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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第四部 王立学院三年目編
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61 ドミニクの婚約式(2)

 クリスタリア国第一王子であるドミニクと、ガルージオン国の第十二王女ザーリアとの婚約式は王城の聖堂にて滞り無く執り行われた。

 祭壇の前に揃って並んだ二人は誓いの言葉を述べ、誓約書に順番にサインをした。



「へえ、彼がガルージオン国の第二王子のバルワン殿下か……」

「何ですの? ギルベルトお兄様?」

「いや、何でもないよ」



 壇上では、両国の王によって「今回の婚姻を機に両国の更なる友好を強くする」といった内容に、互いのサインを記した文書が取り交わされているところだ。


 ギルベルトの視線の先に居たのは、そのガルージオン国王の名代として今日の婚約式に出席しているバルワン・ガルージオン第二王子だ。


 以前ザーリアから聞いた話によれば、バルワン第二王子はガルージオン国王の第一夫人の息子で、現在最も時期国王の座に近い存在と言うことになる。

 バルワン第二王子の強力な後ろ盾と言われている、第一夫人の父親のジャング公爵もバルワン王子と共にヴィスタルを訪問中で、今回の婚約式に列席しているはずだ。



「ドミニクお兄様が所属されている第一騎士団の正装は、ギルベルトお兄様のとは違って、黒色なのですね?」


 壇上に立つドミニクとザーリアを見て、ローザが隣に座るパトリシアに話しかけている。


「そうよ。騎士団毎にそれぞれお色が異なるのよ。団服を見れば、その人がどの騎士団に所属しているかがすぐに分かるようにね」

「……そうなのですね」


 ローザはしばらく考え込んでから話を続けた。


「だからザーリアお義姉様は、黒色のドレスをお選びになられたのかしら? 兄上の第一騎士団の正装に合わせて? もっと可愛らしいお色のドレスでも、お義姉様だったらきっとお似合いにななったのでしょうけど……」

「ああ。……そう?……どうかしらね」


 パトリシアはローザに対し、曖昧な返事を返した。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



 ドミニクが今回の婚約式に第一騎士団の正装を着用することを決めたのは、ほんの数日前の事だ。

 ザーリアの母親である第七夫人が娘の婚約式の為に用意し、ザーリアがガルージオン国から持参していた衣装は、ローザがザーリアにはきっと似合うだろうと言ったような、優しい色合いのドレスだった。

 ドミニクはそのドレスに合わせて、自分の “持ち色” の紫色で正装を用意したのだ。

 それも、それまで好んで着用していた濃い紫色では無く、少し淡い色合いの物を選んだ。このことは、ドミニクを良く知る周囲の者たちを非常に驚かせたと聞く。


 だが、婚約式直前になってヴィスタルへとやって来た(くだん)の第二王子が、ガルージオン国王とその正妃からの祝いの品だと言ってカルロに渡したのは、今ザーリアが着ている黒のドレスだったのだ。



「これは?」

「それは我が国の伝統的な装束を元にして作られた、我が妹のために特別に仕立てさせました婚約式用の衣装です」


 そう言ってバルワン第二王子は、敢えて衆目の下でその衣装を差し出したのだ。


「私の母であるガルージオン王妃からの、失礼、陛下と王妃からの祝いの品でございます」


 バルワンが箱の中から恭しく取り出したその衣装の色を見て、その場に居合わせていた多くのクリスタリア貴族たちは絶句した。その衣装が黒色だったからだ。


 確かにカルロによって箱から取り出された衣装は、素晴らしく品質の良い布地を使用し、美しい金糸の刺繍が全体に施された見事な一品ではあるのだろう。それが黒色だと言うことを除けばだ。


