20 魔力測定(2)
「お待たせ致しました。次はローザ様の番です。やり方は今ご覧になっていたのと同じです。では、こちらの魔力測定器からお願いします」
いつの間にか青色だったはずの測定器は元の白に戻っている。博士はさっきと同じように杖で軽く触れる。今度もまたカチっと音がして測定器は透明に変わった。
ローザは博士から測定器を受け取ると、それを握りしめて目を瞑っている。ゆっくりと測定器の色が変わる。今度は鮮やかな濃いピンク色だ。
「おやおやおや。これはなんと見事な。はい、もう手を離して頂いても大丈夫ですよ」
今回も博士は測定器を受け取ると、それを父上に手渡す。
「凄いな。九を超えているか?」
「そうですね。九半までは届きませんが、この年齢では信じられないほどの魔力量です」
「アス兄様よりも多いのですか?」
ローザは嬉しそうな声を上げ、得意気にアスールを見る。
「ローザ、確かにお前の魔力量はアスールよりも多い。だが、多ければ良いと言うものではないのだよ。きちんとコントロール出来なければ振り回されるだけだ」
「……そうですか」
父親に諭されてローザはしょんぼりと肩を落とした。
「では続いて属性をお調べしましょう。さあ姫様、お手を」
博士に促されてローザが魔法陣に手を置いた。
皆が魔法陣を覗き込む。
「はい、結構です。ほう。これは珍しい……」
博士は皆が見やすいように魔法陣の位置を動かした。
「先程のは赤色ではなくて濃いピンクだったのですね。てっきり火の属性の赤かと勘違いしておりました。そうですか、姫様は “光” の属性持ちだったのですね。素晴らしい!光の属性自体とても珍しいのですが、私が過去に何度か出会った光属性の方の色はもっとずっと淡いピンクだったので、こんなに鮮やかな濃いピンク色があるとは驚きです。それから、他は……おや、これまた珍しい。弱いですが、“地” の属性も有りますね。姫様は光と地の二属性です」
博士は報告を終えると、杖で魔法陣を撫でたあと、慣れた手つきでそれをクルクルと丸める。それからモノクルを外しケースに仕舞い、テーブル上に置かれたままだった魔力測定器と共に鞄の中へと片付け始めた。カルロはしばらく博士の帰り支度を黙って見つめていたが、小さく息を吐いた後で博士に向かってはっきりとこう告げた。
「この件に関しては秘匿して頂きたい」
博士は手を止めカルロを正面から真剣な面差しで見つめて応える。
「もちろん心得ております。他言は致しません。ご安心を」
それだけ言うとまた何事も無かったかのように手を動かし始める。そして全てを仕舞い終えると博士はアスールの方に向き直った。
「アスール殿下には入学後すぐに学院でお会いすることになると思います。殿下の御入学を楽しみにお待ち致しております。では、私はこれにて失礼」
博士が部屋を出て行くと、父上が大きくふーっと息を吐き、後ろに控えていた二人に座るようにと促した。
バルマー伯爵がお茶の入れ替えをメイドに指示をしてから、それまで博士が座っていたソファーに腰を下ろした。ディールス侯爵も空いている席に着く。
「予想はしてはいたが、参ったな……」
「そうですね」
「光と地ですか……」
光と地。三人はどうやらローザの話をしているようだ。
「父上、光と地では何か問題が有るのですか?」
「えっ?」
アスールが尋ねると、ローザは驚いたように顔を上げた。
カルロは安心させるようにローザに微笑みかけ、それから息子たちに魔力と属性について詳しく説明してくれた。
「すでに気付いているかもしれないが、お前たちが今呼ばれている『幼名』は属性に由来している。魔力測定をした時、アスールは青く、ローザはピンクに変化しただろう? あれは主属性の色だ。水は青、光はピンク。この国の言葉で青を意味するアスール。薔薇、もしくはピンクを意味するローザ。さっき博士が言っていたが火は赤だ。それから雷が金色、氷が水色、風が緑、地が茶色、闇が黒」
「と言うことは……アリシア姉上はリマ姫と呼ばれていたから、リマはライム色だから主属性は “風”。シアン兄上はシアンが水色だから主属性は “氷” ですか?」
