3 自己紹介でびっくり
「ねえ、僕たちの隣の席も空いているけど、レイフはどうする? 西寮の友だちもこのクラスに居るよね?」
「ああ。アスールとルシオが良いなら、隣に座りたいな」
「良いに決まってるよ!」
レイフはそのまま最後列の真ん中の三人掛けの席に荷物を置いた。
今までマティアスが座っていたアスールの右側の席に今年からはレイフが座ることになる。
ヴァネッサの横には、ヴァネッサ以外で唯一 “分科コース” を選んだ平民の女の子が座ることになったようだ。つまり、このクラスに女の子はヴァネッサとその子の二人しか居ない。
「えええ! 二人だけなの? このクラス男子率高すぎだよね……。悲しい」
ルシオが大袈裟過ぎるくらいに嘆いてみせた。
「そのようですね……」
ルシオの落胆振りにヴァネッサが笑っている。
「例年は、もう少し居るよね?」
ヴァネッサの話によると、アスールたちの学年の女子のコース選択は、例年に比べて、かなりの偏りが出たらしい。
今年の “分科コース” は特に少なく、二人だけ。
それに対して、いつもだったら女子の志望者が多くないと言われている “技科コース” に今年はなぜだか六人も志望者が居たそうだ。
“商科コース” “淑女コース” は例年通りらしい。
“騎士コース” は二人だけだと、廊下ですれ違った際にマティアスが言っていた。
ヴァネッサの隣に座ることになった子は、リーナ・サイトと名乗った。
他に選択肢が無かったために唯一教室内に居た女の子の隣に取り敢えず座ってみれば、そのヴァネッサは、平民の自分とは違い貴族のご令嬢だった。
ノーチ男爵家は家格的には下位貴族だが、リーナにとっては上位も下位も貴族は貴族。
その上、ヴァネッサが親し気に喋っていたのが、まさかのこの国の第三王子とその友人たちだったのだから、そのことに気付いた時のリーナの動揺振りは可哀想なくらい酷いものだったのも頷ける。
「ここは学院なんだから、身分なんて気にする必要は全然無いよ!」
ルシオにそう言われ、なんとか席を移動することだけは踏み止まってくれたが、リーナがアスールたちに慣れるにはまだしばらく時間がかかりそうだ。
そんなAクラスを受け持つことになったのは、フランシスコ・ガルシア先生。
かなり年配の男性教師で、長年王宮府に勤務していた元文官。第四学年の “分科コース” を長年に渡り繰り返し受け持っているらしい。
アスールのような王族を除き、基本的に “分科コース” を選んだ学生は、学院卒業後の進路として王宮府への就職を希望する者が殆どで、平民であっても、王立学院を卒業していれば王宮府に勤務することは可能だとガルシア先生は言った。
第四学年では、地理、歴史、経済、外交、外国語などを幅広く学ぶ。選択科目も非常に多く、自分に合った時間割りを決めるだけでも苦労しそうだ。
「それでは、先ずは自己紹介をしようかね」
ガルシア先生は前の席から順に自己紹介をするようにと促した。
一人一人順に自己紹介をしていく。クラスの三分の二が貴族で、残りが平民といった感じのようだ。
最後に最後列に座っているアスールたちに順番が回って来た。
先ずはルシオが立ち上がって自己紹介をする。
「ルシオ・バルマーです。バルマー侯爵家の、親の爵位は継げないが、将来は有望かもしれない次男! 好きなことは食べることと寝ることです」
クラスのあちこちから笑いが漏れた。
ルシオは既にこの学年ではある意味 “有名人” だ。
喋らせれば面白いし、高位貴族の子息の割に高慢さや気取りが無く、誰に対しても平等で人当たりも良い。そのため、貴族、平民を問わず友人も多い。
「趣味は料理。料理クラブに所属しています。得意な科目は地理。今年は経済、外交、外国語を中心に時間割りを組みたいと思っています。以上!」
次はアスールの番だ。笑いまで取ったルシオのすぐ後では分が悪い。
「アスール・クリスタリアです。クリスタリア国王カルロの第三王子です」
ルシオの時と違い、教室内はアスールの話を聞き漏らすまいと静まり返っている。
「好きなことは読書。特に歴史書や魔導書を読むのが好きです。魔導具研究部に所属はしていますが、残念ながら兄のギルベルト程の腕はありません。でも、今年の学院祭では何かしら出品したいなとは考えています。皆とは二年間同じクラスで共に学ぶことになるので、良い関係を築ければと思っています」
アスールは話し終え、ほっと人心地ついて席に座った。
最後はレイフの番だ。
「レイフ・スアレス。スアレス公爵家次男です」
レイフの自己紹介の内容にクラス中が響いた。
(レイフ・スアレス? スアレス公爵家次男? いったいレイフは何を言っているのだろう?)
