5 レイフの新しい側仕え(1)
東寮へ一歩足を踏み入れると、アスールたちは待ち構えていた同級生たちに取り囲まれた。既にレイフがスアレス公爵家に養子として入ったことが寮内に知れ渡っていたのだ。
「まさかあの部屋の新しい主が君だったとはね。驚いたよ!」
「レイフ・アルカーノ君だよね? 去年辺りから成績上位者に急に名前が載りはじめた!」
「おいおい。彼は今や公爵家の一員なんだから、その、言葉遣いに気を付けた方が……」
前の学年まで平民で “西寮” の住人だったレイフが、ある日突然公爵家のご令息としてこの “東寮” にやって来たのだ。皆の興味がレイフに集まるのも無理は無い。
その上、第三王子のアスールと仲良く喋りながらの帰寮となれば尚更だろう。
「どういった経緯で公爵家に?」
「親戚とか、関係者が居るのですか?」
「もしかして……スアレス公爵の隠し子とか?」
皆、口々に勝手なことを言っている。
「えっと……」
その時、レイフの背後から小柄な老女が近寄って来た。ローザの側仕えのエマだ。
「アスール殿下、レイフ様。お話中のところ大変申し訳ありませんが、ローザ姫様が談話室の方でお待ちになられております」
「ローザが?」
「はい、左様でございます。お茶のご用意を致しておきますので、お荷物を置かれましたら談話室の方へお越し下さいませ。もし宜しければ、ルシオ様もご一緒に……」
「はい、喜んで! 荷物を置いたらすぐ行きます!」
エマはルシオの返事を聞いて、なんだか呆れたような、少し困ったような、なんとも微妙な笑顔を浮かべた。
そのまま三人で階段を上がる。アスールとルシオは三階北側の、レイフは三階南側の自室に荷物を置くために一旦二手に別れた。
「じゃあ、後で談話室でね」
アスールが部屋の扉を開けようとドアノブに手を伸ばした瞬間、目の前の扉が開き、笑顔のダリオがそこに立っていた。
「おかえりなさいませ。殿下」
「ただいま。今からルシオと談話室へ行くんだけど……」
「はい。承って御座いますよ。レイフ様も御一緒ですね?」
「もしかしてダリオは、全部知っていたの?」
「全部かは分かりませんが、ある程度は」
「やっぱりそうか……」
いつもと変わらぬ表情のダリオに鞄を手渡すと、アスールはそのまま部屋を突っ切りベランダへと出た。ピイリアとチビ助の様子を見るためだ。
ピイリアは直ぐにアスールに気付き、小屋の中で嬉しそうに囀っている。
「ただいま、ピイリア。変わりは無さそうだね?」
「ピィ」
「今からローザとお茶会なんだよ。後でルシオを連れて来るからね!」
「ピィィ」
去年の今頃は、この小屋の中で誰に対しても威嚇し捲っていたチビ助も落ち着いている。
「今回は、駄目そうだな……」
ー * ー * ー * ー
談話室に到着したのはアスールが最後だったようだ。既にいつものソファーセットで、ローザとルシオとレイフの三人が、笑いながら何やらとても楽しそうに話していた。
「彼はディエゴ・ガラン」
談話室に全員が揃うと、レイフがそう言って新しい側仕えを皆に紹介した。
新しくレイフの側仕えとなったディエゴは、年齢的にはダリオやエマよりかなり若い。
引き締まったディエゴの体躯からは、普段から鍛錬を怠っていないだろうことがすぐに分かる。側仕えというよりは、寧ろ武人といった雰囲気だ。
「ディエゴ様は、以前はニコラス伯父様の護衛騎士をされていたそうですよ」
ローザは、今朝学院に到着するまでの馬車の中で、フェルナンドとニコラスからいろいろと聞き出しているようで、手持ちの情報を嬉しそうに話し始めた。
「レイフ兄様が公爵家の一員になられたことで、もし万が一身の回りで危険なことが起きると大変でしょう? そうならないように、ディエゴ様がレイフ兄様の護衛と側仕えとを兼ねられるそうですよ」
