13 祖父と二人の孫息子(1)
翌朝。久しぶりにアスールとフェルナンドとの “早朝剣術鍛錬” にギルベルトが加わった。
学院卒業後、ギルベルトは王宮府内で父親であるカルロの執務の補佐をする傍ら、第二騎士団にも在籍している。
普段ギルベルトは所属する第二騎士団で訓練に参加しているため、こうして早朝鍛錬に姿を見せることはほぼ無くなっていた。
「兄上と一緒に鍛錬するのは、本当に久しぶりですね」
「そうだな。お祖父様から聞いてはいたが、アスールは随分と腕を上げたのだな」
「そうでしょうか? だとしたら嬉しいです」
クリスタリア国の騎士団は四つに分かれている。
ドミニクが所属する第一騎士団、ギルベルトの第二騎士団。それから第三騎士団と、王族警護などが主な任務の近衛騎士団だ。
四つの騎士団では、それぞれ一人ずつ居る騎士団長が指揮を取っている。さらにその上に、その四騎士団全てを統括する騎士団長が一人存在する。
因みにマティアスの伯父に当たるイズマエル・ディールス侯爵は、その全体を統括する方の騎士団長を若くして務め上げた人物だ。
だが現在、その騎士団長よりも更に上に位置する人物が居るとの声がある。“影の騎士団長” とか “騎士団の鬼神” とも呼ばれ、恐れられているのは、先王フェルナンドその人だ。
フェルナンドは執務の合間に騎士団の訓練場にふらりと現れ、笑顔を浮かべ、あり得ない程の厳しい訓練を課す。
その本人も一緒になって訓練に参加するのだが、齢六十を優に越すとは思えぬ身のこなしで、若い騎士団員たちを次々と薙ぎ倒していくらしい。
ドミニクやギルベルトのように、これまでも学院を卒業した王子は、須く騎士団に所属してきた。
これはクリスタリア王家の伝統でもあり、王族の男児の義務のようなもので、貴族の中にはそんな王子たちのことを “所詮お飾り程度” と認識している者も多い。
だが、こうして “影の騎士団長” が暗躍する中、お飾りで騎士団に名を連ねることなど許される筈も無い。ドミニクもギルベルトも本気で騎士団の訓練場で絞られているのだ。
「兄上。今朝は、どうして騎士団では無く、こちらに?」
アスールは疑問に思い、ギルベルトに尋ねた。
騎士団での訓練だってあるだろうに、わざわざ休日だというのに、更にここでこうしてフェルナンドの扱きを望んで受けるなんて……気が知れない。
「ああ。ちょっと、いろいろあってね……。今はなるべく執務室に居るようにしているんだよ」
「いろいろ、ですか?」
ギルベルトはアスールの問いに詳しくは答えず、困ったような笑みを浮かべた。
「アスール。ギルベルトはな、あちこちから持ち込まれる縁談話しから逃げ回って居るんじゃ」
ギルベルトの代わりに、ニヤニヤ顔でフェルナンドが答えた。
「縁談ですか?」
「そうじゃ。ドミニクの婚約が決まった途端、ギルベルトにその矛先が回って来たと言うことだ。貴族どもの餌食になる前に、ギルベルトはさっさと国外に逃げるんだそうだよ」
「まさか、それで兄上はハクブルム国へ行かれるのですか?」
「そんなわけが無いだろう! お祖父様も、適当なことをアスールに吹き込まないで下さい!」
ギルベルトに怒られ、フェルナンドはペロリと舌を出した。ギルベルトは心底うんざりしているといった顔をしている。
数日前にも第二騎士団の団長から、自分の娘と観劇に行く気は無いか? と、今王都で大人気の演目の一階桟敷席のチケットを手渡されたそうだ。
ギルベルトが訓練終りに騎士団の仲間たちと「その演目がかなり面白そうだ」と何気無く話していたことが、騎士団長の耳にも伝わっていたらしい。
「のこのこそんなところへ出掛けて行こうものなら、翌日には『第二王子に想い女現る!』って話しが瞬く間に広まるのは確実じゃな」
