64 祖父と孫と二羽のホルク
「アスール。ピイリアとチビ助は……その……どうだ?」
新学年のスタートを前に、アスールはローザよりも一足先に明日の昼には王立学院へと戻る予定になっている。今年もピイリアの産卵の可能性をまだ諦め切れないためだ。
王宮のホルク厩舎内に用意されたピイリアとチビ助用のゲージで作業をしていたアスールにフェルナンドが声をかけてきた。
「仲良くはしているのですが……」
「難しそうか?」
「そうですね。一般的に、連続しての産卵は元々難しいと言う話ですし、ましてピイリアはまだ若いですから」
「そうじゃな。過度な期待はせん方が良いだろうな」
「……そうですね」
「ローザが学院に戻る前に、儂からも話をしておくよ。なに、心配は要らん」
「お願いします」
ヴィオレータはピイリアとチビ助の初めて卵から孵ったホルクが入った鳥籠を手に、留学先となるダダイラ国へと笑顔で旅立って行った。
ダダイラ国でホルクが飼育されているという話など聞いたことが無いと言って、フェルナンドはヴィオレータがホルクを連れて行くことに反対した。
だが、ヴィオレータがそんな反対意見に従うはずは無い。
ヴィオレータは先手を取り、ダダイラ王立学舎の寮の自室で “観賞用の鳥” として飼育する許可を既に申請していたのだ。
「あんな小さな鳥籠で一年間過ごさせるのも不憫じゃな……」
フェルナンドは最後までヴィオレータがホルクを留学先に連れて行くことに反対し続けた。
「姉上のことです。きっとなんとかするでしょう」
「まあ、そうかもしれんな」
ヴィオレータがヴィスタルを出発してから半月近くが過ぎている。もう向こうに到着して少なくとも数日は経つ筈だ。そろそろヴィオレータも新しい生活にも慣れてきた頃だろう。
アスールはピイリアとチビ助をゲージから外へと連れ出した。二羽は楽しそうに、よく晴れた大空を飛び回っている。
しばらくの間、アスールとフェルナンドは並んで空を見上げていた。
「そう言えば、姉上は次の夏の成人祝賀の宴に出席する為に、一旦ダダイラ国から戻って来られるのですか?」
ヴィオレータは次の六の月には十五歳になる。本来であれば、今度の成人祝賀の宴の “対象者” に該当するのだ。
「いや。戻らんよ。ヴィオレータは留学中ということで夏の祝賀の宴は見送って、特例として冬の宴に参加することになっておる」
「そうなのですか?」
「ああ。ハリスが言うには、過去にも似たような例が数件あったそうじゃからな」
どうやら王宮府長官のハリス・ドーチ侯爵が、ヴィオレータの為に “過去の事例” をいろいろと調べ上げるようにと、部下たちに指示を出したらしい。
「まあ、ヴィオレータ本人は、宴など出ても出なくてもどうでも良いようなことを言っておったが……。流石に曲なりにも、あれもこの国の王女じゃからなぁ。成人祝賀の宴に出席せんわけには……いかんじゃろ?」
「そうですね」
どうでも良いとは、なんともヴィオレータらしい話だ。
でもまあ、折角遠い異国まで留学に行っているのだ、途中で呼び戻されずに済むのなら、その方が良いに決まっている。
「ところで、二羽ともアスールが学院まで連れて帰るのか?」
「いいえ、チビ助でしたら明日、ルシオが引き取りに来ます。引き取るとは言っても、そのままその足で一緒に学院へ向かうのですが」
「そうか、そうか」
そう言うと、フェルナンドは突然空に向かって口笛を吹いた。口笛と言うには、それは聞いたこともないような鋭く短い音だ。
その瞬間。ピイリアとチビ助が急降下しはじめ、フェルナンドが掲げた両腕に二羽が相次いで降り立った。アスールは驚きの余り息を呑んだ。
フェルナンドは鳥笛も使わずに二羽を同時に降下させたのだ。
「お祖父様!」
「どうじゃ? 驚いたか?」
「……はい」