「ザーリアからは、彼女の母親が持たせてくれた衣装を着用する予定であると聞いておりますが?」


 明らかに気分を害したらしいエルダが、ガルージオン語で捲し立てている。

 エルダはガルージオン国の先王の孫にあたる。現王にとっては姪であり、第二王子のバルワンにとっては最早何人居るかも分からないくらい大勢居る従兄妹のうちの一人だ。

 つまりザーリアもエルダにとっては従姉妹ということになるのだが……これに関してはエルダが一切触れようとしないので、クリスタリア王家の皆も敢えてそこには触れないでいる。


「ザーリアの母親ですか? 確か……第八夫人? いや、第七だったかな?」


 そう言ってバルワンはザーリアに視線を投げかけた。


「第七夫人でございます。兄上」

「そうか、そうだったな」


 バルワンは分かっていてそう言っているのだ。そもそも第八夫人など存在していない。


「困ったな。一人しか居ないのに衣装は二着か……」

「兄上がお持ちになって下さったそのお衣装の方を婚約式では着用したく存じます」

「そうか? ザーリアがそう願うなら、そうすれば良い。ガルージオン国王とその正妃からの祝いの品なのだから、当然と言えば当然の選択ではあるがな」

「……はい。ありがとうございます」


 ザーリアは、まるで魂の入っていない人形のような美しい笑顔で、静かに兄に礼を述べた。



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「本日、我が息子であるドミニク・クリスタリアと、ガルージオン国王女ザーリア・ガルージオンとの婚約が正式に取り交わされた」


 前庭に詰めかけていたヴィスタル市民たちからワッと歓声が上がる。


「今日の良き日を、ここに集まってくれた皆と共に祝いたい。振る舞い酒と、料理を用意している。楽しんでいってくれ」


 アリシアの婚約式の時と同様に、王からの振る舞いに群衆が沸き立つ。しばらくの間、止まぬ歓声に満面の笑みを浮かべたカルロは手を振って応えていた。



 婚約式直後。三回予定されているうちの最初の “顔見せ” には、王家の家族の他、フェルナンドの弟筋であるスアレス公爵家一家、カルロの二人の姉夫妻も揃い、クリスタリア王家関係者が一堂に会した。


 中央でドミニクとザーリアが寄り添って並び、次々と贈られる祝いの声に手を振り応えている。

 ドミニクがザーリアに新たに持ち込まれた衣装に合わせるようにして、婚約式に着用する筈だった衣装を第一騎士団の正装に変更したことで、こうして並ぶ二人に違和感は全く無い。


 おそらくガルージオン国の第一夫人は多少の悪意を持って、今ザーリアが着ている衣装を息子である第二王子に持たせたのだろう。

 婚約式に黒色のドレスなど、本来は考えられないことだ。


 だが、クリスタリア側にも予期せぬ動きを取る者は居る。

 第二王女のヴィオレータだ。ヴィオレータは今回の “顔見せ” 用に、かなり濃い紫色の、少し騎士団の正装にも似せたドレスを用意していたのだ。

 対照的に、第三王女のローザはいつも通り華やかなピンク色の可愛らしいドレスを着ている。

 中央のザーリアと、バルコニーの左右に分かれて並ぶ二人の王女たちは、三人三様の装いで、それぞれに民衆の目を惹きつけているようだ。


 結果としてザーリアがクリスタリア王家の中で浮くことは無く、ガルージオン国王の第一夫人と第二王子の企みは功を奏さなかったとも言える。



「婚約式おめでとうございます! ドミニクお兄様、ザーリアお義姉様」

「ありがとう、ローザ」

「ローザ様。これからも仲良くして下さいね」

「こちらこそ!」


 今回もローザはバルコニーのあちこちを楽しそうに歩き回っている。


「お二人のお衣装、とっても素敵ですね! お義姉様が、お兄様の騎士団の正装に合わせられたのでしょう? 黒色のドレスに金糸の刺繍がカッコイイです!」


 おそらくそれはローザの本音だ。

 ザーリアの表情に、その瞬間、数日振りに人間らしさが戻って来た。

お読みいただき、ありがとうございます。

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