12 早すぎる夏の計画
「アスール。夏期休暇中の旅行の件だけど……」
レイフの声が急に小さくなった。
「母さんが『大丈夫だから、皆でいらっしゃい!』って言っていたよ」
レイフの言う “母さん” とはリリアナのことだ。
レイフは、母方の兄の家であるスアレス公爵家に、自ら望んで養子に入った。それはアスールと同じ道を、アスールのすぐ近くで共に歩きたいという理由からだった。
レイフは、養子入り先のスアレス公爵家で新たに父親(本来は伯父)となった義父のニコラスのことを “父上”、義母のベラのことを “母上” と呼んでいる。新しくできた義兄姉たちは “兄上” と “姉上” だ。
アルカーノ家の面々は “父さん”、“母さん”、“兄さん” と呼び、上手く使い分けている。
「リリアナさん、僕たち皆で行っても良いって? 良かった! ローザも、きっと喜ぶよ」
アスールはレイフの答えにほっとした。
正直に言うと、レイフが公爵家に養子に入ったことで、今後はテレジアにも気軽には遊びに行かれないかもしれないと危惧していたのだ。
「ルシオはどうする?」
レイフが尋ねる。
「受け入れてくれるなら僕も行きたいな。長い夏期休暇の間、家に居るよりずっと良い!」
「勉強部屋担当という名目の子守りの仕事付きでもかい?」
「もちろん! 家に居たって、我が家の手強い女性陣にいろいろと文句を言われるだけだからね」
昨年はギルベルトとアスールも一緒にタチェ自治共和国を訪れたが、どうやら、バルマー侯爵家のルシオを除く男性陣は、この夏も長期間他国を訪問するらしいのだ。
ルシオとしては、長い休暇中、男一人で家に残されるのだけはどうしても避けたいらしい。
「もちろん大歓迎だよ。って言うより、ルシオは既に今年の夏の勉強部屋要員に組み込まれているみたいなんだよね」
「そうなの? だったら喜んで参加させて貰うよ!」
アスールたちが夏期休暇の話題で盛り上がっていると、クラス担任のガルシア先生が両手に資料を抱えて教室に入って来た。
取り敢えず夏の計画立案は一時中断することにして、三人は授業に集中する。
第四学年以降は、真面目に授業に参加しなければ簡単に単位を落とす、とガルシア先生からかなり脅されているのだ。
実際に、去年に比べると提出しなければならない課題はかなり増えている。今は兎も角、今後は予習をサボれば、授業について行くのも大変になりそうだ。
ー * ー * ー * ー
「えっ。ギルベルト兄上が? ハクブルム国へ行かれるのですか?」
「ああ、そうだ。エルンストの結婚披露パーティーが行われるのに合わせて、王家の代表としてギルベルトを派遣することが決まった。ついでに、アリシアの様子も見に行って貰おうと思ってな」
アスールとローザが久しぶりに揃って王宮へと戻った週末。
東翼に暮らす家族が顔を揃えた夕食の席で、カルロから驚くような報告が次々と披露された。まず一つ目がギルベルトのハクブルム国への訪問だ。
「ギルベルトお兄様が、アリシアお姉様に会いにハクブルム国へ行かれるのですか? でしたら、私も一緒に行きたいです!」
ローザが勢いよくカップをソーサーに戻したので、まだたっぷりと残っていたお茶がこぼれた。
「ローザ。行儀が悪いぞ……」
カルロが眉を顰める。
「申し訳ございません、お父様。ですが、私もハクブルム国へ……」
「それはならん!」
「どうしてですか?」
「出発は六の月の半ばだ。その頃お前はまだ、前期の試験が全て終わっていないであろう?」
「出発を遅らせることはできないのですか?」
「エルンストの祝いに間に合わねば、そもそも行く意味が無いだろう?」
それ以上はローザも食い下がれないようで、口を閉ざした。
ギルベルトに同行するのは今回もフレド・バルマー侯爵と、侯爵の長男のラモス親子、それから他数名だとカルロが言った。
ルシオが言っていた “長期間の他国訪問” とは、このことだったのだ。
「嬉しい知らせもあるぞ。アリシアが懐妊した」
これが二つ目だ。
「かいにん? かいにんとは、なんですか?」
「あのね、ローザ。アリシアが母親になるってことよ。赤ちゃんがアリシアのお腹に居るの」
「本当ですの、お母様?」
「ええ。本当よ」
「まあ!」
アスールとローザの二人以外にはアリシアの件は既に周知の事実だったようで、驚く二人の姿を見て、皆が満足そうに微笑んでいる。
「早いとこ、コレを届けてやった方が良いじゃろうからの!」
そう言って、フェルナンドが手首を振って見せる。そこにはギルベルトが作ったブレスレットが輝いている。ローザの光の魔導石が多く使われている、ここに居る全員お揃いのブレスレットだ。
「それから、ギルベルトにはハクブルム国からそのままロートス王国へ行って貰う」
「えっ?!」
カルロの三つ目の報告事項に、アスールは思わず声を上げてしまった。
「エルンストの結婚式に参加するためだ」
「結婚式ですか? アーニー先生の?」
「そうだ。この夏、エルンストはハクブルム国で結婚披露をしてからロートス王国へ帰国する。そこで正式な結婚式を挙げ、その場でエルンストこそがヴィスマイヤー侯爵家の正式な跡取りであると発表する手筈だ」
その場に、クリスタリア国の王子と国のお偉方であるバルマー侯爵が同席することで、クリスタリア国がエルンスト・フォン・ヴィスマイヤーの後ろ盾であるとロートス王国の貴族の面々に示す狙いがあるようだ。
ハクブルム国王家からも同じように、エルンストに帯同してロートス王国へ入る王族が居るとカルロは言った。
「エルンストの妻となるのは、ハクブルム国屈指の名門侯爵家のご令嬢らしいからの。王族が式に参加してもおかしくはあるまい。それにしても、エルンストも上手くやりおったの!」
そう言って、フェルナンドはとても満足そうに顎を撫でている。
「本当だったら儂が自らロートス王国に乗り込んで、エルンストに祝いを言いたいところだが、年寄りに長旅はさせられんとこの息子に言われてな……」
そう言いながらフェルナンドは恨めしそうにカルロの方を見た。カルロは知らん顔を決め込んでいる。
「それで、仕方なくギルベルトに代役を頼んだと言うわけじゃよ、ローザ」
「そうでしたか……」
ローザは、フェルナンドでさえカルロから『行っては駄目だ』と言われているのに、自分がハクブルム国行きを許される筈がないと納得したようだ。
「それから、今年の学院の夏期休暇が始まったら、アスールとローザの二人にテレジア行きを許可する」
「本当ですの?」
驚きと喜びのあまり、ローザが座っていた椅子から勢いよく立ち上がった。
「ローザ……。先程も言った筈だぞ!」
「……申し訳ございません。嬉しくて、つい」
アスールはレイフから聞いていたので知っていたが、ローザには黙っていたのだ。
リリアナが来ても良いと言ったからといって、カルロの許可が下りなければローザにぬか喜びさせるだけになってしまうからだ。
ちゃんとカルロからの正式な旅行の許可が出て、アスールはほっとした。これで二年振りにあの島へ行くことができる!
「まあ、良い。そう言うことだから、前期末の試験を頑張るように」
「はい、お父様!」
「アスールもだぞ」
「はい、父上。ありがとうございます」
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