2 波乱の入学式
「今年からはクラス発表をわざわざ確認する必要が無いから、もう早起きをしなくて良いよね!」
入学式の朝。いつもより少しだけ早起きをして、身支度を整え、食堂での朝食を済ませなくてはならない。
というのも、学生たちは学院本館の入り口前に張り出された表の中から新しいクラスを確認し、それぞれの教室に荷物を置き、その後に入学式が行われる講堂へと向かい、入学式の開始を所定の席に座って待たなくてはならないからだ。
時間帯によってはクラス掲示前はもの凄い人集りで、揉みくちゃにされ、自分の名前がどこにあるかを確認するだけでもかなり苦労する。
だがルシオの言うように、第四学年になるとクラスはコース別に分かれるため、わざわざ人混みの中を分け行ってクラスの確認をする必要はない。
ちなみに、余程のことがない限り第四学年のクラスはそのまま第五学年へと持ち上がる。
新学年。アスールとルシオはAクラス(文科コース)、マティアスはDクラス(騎士コースと淑女コースの合同クラス)だ。
コースの違うマティアスとは、残りの二年間は別々のクラスになる。
「じゃあ、また夕食の時に寮でね!」
コースが違えば(特に騎士コースは)授業の内容もそれぞれかなり違うので、昼食の時間を合わせるのも難しくなってしまうらしい。
「ああ、また。ルシオ、アスールを頼んだぞ!」
「任せといて!」
マティアスはルシオの軽い返事に一瞬眉をひそめたようにも見えたが、二人に向かって軽く手を上げ、そのまま廊下の先へと大股で歩いて行ってしまった。
マティアスのDクラスの教室は、廊下の一番突き当たり。Aクラスよりずっと奥だ。
「自分の面倒くらい自分で見られるよ」
アスールがマティアスの背中を見送りながら呟いた。
「まあまあ、そういうことじゃ無いと思うよ。マティアスの言いたいことは」
「分かるけどさ」
アスールとルシオはAクラスへと入った。
「あれ、レイフは……。まだ来ていないみたいだね」
まだ数人しか来ていないが、第四学年ともなると教室内には既に見知った顔が多い。
アスールとルシオは最早すっかり定位置となっている最後列中央の席に荷物を置いた。
「あっ、見てよ、アスール。ほら、ヴァネッサさんも “文科コース” にしたんだね」
第一学年の時に同じクラスだったヴァネッサ・ノーチが教室に入って来るのが見えた。
ヴァネッサの方でもアスールとルシオに気付いたようで、笑みを浮かべてアスールたちの席の方へと少し急足で近付いて来る。
「ここ、空いていますか?」
「空いているよ!」
ルシオがそう返事をすると、ヴァネッサは嬉しそうにアスールたちの前の列に腰を下ろした。
「誰か隣に来るの? ほら、一緒にリルアンで食事をしたあの子……」
「ライラさんですか?」
「そう! 彼女は? 一緒じゃないの?」
「ライラさんは “技科コース” を選んだのでクラスは別々です」
確かライラ・オデイラは “地属性” の持ち主だった筈。
下にも弟妹がいるので、少しでも早く家の役に立ちたい! とライラが以前『あったかパン』で言っていたことをを、アスールは思い出していた。
「そうなんだね。てっきり貴族の家の女の子たちって、殆どが “淑女コース” を選ぶのかと思っていたよ」
「カタリナさんも “技科コース” を選ばれたようですよ」
「へえ。てっきり彼女は “文科コース” を選んだんだと思っていたよ」
カタリナ・サカイエラは常に成績上位十名の中に入っているくらい優秀で、アスールもルシオもカタリナは卒業後は王宮府狙いなのかと思っていたのだ。
「カタリナさんは、学院卒業後は魔導石の研究をしたいそうですよ」
「それは知らなかったな」
「とは言っても、カタリナさんは侯爵家のご令嬢ですからね……」
「そっか。でも “淑女コース” ではなく “技科コース に進めたんだから、可能性は無くは無いよね」
