4 ルシオとレイフの本音
イアンは、将来的には父親のオルカ海賊団を自分が受け継ぎたいと、子どもの頃からずっと考えていたらしい。
数年前、王立学院への入学を巡って家族で激しい攻防戦が繰り広げられたことがあるのだと、レイフが思い出し笑いをしながら教えてくれた。
その頃、オルカ海賊団の頭領でもあるレイフたちの父親のミゲル・オルケーノは、当時の海賊団の在り方、今後将来的にオルカ海賊団が生き残っていく方法などを真剣に考えていたそうだ。
ミゲルは海賊団の頭領であると同時に、ミゲル・アルカーノという名前で商会を経営。アルカーノ商会は押しも押されぬ大商会となっていた。
当時、オルカ海賊団は掠奪行為や残虐な殺人などには一切関わっていない。
それどころか、残忍な海賊の討伐、悪質な貴族の密貿易の摘発など “義賊的” な仕事を多くこなし、更には、王家と契約を交わして力の弱い商会の船の護衛なども行っていた。
だが、それでも海賊は海賊。世間の海賊に対する悪いイメージを完全に払拭することは難しい。
ミゲルも妻のリリアナも、子どもたちの将来を思い、海賊業を廃業し、商会経営に集中することも視野に入れていたそうだ。
その上で、学ぶことの重要性、学院で知り合うことのできる友人などの点からも、三人の息子たちを王立学院へ通わせるつもりだった。(既に長男カミルは学院を卒業済み)
だが、イアンはオルカ海賊団を継ぎたいと父のミゲルに言った。
「海賊になるのに王立学院で学ぶ必要があるとは思えない。五年も王都の学院で無駄に過ごすくらいなら、海の上で操船技術を学びたい!」
ミゲルは許さなかった。
「極端な話、海賊には誰でもなれる。だが、お前がなりたいのは唯の下っ端海賊か? それとも何時か俺を殺して船長の座を奪い取るか?」
ミゲルはイアンに、学院へ入学し、自分に必要と思われる全てを学び、友を作り、成長して来こい! と言ったそうだ。
イアンは王立学院を受験した。
「イアンさんって、コースはなんだったの?」
「“技科コース” だよ。最終学年での兄さんの研究テーマは『風魔力による大型船の高速化と安全性』で “学院長賞” を貰ってた」
「そうなの? それは凄いね!」
だからあの日。公爵家との養子縁組の誘いに対して、全く悩む素振りも見せずにイアンは直ぐに首を横に振ったのだ。
「あれ? だったら……レイフは? 僕たちの年齢だったら、まだまだ成人祝賀の宴なんて先の話だよね? イアンさんに比べると、随分と早く養子縁組を決めたことにならない?」
ルシオがレイフに尋ねた。
「僕に関しては……養子縁組は、僕の方からお願いしたんだよ」
「そうなの?」
「王宮にルシオとマティアスと三人で呼び出されたことがあっただろう? そのしばらく後に、母さんに頼んでスアレス公爵家に願い出たんだ」
「えっ?」
「あの日アスールの昔の話を聞いて、僕はアスールがもしも将来自分の未来を掴み取りにロートス王国へ行くのなら、その時は僕もアスールと共にありたいと思ったんだ」
レイフは力強くそう言った。
「その為には、どうせなら身分は高い方が良いだろう? 利用できるものがあるなら、利用した方が賢いよね?」
全く悪びれずにレイフはそう言って退けた。
「ルシオ。君だってあの時同じように思ったんじゃないの?」
レイフが真っ直ぐにルシオの目を見つめて尋ねた。
「そうだね。確かに僕もそう思ったよ。共にありたい。うん、そうだね!」
「だろう?」
「ちょっと待って! 二人とも!」
ルシオとレイフに挟まれてベンチに座っていたアスールが話に割り込んだ。
「「何?」」
「共にありたいって……。それ、どういう意味で言ってるの?」
「ロートス王国へ一緒に行くって意味だよ。だよね、レイフ?」
「もちろん!」
ルシオもレイフも笑顔で答える。
「……それって」