「そうだったんだ(成る程、側仕えっぽく無いわけだ)」
「ディエゴ様は凄くお強いのだと、伯父様もお祖父様も口を揃えて褒めておいででした」
ローザの話によれば、ディエゴは侯爵家の次男で、ニコラスとは王立学院時代からの友人だそうだ。
学院卒業後にそのまま騎士団へ入団したが、数年後に負傷により騎士団を退団。それ以降はスアレス公爵家にずっと仕えているのだとか。
「ニコラス公の護衛騎士というわけではありません。たまたま二人で外出した際にニコラス公がトラブルに巻き込まれたことがあり、騎士団員たちが駆け付けるまでの間、暴漢数名を縛り上げておいた話が、少し実際よりも大袈裟に広がってしまっただけのことですよ、姫様」
その現場に居なかった者たちが面白おかしく話をするので、時間が経過する程にどんどん話が大きくなってしまい、当時はかなり困惑したとディエゴは言った。
「それは大袈裟なのでは無く、ディエゴ様が実際に “お強い” からです!」
何故だか本人よりも、ローザの方が得意気だ。
「そうでしょうか? それは……ありがとうございます」
ディエゴは優しい微笑みを浮かべてローザに礼を言った。
すっかり自分のことを英雄扱いする少女を前にして、これ以上何を言っても無駄だと気付いたに違いない。
新しいレイフの側仕えは、なかなか感じの良さそうな男に見える。
その上、腕が立つのならば護衛としても、側仕えとしても申し分無いだろう。前にアスールの部屋に侵入者が入ったこともあるくらいだ。
安全と言われている学院内であっても、ニコラスが心配するような事態が絶対に起きないとは限らないのだから。
「まあ、そうだよね。今後、レイフの生活は一変するもんね」
お茶菓子を口に運びながらルシオが言った。
「ルシオ様。……少しお言葉遣いを改めた方が宜しいのではございませんか?」
エマが小さな声でルシオを窘める。
「構いませんよ、今まで通りで」
「ですが……」
エマはルシオの父フレド・バルマー侯爵の年の離れた姉に当たる。つまりエマにとってルシオは甥っ子なのだ。
エマは先程からのルシオのレイフに対する発言や態度が気になって仕方がなかったらしい。
「ルシオは、僕が唯の平民のレイフ・アルカーノだった時も、スアレス公爵家の一員になっても全く態度を変えない数少ない、掛け替えの無い友人なんです。態度や言葉遣いをルシオが改める必要など今後も必要ありません」
「レイフ様がそのように仰られるのでしたら……」
エマはまだルシオに対して言いたいことはまだまだいろいろとあるようだったが、レイフに問題無いと言われてしまってはどうしようも無い。
「伯母上が心配しなくても大丈夫だよ!」
「ルシオ! 貴方のそういうところが心配なのですよ! まったく……。本当にフレドに、貴方の父親にそっくりだわ」
それからしばらくして、ローザは友人に本を貸す約束があるからと言って、エマと二人、先に部屋へと戻って行った。
「それでは、私も片付けをして、そのまま部屋へ下がらせて頂きます。殿下方はそのまま夕食へ向かわれますか?」
「そうだね。そうしようかな」
「では、餌やりは私の方で済ませておきましょう」
「分かった」
「それでは後は宜しく頼みますよ、ディエゴ殿」
「お任せ下さい」
「殿下。マティアス様の御部屋の扉に、談話室に居る旨の言伝を残しましたので、そろそろお見えになると思いますよ」
「相変わらずダリオさんは、抜かり無いね! 確かに、そろそろマティアスも寮に戻って来る時間だよ」
談話室から出て行くダリオの後ろ姿を見送りながら、ルシオが称賛を送った。
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