「そうだ」
「だったらドミ兄様とヴィオレータ姉様は属性は何ですの?」
「あの2人の場合、母親のエルダがこの国の生まれではないので、王家の子の幼名が魔力属性に基づいて付けられていることを知らないのだ。ただ単に色に関係する名前を付ければ良いと思ったのだろう。実際この名付けの仕組みを知るのは王族と極少数の限られた者だけなのだよ。話が逸れたが、ドミニクの属性は “雷” だ。私も私の父である先王も属性は “雷”、共に『ドラド王子』と呼ばれていた。前ドラド王子の私、その前のドラド王子だった先王。もしドミニクがドラドの幼名を引き継ぐ形になれば、世間は新しいドラド王子を『王位を約束された王子』だと勝手に解釈するだろう。この国では王位を受け継ぐのは生まれ順でも幼名でもなくその能力だ。要らぬ誤解を招くような名付けは回避するに限る」
アスールは自分たちの名前にそんな意味があったなんて全然知らなかった。
「幼名と属性と色の関係性は理解したようだな。次は『魔属性とその利用』に関してだ。これはある人物の学院卒業研究の論文の題名だったな、フレド?」
カルロは「ここからはお前が話せ」と言うような顔をしてバルマー伯爵を見る。バルマー伯爵は苦笑いして、話を引き継いだ。
「では、僭越ながらここからは私が。人は例外なく魔力を持って生まれてくることはご存知だと思います。先程魔力量を測定していましたが、魔力量によって人は出来ることが異なります。世の九割の人間の魔力量は三未満です。保有魔力が一に満たなかったとしても、空の魔石に魔力を満たすことや、すでにある魔鉱石を利用すること、例えば火魔石を使ってランプやコンロに火をつけるなどは可能です。ですがある程度の力を持つ魔鉱石を作るとなると、魔力が三以上は必要になるでしょう。船を動かす程の大きな風の魔石を作るとすれば五〜六程度の魔力は欲しいです。殿下は学院入学に際して最低でも必要とされる魔力量を御存知ですか?」
「五です」
「正解です」
「では四学年で騎士コースに進みたい場合の必要魔力量は?」
「……分かりません」
「三学年終了時の再測定で最低でも七です。つまり騎士になる為にはかなりの魔力が必要だということです。では、属性はどうでしょうか。武器や武具は製作時に火、水、氷、雷、風の五属性のうちのどれか、または複数を与えることでより強くなります。更にその属性にあった魔力を流し込みながら使用することでより力を発揮します。強い武器に適した属性、魔力を可能な限り多く流すことで強さは飛躍的に上がります。逆に言えば、この五属性を持たずに騎士になることは不可能です」
「でもローザは騎士になりたいわけでは無いのに、何が問題なのですか?」
隣のローザがうんうんと頷いて同意する。
「もちろん姫様は強い騎士になる必要はありません。ですが、この五属性は危険回避や自己防衛にも重要なのです。せめて守りの魔道具を稼働させるために何か一つでも属性があれば良かったのですが……」
「地と光では駄目なのですか?」
「地は大地を癒す力、光は人や動物を癒す力です」
「光が人を癒すことが出来るなら、それを自分に使えば良いのではないですか?」
「癒しはあくまでも癒し。癒しを使わずに済ますことが重要です」
「確かにそうですね」
「考えられる手立てとしては、光属性だけで利用できる守りの魔道具を早急に開発することでしょうか。それまでは出来うる限りの危険を避け、常に護衛騎士を帯同させるべきでしょう。それから、姫様はもちろんのこと殿下におかれましても、姫様の光属性の件に関しては絶対に他言されませんよう。絶対にです」
アスールとローザは頷いた。
「あの……。もし魔道具が間に合わなかったら、私は学院には行ってはならないと言うことかしら?」
「……」
皆が黙り込んだ。
「お前が気になるのはそっちか……。ははは。まだ一年以上猶予はある。大丈夫、そんなに悲しい顔をするな」
カルロは優しい表現でローザの頭をそっと撫でた。
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