「分かっているとは思うけど、もちろん “旅行” って意味じゃ無いからね」
ルシオがアスールに向かって下手なウィンクをする。
「確認したわけじゃ無いけど、多分マティアスも同じ考えだと思うよ」
レイフがルシオのウィンクを笑いながら、そう言った。
「三人とも?……あり得ないよ!」
「「どうしてさ?」」
「なんの保証も無いんだよ。下手したら、命だって……」
「そうならないように、アスールと一緒に行くんじゃないか!」
「そうそう! そうならないように、これから皆で一緒に学ぶんだろう?」
ルシオがそう言って、アスールの肩を組んだ。
「それぞれに得意なことをね!」
レイフも反対側の肩に腕を回す。
「……ありがとう。まさか皆が、そんなことを考えてくれていたなんて……」
アスールはそれ以上どう言って良いのか分からず俯いた。
「そういう時は、ほら! こっちの腕を僕の肩に乗せて、そっちはレイフの肩に!」
そう言ってルシオは、笑いながら自分の肩を叩いて見せる。
「こう?」
「そう! それで良い!」
三人は肩を組んで座ったまま、声をあげて笑った。
近くを歩いていた学生たちが、余りの馬鹿笑いに、何事かと振り返る程に。
ー * ー * ー * ー
「希望する選択科目の提出は次の雷の日までなので、くれぐれも提出し忘れることのないようにの。では、今日はここまで。また明日」
そう言うと、ガルシア先生は手をひらひらと振って教室から出て行った。
「なんだか、ちょっと不思議な人だよね」
「だね。なんともいえない独特の雰囲気がある」
午後はずっと、これから一年間かけて学ぶ授業に関しての詳しい説明があった。
基本的にはアスールたちが在籍しているAクラスは “分科コース” なので、そのコース用に設定されている科目の中から選択していくのだが、時間割りが必修科目と重なっていなければ他のコースの科目も選択することは可能だ。
ただし、時間割りを埋めれば埋める程、当然だが必要な予習と復習、更には提出課題は増えるので、好き好んでわざわざ他科の選択科目を取る者は少ない。
「シアン殿下は “技科コース” の魔導具関係の授業を二年間でいくつも選択していたって噂を聞いたけど?」
寮への帰り道。レイフがギルベルトの選択科目の話をしはじめた。
「兄上の選択科目? 誰からその話を聞いたの?」
「フェルナンド様からだよ。今朝、一緒の馬車で学院まで来たんだ」
「じゃあ、ローザも一緒だったの?」
「そうだよ。僕の義両親とローザちゃんとフェルナンド様の五人でね。もう一台の馬車には義母の側仕えと、ローザちゃんの側仕えの……」
「エマかな?」
「そう、エマさん! それに、これから僕の側仕えとして一緒に過ごすことになるディエゴの三人。彼のことは寮に戻ったら紹介するね」
レイフは、自分に側仕えが付くことにまだ慣れないようだ。
「学院で過ごす二年間で、貴族として生きていく基礎知識をディエゴから学ぶようにって義両親から言われてるんだ」
「成る程ね。ところで、そのディエゴさんだけど、お菓子を作る趣味とかあったりする?」
ルシオが目を輝かせながらレイフに尋ねた。
「そんなわけ無いから! ダリオさんみたいな人がやたらといる筈無いんだよ!」
レイフは呆れ顔で笑っている。
「そんなことより、シアン殿下の話だよ!」
「兄上は確かに “技科” だけで無く他科の科目をいくつも受けていたみたい。“魔導具” に関しては『半分趣味みたいなものだから息抜きも兼ねて』って笑いながら仰っていたけど……」
「息抜き代わりに他科の授業を選択するとか……考えられないよ!」
「だよね。シアン殿下は学院でも特別優秀だって言われた方だからね」
「参考にしない方が身のためだ!」
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