58 バルマー侯爵家の兄と妹
「あーーーーー。今年も終わったーーーー!」
ルシオの喜びの雄叫びと共に、学年末の進級認定試験が全て終了した。
週が開け、来週の一週間の間に追試を喰らわなければ、いよいよ冬季休暇に突入する。
「ねえ、アスール。今週末はどうする? 王宮に戻るの?」
「いや。特に予定は無いけど」
ローザの光魔力を込めた魔鉱石を使い、ギルベルトが加工した例のブレスレットの癒しの効果は絶大だったようで、ブレスレットを日常的に身に付けて以降のパトリシアはすこぶる具合が良さそうだ。
その為、アスールとローザが頻繁に王城へ帰る必要も無くなって来ている。
(まあ、僕が帰ったところで、余り母上の役にはたっていないんだけどね……)
「だったら、今週末は僕の家に泊まりに来ない? マティアスもどう?」
「ルシオの家に?」
「そう! 王宮には何度か泊まったことはあるけど、僕の家はまだ一度も無いじゃない。マティアスは冬季休暇中は、またいつもみたいに領地に戻っちゃうでしょ?」
「ああ、その予定だ」
マティアスの実家は辺境の地にあるため、長期休みにしか実家に戻れないのだ。
「来年はマティアスだけクラスが分かれちゃうし、最後に遊びに来てよ!」
「……迷惑じゃ無いのか? その、家の方は?」
「全然! って言うか、母さんにはもしかしたら呼ぶかもって言ってあるんだ。寧ろ、母さん的には大歓迎! って感じだったよ」
「どうする? アスール」
「僕は大丈夫だよ。二人とも追試の可能性は……」
「「無い!」」
「だったらお邪魔したいな」
「じゃあ、寮に戻って荷物の準備をしたら、すぐに出発で良いかな?」
「ええと、馬車はどうするの?」
「へへへ。実は既に手配済みなんだ。もし二人が無理でも、僕は元々家に帰るつもりだったからね」
ルシオはなかなか用意周到である。
「あ、そうだ! ローザちゃんは? ローザちゃんにも声をかけた方が良いのかな?」
「ローザは明日、ヴィオレータ姉上とリルアンに行くって言ってた」
「ヴィオレータ様と? そっか、もうすぐヴィオレータも出発だもんね」
「そうだね」
冬季休暇が始まって半月も経たないうちに、ヴィオレータが留学の為にダダイラ国へと旅立つことが決まっている。
その前にはドミニクとザーリアの婚約式も予定されているのだ。
「何はともあれ、早く寮に帰って荷物をまとめよう!」
「そうだね!」
ー * ー * ー * ー
東寮に戻り、荷物をまとめたアスールとマティアスが玄関ホールへ下りていくと、そこで憮然とした表情のルシオと、彼の下の妹のマイラが待っていた。
ルシオによれば、マイラは自分も一緒に自宅へ戻りたいと言い出したらしいのだ。
最初のうち、ルシオは急なマイラの提案にかなり渋い顔をしていたが、妹が自宅へ戻りたいと言う願いを拒否することなどできる筈もなく、結局マイラを含めた四人でバルマー邸に向かう馬車に乗り込むことになった。
ルシオが手配した馬車が四人乗りだった為、一緒に行くつもりだったアスールの側仕えのダリオは乗車定員オーバーにより付き添いを断念。
今回は学院に残り、寮の自室で仕える主人不在の休日を過ごすことになる。
「すみません、ダリオさん」
ルシオが謝罪した。
「いいえ、私は構いませんよ。寧ろ私が一緒で無い方が、アスール殿下も皆様も御楽しみになれるのではないでしょうか?」
「えっ? そんなことは……無いよね」
図星を指され、アスールの顔が引き攣っている。
「でも、まあ、折角だし、ダリオはゆっくり休んでね」
「御気遣い感謝致します。それより、私が寮に残るのですから、二羽のホルクは寮に置いて行かれては如何ですか?」
「「えっ?」」
アスールとルシオは持っていた鳥籠を見下ろした。
「確か、ラウラ様は鳥がお嫌いでは?」
ダリオの言うように、ルシオの母親のラウラは鳥が駄目なのだ。見るのも、近寄るのも、それから食べるのも。