アスールは驚いて、すぐ隣に立っているレイフを見上げた。
レイフは、そんなアスールに向かってニッコリと微笑んでから自己紹介を続ける。
「先日、スアレス公爵家に養子に入りました」
「公爵家の養子って……レイフだったの???」
ルシオが叫んだ。
「皆さんが驚かれるのも無理はありません。自分が一番驚いていますから」
レイフはにこやかに話し続ける。
「ここで詳しく述べるつもりはありませんが、僕には絶対に辿り着きたい目標があります。その為に自分に成せることは全てするつもりで今ここにいます。僕に対していろいろと思うところがある人も居るでしょうが、僕は僕のすべきことをこの学院で成し遂げます。二年間どうぞよろしく」
それだけ言うと、レイフは静かに席に座った。教室内は静まり返っている。
「では全員の自己紹介も終わったことだし、今年度のカリキュラムの詳しい説明でもしようかね。授業選択の参考になるからよく聞くように」
ー * ー * ー * ー
「まさかあの噂の人物がレイフだったとはね。正直驚いたよ」
昼食を食べ終え、アスールとルシオとレイフの三人は中庭の大きな木の下にあるベンチに座り、詳しい話をすることにした。
「本当だよ! 南側のあの部屋の新しい主はいつまで経っても姿を見せないし、いったい誰があの部屋に来るのかと、寮でもすっごく話題になっているよ!」
「そうなの? 荷物の移動は済ませてあったでしょ? 学院長に挨拶をするから今朝、義父母と一緒に学院まで来たんだよ」
「義父母ね……。養子の件、いつ決まったの?」
ルシオは不満そうな顔をしている。
「元々養子の話が出たのは、ギルベルト殿下の成人の祝いをする為に王宮でのお茶会に呼ばれた時だよ」
「もしかしてスアレス家が揃っていたあの日?」
「そう。でも、あの時公爵が養子に入る気があるか聞いたのは、僕では無くイアン兄さんにだよ」
あの日のお茶会の席で、確かにフェルナンドとスアレス公爵がイアンとレイフの二人を呼んで何か深刻そうに話していたのをアスールは思い出した。
「養子に入るつもりがあるなら、成人祝賀の宴の前の方が良いって言われてた。まあ、兄さんはすぐに断っていたけどね」
「祝賀の宴の前ってどういうこと?」
ルシオが尋ねた。
「貴族は皆祝賀の宴で陛下から記念の品を受け取って、誓いをたてるんだろう? 貴族として正式に認めて貰うには、宴にきちんと参加した方が良いってこと」
「ああ、そう言うことか!」
例え数日前にどこかの家に養子に入ったとしても、成人祝賀の宴の場で王に忠誠を誓い、王から “証” を受け取っていれば、成人した貴族として国から正式に認められたことになる。
だからあの日、イアンの意志を急いで確認する必要があったのだ。
「なのに、イアンさんはその誘いを断ったの?」
その場に居合わせていないルシオは余りよく状況が飲み込めていないようだ。
「兄さんはその場ですぐに断ったよ。あの時点では、もう既に兄さんは自分の将来やりたいことを決めていたからね」
「オルカ海賊団を継ぐってことだよね?」
アスールが聞いた。
「そうだよ」
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