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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第一部 王家の子どもたち編
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21 成人祝賀の宴

 年が明け、二ヶ月に及ぶ社交シーズンがスタートした。

 王都の多くの貴族の屋敷がそうであるのと同様に、王宮でもお茶会や晩餐会が頻繁に開催され、新しい情報やコネクションを求める者たちが行き交っていた。

 

 王立学院はその年度を終え、学生たちはそれぞれの家に戻っている。

 第一王子のドミニクは王立学院を卒業し、第二王子のシアンと第二王女のヴィオレータは各々の学年を終了し、三人は久々に王宮へ戻ってきていた。



 一の月の最初の光の日。例年その日には、王宮で “成人祝賀の宴” が盛大に行われる。

 成人祝賀の宴とは、十五歳で成人を迎えるのが伝統のこの国に於いて、年に二回開催される王国貴族の新成人のためのお披露目の儀式である。

 一の月から六の月に十五歳を迎えた貴族の子女は、王立学院が夏休みに入った七の月の最初の光の日に、七の月から十二の月に十五歳を迎えた貴族の子女は、学院の卒業式を終えた一の月の最初の光の日に、学院に通っている者もそうでない者も(すべから)く王宮に招かれる。

 今回は王家の第一王子であるドミニクがこれに該当することもあり、王宮内のあちらこちらで普段以上に念入りな準備が進められていた。



 アスールとローザがマナーの授業を受けている最中も、普段は音も無く行動する使用人たちが部屋の前の廊下を忙しそうに行き交うのが部屋の中にまで伝わって来る程には城内は騒がしい。

 授業を終え自室に戻る途中でローザが口を開いた。


「今回はアス兄様も宴に列席されるのですよね?」

「そうだね。母上が僕にも新しい衣装を用意するって張り切っていらしたから。ローザも十歳になれば出られるようになるよ。後一年我慢して」

「そうですよね。今まではいつでもアス兄様が一緒だったけれど、今回からは私一人だけが参加出来ないから……少し心細いです」

「一人と言ってもエマも居るだろ?」

「それはそうですが、エマはもうとっくのとうに大人ですし、兄妹ではありません!」

「まあ、そうだね」


 エマと呼ばれたのはローザの教育係兼、筆頭側仕えのことだ。

 エマはバルマー伯爵のかなり年の離れた姉のことだ。彼女の三人の子どもたちは既に成人済みで、夫であるジスリム男爵も数年前に亡くなっているので今では王宮で暮らしている。ローザにとってはエマは祖母のような感覚なのだろう。


「ドミニク兄様は凄く背がお高い方ですよね。それに力も凄く強い……。私はドミニク兄様がちょっとだけ怖いです」

「えっ。そうなの?」

「はい。前にお会いした時も、その前の時も……兄様に急に持ち上げられて。怖くて目を開けられませんでした」

「はは。なんだそれ」

「笑い事ではありません! 本当に怖かったのですよ」

「ドミニク兄上は背が高いと言うけど、父上やお祖父様の方が兄上よりもずっと大きいよ。そのお祖父様なんかローザのことをいつも抱き上げてるじゃないか。ドミニク兄上もそれと同じことをしただけだろう?」

「……」


 ローザは考え込んでいる。アスールは面白がってローザを揶揄(からか)う。


「宴の時に 兄上にローザが辞めて! って言っていたと伝えてあげようか?」

「それはダメです。嫌われてしまいます」



 ローザの部屋に続く階段のところまで来ると、いつものようにエマがローザの戻りを待っていた。


「では、アス兄様。また御夕食時にお会いいたしましょう。剣の訓練、頑張って下さいませ」

「ありがとう。では、また夕食の時にね」


 ローザはエマと階段を上がって行った。

 アスールの私室はこの階の奥にある。


「今日の訓練もキツイんだろうな……」



       ー  *  ー  *  ー  *  ー 



「テスラー男爵家、シーリア様」

「タスコガ辺境伯家、ロベルト様」


 生まれの早い順に次々と名前が呼ばれていく。

 新成人たちは大広間の中央に敷かれた絨毯の上を、左右に並んでいる大勢の貴族たちの視線を浴びながら緊張の面持ちで歩いている。


「クリスタリア王家、ドミニク様」


 ドミニクが堂々と正面を見据えて進んでくる。

 正面の壇上には王家の面々が座している。中央に国王カルロ。その右側に正妻のパトリシア王妃。続いて、第一王女アリシア。第二王子のシアン。それから第三王子のアスール。

 王の左側には先王フェルナンド。続いてカルロの第二夫人のエルダ。一席空いて、第二王女ヴィオレータが座っていた。


「まあ、なんてご立派な」

「ドミニク殿下の堂々としたこと。素晴らしいですな」


 貴族たちから感嘆の声が漏れ聞こえてくる。



 今回の新成人十七名が揃って並んだ。ドミニクは一際背が高い。

 王が壇上中央に用意された台の前に立つ。王宮府長官のハリス・ドーチ侯爵がよく通る低い声で新成人の名前を読み上げた。授与式が始まる。


「テスラー男爵家、シーリア様」


 派手なオレンジ色のドレス姿の女性が王の前に進み出た。

 女性は王に礼をとる。王は女性にブローチらしき物が入れられた小箱を手渡している。その箱を受け取ると女性はやや甲高い声でこう言った。


「テスラー男爵家の名において、クリスタリア王家に永遠の忠誠を誓います」


 集まっていた貴族たちからは拍手が送られた。


「忠誠を誓うんだ……」


 驚いたアスールの口からほとんど聞き取れないくらいに小さな声がこぼれた。

 隣に座っていたシアンが笑顔を浮かべ正面を向いたまま、聞こえるか聞こえないかぎりぎりの声でアスールに話しかける。


「あれは決まり文句だよ」

「決まり文句?」

「そう。皆んな同じ台詞を言うから聞いててごらん」


 確かにシアンの言った通りだった。しばらく同じやりとりが続く。


「スアレス公爵家マチルダ様」


 淡いピンクを基調とした豪華なドレス姿の女性が王の前に進み出た。淡い色味のふわりと軽いブロンドの髪をしたマチルダはどことなく面差しがローザに似ているとアスールは思った。