「だと良いですけど」
ヴァネッサとルシオは、その後もしばらく誰がどのコースを選んだのかという話で盛り上がっている。ヴァネッサからは入学当初のオドオドした気弱な雰囲気はすっかり消えていた。
「ねえ、二人とも。そろそろ講堂へ向かった方が良いかもしれないよ」
ー * ー * ー * ー
アスールたちが席に座ってしばらく経ってからも、なかなかレイフは講堂に現れない。アスールは気になって入り口に何度も目をやった。
入学式が始まる直前になって、レイフは扉が閉められるギリギリに、手に荷物を持ったまま講堂へと飛び込んできた。
既に殆どの席が埋まっているので、レイフは扉近くの空いている席を探して腰を下ろしたのが見えた。
すぐに副学院長による来賓の紹介が始まる。
今日はカルロは出席できないため、最初に名前が呼ばれ講堂へと入って来たのは先王フェルナンドだ。フェルナンドはいつものように手を上げて、笑顔で歓声に応えている。
続いて入って来たのはスアレス公爵家のニコラスとベラ夫妻だった。
「来賓がスアレス公爵家のご夫妻なんて珍しいね。まあ、今年の入学者に王子も王女も居ないしね」
ルシオがアスールに耳打ちをする。
「去年も居なかったけどね」
アスールが指摘する。
「それはそうだけど。……それだと露骨過ぎるでしょ。国王とはいえ、息子や娘が入学する時にしか顔を出さないと、やっぱり体裁が悪いからね」
そんな話をしているうちに入学式が始まった。
ー * ー * ー * ー
「随分とギリギリだったんだね。寝坊でもしたの?」
「あはは。ルシオじゃないんだから! 僕が遅れた理由は寝坊じゃないよ」
入学式終了後、荷物を持ったレイフと並んで教室へ戻る。
「実は今朝学院に戻って来たんだ。いろいろあって、さっきまで学院長室に居たんだよね」
「そうなの? 何か悪いことでもして呼び出されたとか?」
「まさか!」
何かレイフの家で問題でも起きたのだろうか?
学院長室に呼び出されて話をするだなんて、おそらく余程のことだろう。でも、その割にレイフは普段通りの態度だ。
ルシオもその辺りを気にする風でも無くレイフと話し続けている。
「それにしても、さっきは凄い騒ぎだったね」
「ああ、あれ。確かに凄かったね。まさか失神者まで出るとは思わなかったから驚いたよ!」
「本当だよね!」
二人が話題にしている “さっきの” というのは入学式終了後のことだ。
入学式が終了した後、学院長から在校生に向けて今年度の留学生の紹介があった。今年度は第五学年に三名の留学生が滞在するそうだ。
その後、学院長はヴィオレータが一年の予定でダダイラ国に留学に行ったと告げた。
一瞬の間が開いた後、前の方の座席から悲鳴のような声が上がり、周りが騒ぎ始めたのだ。先生たちが一斉に駆け寄る。
アスールの座っていた席からも、一人の女の子が先生たちによって運び出される姿が見えた。どうやらヴィオレータが留学した話を聞いて、ショックを受け、気を失ったようだ。
「あの辺りの席だと、二学年生かな?」
「そうだろうね」
「だったら、一年待てばヴィオレータ様にまた会えるよね? 五学年生だったら分かる気もするけど、そんなにショックを受けるようなことなのかな? いずれは帰って来るんだし」
「ファンクラブのメンバーだったんじゃないの?」
「それにしたって……」
周りからも先程の失神騒ぎの話をしているらしい声が聞こえて来る。
「ねえ、そういえば学院長が紹介していた留学生って、どこの国の人だった?」
「えっ?……あれ? どこだっけ?」
「その後の騒ぎの方がインパクト強すぎて、完全に忘れちゃったよ」
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