59 冬期休暇とあれとこれと
学院の冬期休暇が始まり、アスールたちは王宮へと戻った。
この日、馬車寄せまで三人を迎えに出ていたのはいつもの顔ぶれでは無く、王宮府の事務官だった。
ヴィオレータとアスールとローザの三人は、それぞれの側仕えたちと共に、馬車寄せからそのままカルロの執務室近くにある、事務官たちが普段から利用しているらしいかなり大きな部屋へと移動する。
三人がこういった部屋へ足を踏み入れるのはこれが初めてのことで、アスールは通された部屋の奥のソファーに座ると、忙しそうに働く職員たちの様子を興味深く眺めた。
「こんなに大勢の人たちがお城の中でお仕事をしていたのですね」
ローザがアスールにそっと声をかけてくる。ローザも、書類を抱え忙しなく行き交う事務官たちを驚いた顔で見つめている。
アスールたち三人は、王宮府の事務官からこの冬の社交シーズン中に王家が主催する行事に関しての説明を受けることになった。
未成人の三人には参加する必要が無いものも含めて、相当な数の行事が次々と事務官によって読み上げられていく。時々ダリオがメモを取っていたので、多分アスールはそれらの行事に参加することになるのだろう。
話を聞く限りいろいろと行事は目白押しようだが、とりあえずアスールたちが出席すべきもので最も重要なのは、ドミニクとザーリアの婚約式のようだ。
「凡そアリシア様とハクブルム国のクラウス皇太子殿下との婚約式と同じような形式で執り行われるとお考え下さい」
事務官は言った。
「と言うことは、また “顔見せ” があるのですか?」
「はい。今回も前回同様、間隔を開けて三度の予定です」
事務官の返答を聞いたローザが「ふふふ」と楽しそうに笑っている。
婚約式当日は城門を開放する。今回も、王宮の前庭にはヴィスタル市民がドミニクとザーリアの祝いの為に大勢押し寄せることだろう。
「アリシアお姉さまの婚約式の時は、私一人だけ除け者感がありましたが、今回はいろいろと参加できそうで楽しみです!」
既に正式にデビューを終えたローザは、確かに年齢的にも今回は晩餐会には参加できる。
「晩餐会は兎も角、舞踏会には私たち三人は出席しないかもしれないわよ」
「ですよね。前回も途中での退席でしたね」
「あんな短時間の出席だったら、私は最初から不参加で構わないのに……」
ヴィオレータが心底面倒臭そうに呟いた。
「確かに!慌ただしいだけって感じでしたよね」
「そうよね!アスールもそう思っていたのなら、父上に未成人の私たちは最初から不参加でも構わないか、一緒にお伺いしてみない?」
ヴィオレータはアスールという強い味方を得たことに顔をほころばせている。
「えええ。私はちょっとの時間でも良いので、舞踏会にも出てみたいです!」
ローザが慌てて話に割り込んできた。
「そうなの? あんなの大して楽しくも無いわよ。ひたすら挨拶を受けるばかりで……何も魅力的なことなんて無かったわよ! ねえ、アスール?」
「まあ(姉上にとっては、きっと)そうですね」
「どちらにしても、決めるのは父上ですものね。後で私が確認してみるわ」
そう言ってヴィオレータはニッコリとアスールとローザに微笑んで見せた。
(あのヴィオレータ姉上の意味深な微笑み。これは舞踏会は “不参加” でほぼ決まりだな)
ー * ー * ー * ー
時間を少し遡って……冬期休暇初日のこの日。マティアスはアスールが起きた時間には既に寮には居なかった。夜明け前に領地へと出発したらしい。
オラリエ辺境伯領は王都から最も遠い領地の一つで、この季節は雪の降り方によっては馬車での移動は困難を極めると、先日バルマー侯爵邸に泊まりに行った際にマティアスが言っていた。
「途中からは馬車では無く、馬橇に乗り換えての移動になる」
「そりとは何ですか?」
マイラが聞いた。
「橇とは、車輪の代わりに先端の曲がった長い木材が車体の底面部に取り付けられた乗り物です。雪の上を走るには車輪よりも橇を滑らせる方が数段適しているのです」
マティアスはポカンとしているマイラに、自ら “馬橇” の絵まで描いてやっていた。言葉使いも普段に比べ丁寧で、意外にも、とても親切に説明をしている。
ルシオがそんなマティアスとマイラの様子をニヤケ顔で見つめていた。
「ねえ、アスール。あの二人、なんだか良い感じだったと思わない?」
「そうかなぁ?」
「もし二人が将来的に結婚とかしたら……マティアスが僕の義弟になるんだよ。それって、ちょっと良いよね」
「何言ってんだか……」
ー * ー * ー * ー
「そう言えば、正直あれには驚いたよ!」
「あれって?」
「レイフの成績!」
「ああ。レイフがずっと勉強を頑張っているのは知っていたけど、確かに僕も驚いた。九位だったね」
「そうだよ! 前回初めて上位者に名前が載ったと思ったら、今回は十位以内に入って来た。確か前回は……」
「十四位だったよ」
学年毎の成績上位者が掲示される日。アスールはルシオと二人で、いつもの長い廊下へと向かった。
既に廊下には上位者の名前を見ようと集まった学生たちでごった返しており、アスールたちが到着した時点では、もう全学年分の掲示は終えられているようだった。
第三学年の掲示の前に一際盛り上がっている集団がある。その中心で、照れたような笑顔を浮かべたレイフが周りの友人たちから祝福を受けていた。
「凄いな。確かレイフ・アルカーノって言ったよな?」
「アルカーノ商会の三男だってさ。ほら、王都にもあるだろう? デッカい商会が!」
「ああ、知ってる!」
平民の大躍進に、その場に居合わせた貴族たちも平民たちも、口々にレイフの噂話をしている。
アスールとルシオはすれ違い様、レイフに「おめでとう!」の代わりに笑顔を贈った。とてもじゃないが、直接話しかけられる雰囲気では無かったから。
「そう言えば、レイフはどうして今日もフェルナンド様の “地獄の鍛錬” に参加していないわけ?」
マティアスが領地へと戻ってしまっている為、フェルナンドの剣術指南の矛先がアスールとルシオの二人に集中している。
この日も、すっかりヘトヘトになるまで扱かれたルシオの口からは、そろそろ呪いの言葉が吐き出されてきそうな程に疲れ切っていた。
「なんだか、冬期休暇の間はずっと忙しいらしいよ」
「テレジアの島に帰ってるの?」
「さあ、それに関しては……僕も知らない」
「なんだよー。マティアスは仕方が無いとしても、レイフと君と僕の三人ならまだしも、毎回この二人であの地獄を乗り切れって言うのかぁーーーーー。やっぱり、無理だ! アスール。僕たちも何処かへ逃げよう!」
ルシオが冗談とも本気とも取れる表情でアスールに訴えかける。
「なんじゃ、ルシオ。まだ随分と余裕がありそうじゃな? もう一本どうじゃ?」
いつものように息一つ乱していないフェルナンドが、いつの間にかアスールとルシオの背後に立っていた。
「僕はこの後用事がありますので、これにて失礼致しますっ!」
ルシオは大慌てで木剣を拾い集めると、一目散に王城へと向かって走って行った。
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