「……お願いしても良いですか?」
こうして、ピイリアとチビ助も寮に残ることが決まった。
ー * ー * ー * ー
息子とその友人二人を極上の笑顔で出迎えるつもりだったラウラは、予想に反して馬車から最初に降りてきたマイラを見て表情が一変した。
やはり、ラウラは娘の帰宅を知らなかったようだ。マイラは突然今日の帰宅を決めたらしい。
それでもラウラはすぐに笑顔を取り戻して、皆を温かく出迎えてくれた。
先ずは皆で夫人の用意してくれたお茶を頂く。
またしても緊張して固くなるマティアスを横目に、アスールもルシオも、ダリオが手土産用にと持たせてくれた焼き菓子を頬張った。
時折ラウラが心配そうな視線を娘に向けているが、マイラは特段変わった様子も無く、焼き菓子を美味しそうに食べている。
「素敵なお庭だね!」
「……ありがとうございます」
お茶を飲み終えてもソファーから立ち上がる気配の無いマイラを心配したラウラが、アスールとマティアスに庭を案内してはどうかとマイラに提案したのだ。
「でもさ、庭を歩くには少し寒いよね。もう冬だし」
一応気を遣ってアスールが話を盛り上げようとしている横でルシオが水を差す。
「寒いと言っても、王都はオラリエ辺境伯領に比べればずっと暖かいよ」
「マティアス様、そうなのですか?」
「ええ。今頃だったら、そろそろ雪が積もり始めている頃だと思います」
「まあ、雪ですか?」
珍しくマティアスが会話に加わっている。
「ヴィスタルは雪なんて滅多に降らないもんね。たまに降っても積もらないし」
「そうらしいな。同じ国でも、ヴィスタルとオラリエ領では南端と北端だから随分と気候も違う。森の木も咲く花も違う」
「そうなのですか?」
「ええ、私もこちらへ来て知りました」
それからしばらくの間、マティアスはオラリエ領の話をしていた。マイラはマティアスの話を、目を輝かせて聞いている。
「ねえ、ルシオ。妹に学院で何かあったのか聞かなくて良いの?」
楽しそうに話しながら並んで歩くマイラとマティアスから少し離れ、アスールがルシオに小声で話しかけた。
庭に出てくる前、ルシオは母のラウラから「妹の様子を探るように!」と指令を受けていたのだ。
「まあ、大丈夫なんじゃない?」
「でも……」
「……じゃあ、聞いてみる?」
「その方が良いと思うよ」
ルシオは面倒くさそうに前を歩く二人に近寄って行く。
「ねえ、マイラ。学院で何かあったの?」
(うわ。直球だな……)
ルシオに背後から話しかけられ、マイラは足を止めて振り返った。
「……えっと」
「何かあったんだろ? 嫌なことが。誰かに何か言われたの?」
「……言われては、いません」
「じゃあ、何?」
「……さそ……した」
マイラが小さな声で何か言った。
「なんて言ったか聞こえないよ!」
「誘って、貰えませんでした」
「えっ? 何? どう言うこと?」
マイラは小さな震える声でポツリポツリと話し始めた。
マイラのクラスには貴族の女の子は三人しか居ない。そのうちの二人がこの週末にリルアンに遊びに行くらしい。どうやらマイラは誘って貰えなかったようなのだ。
「なんだ。そんなことか!」
「私にとっては、そんなことではありません!」
「でも、リルアンだったらマイラだって、もう何度も行ってるじゃないか。もし行きたいなら、また今度連れて行ってやるよ!」
「ルシオ兄さんと行きたいわけじゃ……」
「じゃあ、カレラとでも行けば良いだろ」
「もう良いです! リルアンなんて、誰とも行きません!」
「なんだよ、面倒くさいなぁ。もう」
マイラはプっと膨れると、アスールたちを庭に残し、屋敷に向かって一人で走って戻ってしまった。
「ルシオって、意外と駄目兄なんだね……」
「だな!」
「なんだよ、二人とも!」
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