62 市民の噂話と貴族の噂話
「へえ、そう言うことだったんだね。それでドミニク殿下が第一騎士団の正装でバルコニーに出て来ていたのか。成る程ね」
婚約式から数日が過ぎていた。
昨日からルシオ・バルマーがアスールのところに泊まりに来ている。二の月に入ったので、この冬もピイリアとチビ助を繁殖のため、王宮のホルク厩舎で一緒に生活させるからだ。
ルシオは、噂の “王の振る舞い” を是非とも味見したいと、婚約式当日、ヴィスタル市民に紛れて王宮の前庭に居たのだそうだ。
貴族たちにも王宮内に祝いのための食事や飲み物は用意されていたのだが、どうやらルシオはそれでは不満だったらしい。
ルシオの行動力にはいつも驚かされる。だが、この探究心と行動力こそが、間違いなくルシオをルシオたらしめる所以なのだ。
「バルコニーに出てきた騎士団服のドミニク殿下と、黒色のドレス姿のザーリア様には、正直驚かされたけど……あれはあれでアリだよね」
ルシオは、ダリオが運んで来てくれた焼き菓子を食べながら話し続けている。
「周りに居た人たちの反応も、概ねそんな感じだったと思うよ。好意的に受け取られていたと僕は思うけどね」
「なら、良かったよ」
「アスールも学院を卒業したら、騎士団に所属することになるんでしょ?」
「そうだね。それがクリスタリア王家の伝統だから」
「第一王子が第一騎士団、第二王子が第二騎士団ってことは、アスールは第三騎士団だったりするのかな?」
「さあ、それは僕にはちょっと分からないよ」
「もしそうなら、第三騎士団の正装は……濃紺かあ。あんまり変わり映えしないね。面白味に欠けるな」
「なんだよ、それ!」
「だってそうだろ? ドミニク殿下は紫から黒。ギルベルト殿下は水色から深緑。なのにアスールは青が濃くなるだけだよ……」
ルシオの言いたいことも分かる。確かに、青から紺では意外性が無い。
「ギルベルト殿下がバルコニーに出てきた時のあの衝撃は、その場に居た者にしか分からないと思うよ。本当に凄かったんだから! 特に女性たちの反応が!!」
「そうなの?」
「それはもう!」
市民たちはドミニクが婚約式の “顔見せ” に、騎士団の正装で現れたことにも驚いたようだが、それ以上にギルベルトの団服姿に皆が騒然としたらしいのだ。
それまでずっと “持ち色” の水色の衣装を爽やかに着こなしていた第二王子が、突然、深緑色の騎士団の正装でバルコニーに出て来れば、驚きは一入だろう。
「まあ、確かに、ギルベルト兄上の団服姿はカッコ良かったよね」
「それもそうだけど、やっぱり、三人の中でギルベルト殿下が一番 “王子様!” って感じがあるよね」
アスールにはルシオが言うところの “王子様感” に関しては良く分からないが、ルシオが前庭でのひと時をかなり楽しんだだろうことは理解した。
「ねえ、それで結局、楽しみにしていた “王の振る舞い” はどうだったの?」
「ああ、それね! とても美味しかったよ! 量もかなり沢山あったし、皆も美味しそうに食べていたし、凄く良い雰囲気だった」
「そう。なら良かった」
ルシオはその後ひとしきり前庭で見聞きした最新の “ヴィスタル市民情報” をアスールに話して聞かせた。
最近人気の屋台の話、話題の舞台演目、新しく開店したばかりの焼き菓子店のオススメの品、あそこの果物屋が鮮度が良いとか、海岸沿いの道に大きな切り株が落ちていたらしいとか、街の中心にある商会がホルク便の取り扱いを始めた話、などなど。
ルシオが余りにも面白おかしく語るので、どこまでが事実なのかちょっと疑わしいくらいだ。
「ホルク便と言えば、もし今回ピイリアが卵を産んだら、雛の優先権第一位はやっぱりローザちゃんだよね?」
「そうだね。前回はローザはヴィオレータ姉上に譲ったからね。一つでも良いから、今年もピイリアが卵を産んでくれると良いんだけど……」
「……だよね」
今年、チビ助と番となったピイリアが初めて卵を産み、なんとか無事に雛が孵った。
過大過ぎたアスールたち皆の期待に対して、ピイリアが産んだ卵は巣の中に一つしか無く、孵った雛(雄)は現在ヴィオレータが引き取って大切に育てている。
学院のホルク飼育室の先生たちからは「毎年のように連続して産卵する例は少ない」との話を聞いているので、正直アスールもルシオもそれほど今回は期待していない。
ただ、ローザが雛を熱望しているのは紛れも無い事実なので、今年の冬期休暇中も一縷の望みを託して王宮のホルク厩舎でチビ助を預かることにしたのだ。
「それはそうと、最近よく耳にするあの話、アスールは知ってる?」
「何? 何の話?」
「公爵家に纏わる、とっておきの話だよ!」
ルシオはワケ知り顔でそう言った。
「公爵家? 僕には全く何の話か分からないよ」
「そうなの? 本当に? 僕もどこの公爵家のことかまでは特定できていないんだけど、近々どこかの家で養子を迎えるって話があるんだって」
「養子を?」
「そうなんだよ」
「養子を迎えるってことは、家を受け継ぐべき跡取りが一人も居ないってことだよね?」
「跡取り問題解決の為の養子縁組だとしたら、そうだね。それか、居たとしても、その現在の跡取り候補に何らかの問題がある……とか?」
確かに、そういうこともあり得るかもしれない。
現在、クリスタリア国には五つの公爵家が存在している。
フェルナンドの甥が当主のスアレス公爵家。カルロの二人の姉たちがそれぞれ嫁いでいるイェーレンダー公爵家とニールハン公爵家。
この三つの公爵家とはアスールもそれなりの交流があるが、残る二つの公爵家に関しては王都から離れた地に領地があることもあって殆ど行き来が無い。つまり、その家の状況などアスールが知る由もない。
「アスールは養子が男児である前提で話をしているみたいだけど、そうとは限らないかもしれないよ!」
「えっ、どう言うこと?」
「その養子が女児だってことも、僕はあり得ると思うんだよね」
「跡取りとして女児を迎えるってこと?」
「違うよ!」
「違うの?」
「そもそも、その養子を迎える目的っていうのが “跡取り” とは限らないでしょ?」
「えっ?」
ルシオはそう言うが、公爵家を存続させる為以外に養子が必要な事例をアスールは全く思い付かない。
「例えば、その家に一人も女児が居ないとするよね? でも、その家の当主には、どうしても縁付きたい家があるとする。その場合、どうすれば良いと思う?」
「“嫁入り” させるためだけに、わざわざ女児を養子として迎えるってこと? 公爵家が?」
ルシオが大きく頷いた。
「王家との婚姻を望んでも叶うとしたら、それは公爵家か、侯爵家の娘だよね?」
「まさか、その婚姻の相手って……ギルベルト兄上ってこと?」
アスールは思わず自分の口から飛び出した大きな声に、自分自身が驚いた。
「ドミニク殿下が決まれば、次はギルベルト殿下でしょ?」
「それにしたって……」
「ドミニク殿下の婚約者がガルージオン国の姫君だったからね。今度こそ自分の娘を! って考えている貴族は多いと思うよ」
「そうなの?」
「だから、僕は公爵家の養子が妙齢の女性ってパターンもあると思ってるんだ」
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