「儂がホルクに出逢った頃には、まだそんな笛は無かったからのぉ」
フェルナンドはアスールの首から下がっているセクリタ製の鳥笛を指差して笑っている。
「それに、その笛にはチビ助は従わんじゃろ?」
確かにフェルナンドの言う通りだった。アスールの持っているセクリタの鳥笛は、共に訓練をしてきたピイリアにしか有効ではないのだ。
チビ助はピイリアがアスールの所に降りれば、それを見て一緒に降りては来るが、それは言ってしまえば、チビ助がアスールに従っているのでは無い。
それなのに、フェルナンドは鳥笛を使いもせず、見事に二羽のホルクを同時に操って見せたのだ。
フェルナンドが右腕を少し動かすと、ピイリアがふわりと飛び上がって、すぐ近くに立っていたアスールの肩へと移動してきた。
呆気に取られているアスールの頬にピイリアが顔を擦り付ける。
「何だよ。くすぐったいだろ」
フェルナンドは空いた右手でポケットの中から木の実をいくつか取り出すと、半分をアスールに渡し、残りをチビ助の前に差し出した。チビ助が嬉しそうにフェルナンドの手の上の木の実をついばんでいる。
アスールも受け取った木の実を慌ててピイリアに食べさせた。
「さて、儂らも何か食べに行くか? どうせなら、美味い焼き菓子が良いな!」
「それでしたら、ドミニク兄上が昨日ローザにマカローナを買って来て下さいましたよ! 沢山あったのでまだまだ残っていると思います」
「なんじゃ、ドミニクは相変わらずローザをマカローナで釣っているのか?」
「釣っている?」
「ああ、そうじゃ。以前マカローナを渡してローザに喜ばれたのが、ドミニクとしては余程嬉しかったらしいからな。まさか今でも変わらずマカローナだとは……。ははは。まあ、ドミニクらしいと言えばドミニクらしいな」
「ですが、ローザは大喜びしていましたよ」
「そうか。ならば、どっちもどっちじゃな」
ピイリアとチビ助をホルク厩舎のゲージに戻し、アスールとフェルナンドはお茶を飲むため東棟へと向かう。
「そう言えば、アスールも “文科コース” を選んだのじゃったな?」
「はい」
フェルナンドは第四学年生からのコース選択の話をしているのだ。
「ルシオとレイフも “文科コース” だろう?」
「はい。マティアスだけは “騎士コース” です」
「だろうな。あれはまだまだ強くなるぞ」
「お祖父様は、随分とマティアスに目を掛けていらっしゃいますよね?」
「マティアスだけでは無いぞ。レイフにもルシオにも期待しておる。もちろん、アスール、お前もだ!」
「はい。分かっています」
「最低でも、自分の身くらいは自分で守れ! そうでなければ、大切な者を守ることはできんからな……」
フェルナンドは空を見上げながらそう呟いた。
今はクリスタリア国も平和で安定した国となって忘れがちだが、フェルナンドが王だった時代には、隣国と激しく争っていた時期もある。
フェルナンドは自らの剣で、この国と、そこに暮らす大切な者たちを守って来たのだ。
そのフェルナンドの言葉の裏に、どれだけの想いが込められているのか……。アスールには想像もつかないような過去があるのだろう。
アスールは黙って祖父の横顔を見つめた。
「新学年。楽しみじゃな。……きっと、いろいろと面白くなるぞ」
「えっ?」
「いや、何でも無い。細かいことは気にするな」
「……はあ」
フェルナンドは豪快に笑いながら、不思議そうな顔で自分を見上げてくる孫の背中を楽しそうにバシバシと叩いた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次回より第5部として『王立学院四年目編』をスタートする予定です。
これからも引き続き楽しんで頂けると幸いです。
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