「ローザが成人するとあの方のような感じになるのでしょうか? 親戚だとやはり似ているものなのでしょね」

「似てる? まあそうなのかな……」


 シアンは曖昧な返答を寄越した。

 なんとなく視線を感じるので右を見ると、シアンの向こうからアリシアが「お喋りはやめなさい!」とでも言いたげな顔でこっちを見ている。シアンとアスールは取り繕った顔で前を向きなおした。


「スアレス公爵家の名において、クリスタリア王家に永遠の忠誠を誓います」


 集まっていた貴族たちからまた同じように拍手が送られ、式は滞ることなく進んでいく。


「次は 兄上の番だ。 台詞が変わるよ」


 シアンがさらに小さな声で囁いた。

 ドミニクはゆっくりと王の前に進み出る。今迄の新成人たちと同じように父王から小箱を受け取った。


「クリスタリア王家の子ドミニク、我が父カルロ王に心からの忠誠を誓います」


 大きな拍手が沸き起こった。

 シアンがアスールに向かってウィンクをしてみせた。




 授与式の後は新成人たちを囲んで挨拶を交わしたり、軽食を楽しんだり、室内楽団の演奏に合わせダンスをしたりと、各々社交を楽しんでいる。

 王とドミニクの周りには常に人垣ができていた。


 アリシア王妃が王に近寄り、何かを耳打ちをするのが見えた。王が頷き、周りの貴族たちに何か話しかけてからその場を離れ、そのままアスールたちの方へ歩いて来た。


「お前たち。()()()()三人はもう下がって構わないぞ。ローザが一人で待っているから三人とも行ってやれ」

「父上、私も宜しいのですか?」


 ヴィオレータが驚いた表情でカルロに尋ねている。

 王妃の子どもたちと第二夫人の子どもたちとでは生活している場所が離れているのもあって、普段から顔を合わせることがほとんどないからだ。


「ああ、構わんよ。アリシアからローザの筆頭側仕えにはもう伝えてある。ヴィオレータも今日はあちらで食事を取ると良い」

「ありがとうございます。父上!」


 カルロの提案にヴィオレータの顔がぱっと輝いた。



       ー  *  ー  *  ー  *  ー 



「ヴィオレータは東翼へ来るのは初めてなの?」

「はい」


 シアンの問いかけに答えながらも、ヴィオレータは辺りを注意深く観察しているようにアスールには見えた。


「ヴィオレータ姉上がお暮らしになっている西翼とこちらでは、何か違いがあるのですか?」


 あまりにキョロキョロとヴィオレータが廊下を見回しているのが気になって、アスールは質問を投げかけてみた。


「建物自体は左右対称でしょうから同じだと思うのですが、設えが全く違います。おそらく私の母上が余り華美な物を好まないせいでしょうね。『必要なもの以外は不必要』と考えるお方ですから。こちらはとても素敵だと思います」

「そうなのですか……」

「ええ」


 そうこう話しているうちにローザの待つダイニングルームに到着した。部屋の前に待機していた使用人が扉を開けてくれる。

 開いた扉の向こうに、退屈しきった表情のローザが一人ソファーに座っているのが見えた。後ろにはエマが控えている。ローザは扉が開いたのに気付くと、さっと立ち上がってこちらへ駆けてくる。


「お兄様方。もう待ちくたびれました!」


 そう言いながら近づいて来たのだが、シアンとアスールの後ろにいるヴィオレータに気付くとはっと口を両手で塞いだ。


「ヴィオレータ姉様?」

「はい。そうです。お久しぶりね、ローザ」

「まあ、お久しぶりです。どうしてこちらへ?」


 ローザは驚きを隠さない。


「カルロ様がお許しになられたのですよ。本日はヴィオレータ様もこちらでお食事を御一緒なさいます。さあ、皆様お席へどうぞ」


 エマが突っ立っている四人に早く席に着くようにと促した。既にテーブルには四人分の食器が用意されている。


「てっきりお母様の分だと思っていました……。お姉様とお食事を御一緒出来るなんて嬉しいです。はじめてですね」

「そうね。はじめてだわ。私こそこちらに来られてとても嬉しく思います」



 食事はいつもよりずっと賑やかだった。シアンとヴィオレータがまだ入学前の年下の二人に最近学院で起こった面白い話をいろいろと聞かせてくれた。


「お姉様は剣も乗馬もお得意なのでしょう? お父様が仰ってました」

「そうね。刺繍や裁縫よりは余程。人には向き不向きがあるのよ。貴女は? ローザは何が好きなのかしら?」

「私は……うーん。何かしら? 今は絵を描くのが楽しいです。後は……カリグラフィーとか? もちろん乗馬も挑戦してみたいです!」

「ふふふ。貴女は可愛いらしいわね」

「えっ?」

「いいえ。ごめんなさい。気にしないで。私はこんな感じだから、貴女のようなふんわりとした感じの方と余り接したことがなくて……。でも今日は本当に楽しかったわ。父上に感謝しなくてはなりませんね」

「はい。これからも時々こうしてお姉様にもお会いできると嬉しいです」

「ええ」


 その後迎えが来て、ヴィオレータは西翼に戻って行った。


お読みいただき、ありがとうございます。

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