。
それは、フェルナンドのそうした “後悔” もあって、どうにか実現したことだったのだろう。アスールはこの時初めてその重みを理解したのだ。
「ヒルデグンデ殿は、確か、儂よりも二つ三つ年上だった筈じゃ……」
フェルナンドは思い出すように、そう言った。
「せめてアスールとローザが、いや違うな、レオンハルト・フォン・ロートスとローザリア・フォン・ロートスがこうして元気に過ごしていることを、知らせてやりたいと思ってはおるのだが……」
「それでしたら、僕がなんとかしてみますよ」
ギルベルトがにこやかに笑っている。
「いや、いや、無理じゃろう。いくらお前さんがロートス王国を訪問するとはいえ、王太后と直接会うことなど叶わんと儂は思うぞ。手紙だとしても、王太后に渡る前に確実に中身を改められるじゃろうし……」
「まあ、そうでしょうね」
「ギルベルト。お前さん、何か策があるのか?」
「贈り物をするんです」
「贈り物?」
「はい。特別な贈り物をね。ただし、これには一つだけ絶対的に必要不可欠な条件があるのですが……」
「なんだ?」
「ヒルデグンデ様が、確実にアスールとローザの “魔力の属性” をご存知だということです」
ー * ー * ー * ー
ギルベルトは、ロートス王国の王太后に贈る特別な贈り物として、パトリシアに兄弟皆から贈ったあの “ネックレス” のような物を考えているらしい。
「中央を飾る魔導石の加工は儂に任せておけ。最高の見た目で、尚且つ、確実にヒルデグンデ殿が誰からの贈り物なのかが分かる逸品に仕上げさせる」
そう言うと、フェルナンドは鼻息も荒く食堂を目指して歩き始めた。
朝食後。
アスールはギルベルトの自室に呼ばれ、魔導石に魔力を込めている。
「兄上は、結婚に関して、まだ何もご予定は無いのですか?」
「予定?」
「予定と言うか、その、どなたか、想いを寄せている方とか……」
「……。ああ、今はまだ特にそう言った予定は無いな」
(ふぅん。予定は無いけど、居ないとは仰らないのだな)
「アスールには居るのか?」
「えっ?」
「想い人」
「い、居ませんよ!」
「そうか」
ギルベルトは焦るアスールを見て笑っている。
「結婚なんて、焦ってする必要は無いと僕は思っているよ。確かに婚約者が居れば、いろいろ面倒なことをあちこちから言われずに済んで、楽なのかもしれないけどね」
第一王子のドミニクがガルージオン国の王女を婚約者に選んだことは、国内の貴族たちにとって、かなりの衝撃的な出来事だったらしい。
そうでなくてもこの国に王子は三人しか居ない。
自分の娘を第一王子のドミニクに嫁がせようと画策していた多くの高位貴族たちは、それが叶わないと分かった途端、第二王子のギルベルトに照準を変えてきた。
ギルベルトは手っ取り早く断る理由として「自分より年上は絶対にあり得ない!」との線引きをしたらしい。
これで、ドミニクとの婚礼を考えていたご令嬢方の多くが、一気に候補者リストから強制的に除外されることになる。
それでもまだまだ各侯爵家には何人もご令嬢方は揃っている。
「後は、その都度適当な理由をつけて、のらりくらりと躱していくさ」
「兄上は。その、……」
「聞きたいことがあるなら今のうちだよ、アスール。ここには僕たち二人しか居ないんだ。遠慮は要らない」
「兄上は、王になりたいと思っておいでですか?」
アスールの口から出た声は思った以上に大きくて、アスールは思わず自分で自分の口を慌てて押さえた。
「王か……」
ギルベルトはしばらく考えた後で、再び口を開いた。
「そうだね。王になるのも……良いかもね。父上のような。でも、それは今すぐ、って話じゃ無い。いずれ、そうなったら、良いなって話だよ」
「そうですね。僕も、そう思います。兄上だったら、良い王様に、きっと。うん」
二人は顔を見合わせて、お互いに恥ずかしいような、気不味いような、なんとも言い難いその場の雰囲気を、どうにか笑って誤魔化した。
今のクリスタリア国にはカルロ・クリスタリアという揺るぎない国王がその玉座に座っている。
カルロは、フェルナンド王のただ一人の王子として、皇太子時代からその手腕を発揮した。貴石加工とその輸出で国を豊かにし、民を富ませた。
先王フェルナンドの手腕によるところも大きいのは事実だが、カルロが王位に就いて以降、クリスタリア国は他国との間に問題を抱えることなく、平和な治世が続いている。
「今はまだお祖父様も頗るご健勝だしね。すぐに父上の後継問題が取り沙汰されることも無いと思うよ」
「そうですか」
第一王子のドミニクの周囲がどう考えているかは兎も角、アスールが思うに、ドミニク本人には然程王位に執着している感じは無い。
(兄弟間で骨肉の争いとかは……やっぱり、気分の良いものじゃ無いよね。そうならないに越したことはないね)
「それで、アスールは? アスールはどうなの?」
「えっ?」
「いずれはロートス王国に戻るつもりなんだよね?」
「……そうできれば、良いと思っています」
「うん。分かるよ」
「そのために、僕のために動いてくれている人が居て、これから一緒に動くって言ってくれている人も居て……」
「そうだね」
「その人たちのために、今、僕に何ができるのかを、考えてしまうんです……」
「うん」
自分がこの国の王子で無いと知ったあの日から、もう三年以上が過ぎてしまっている。
「今日一日で人ができることなんて、高が知れているよ。でも、それが一年だったらどうだろう? 三年だったら? アスール。慌てることは無いって、前にお祖父様も仰っていたんじゃ無かったかな?」
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