「お祖父様。……いい加減にして下さい」
ギルベルトが大きな溜息を吐く。
「そんなことになる位でしたら、母上やローザを誘って見に行きますよ」
「それが良い。ロイヤルボックスで堂々と見れば良い」
実際に、こうしてギルベルトに縁談を持ちかけてきたのは、第二騎士団の団長だけでは無いようだ。
「茶会や夜会の招待状もやたらと届くと、パトリシアが言っておったぞ」
「忙しいので、全てお断りして下さいと母上には伝えてあります」
「カルロのところにも、肖像画付きの釣書が届くそうじゃ」
ギルベルトの溜息が更に大きくなる。
「そう言えば、前にルシオが面白いことを言っていましたよ。レイフの養子縁組騒動の時の話なのですが……」
アスールは、以前ルシオが言っていた、ルシオの “好き勝手な憶測” を二人の前で披露することにした。
公爵家に入ったという養子というのが、王子のお相手として釣り合いが取れるように身分を上げたい思惑の妙齢の女性で、実はギルベルトの結婚相手なのではないか? と言っていたアレだ。
「ほう。ルシオがそんなことを言っておったのか。それは面白いな!」
フェルナンドの顔は面白がるというよりは、寧ろ感心しているかのように見える。
「誰も彼も……本当にやめて欲しいよ」
アスールと並んで芝生の上に座っていたギルベルトが、そう呟くと、そのまま後ろへばたりと寝転がった。
「兄上?」
「そのルシオの憶測は、強ち間違っては居らんのだ。実際に、とある公爵家と、いくつかの侯爵家から王宮府の方に養子縁組の申請が来ておる」
「本当ですか?」
「ああ、本当じゃ」
フェルナンドが “とある公爵家” と言ったのは、おそらくスアレス公爵家、イェーレンダー公爵家、ニールハン公爵家以外の二家のどちらかだ。
その公爵家に加えて、侯爵家もいくつかとフェルナンドは言った。
「年頃の娘が自分のところに居ないから、わざわざ他家から娘を養子に迎えてまで? それ程、王家と縁付きたいと思っている貴族が多いということなのですね……」
「まあ、そうなのじゃろうな。……それにしても、ルシオは面白い。将来、どんな大人になるのかの。楽しみだな、アスール」
「はい、お祖父様」
ギルベルトは相変わらず寝転んだままだ。
「そうだ! お祖父様、一つ聞きたいことがあるのですが、今、よろしいですか?」
「なんじゃ? まだ朝食迄に時間はあるから構わんぞ」
「あの……」
「ん?」
「僕とローザの……。えっと、お祖母様のことです。ロートス王国の王太后だという、ヒルデグンデ様の……」
「ほうほう。どこでその名を聞いたのだ? 随分と懐かしい名だ」
フェルナンドは大きな皺だらけの右手をアスールの頭の上にそっと置いた。アスールは置かれた掌から緊張がゆっくりと解けていくように思った。
「……アンナ様。ディールス侯爵夫人からです」
「ああ。ルシオとマティアスとでイズマエルの留守を狙って訪ねたそうじゃな」
「別に狙ったわけでは……。でも、確かに、そうかもしれません」
「それは良い」
フェルナンドの手がアスールの頭の上から肩へと移動する。
「言っておくが、アンナがイズマエルに告げ口したわけでも、イズマエルがそれを不快に思っているわけでもないぞ。ただ、王子に関することは、どんな些細なことでも報告される。それは覚えておいた方が良い」
「はい」
「だが、ギーゼラ・ガランの話は聞いたが、王太后の話は聞いておらかったな。そうか、アンナはヒルデグンデ殿の話をお前にしたのか……」
「はい」
「儂がお前に彼女の話をせんかったのには理由がある。ヒルデグンデ殿があの日以降、どういう状況にあるのかが……はっきりとは分からんからじゃよ」
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