57 秋から冬へと
今年の秋は瞬く間に過ぎていった。
学院祭は無事に終わり、剣術クラブが主催する模擬戦も大いに盛り上がった。
女子の部では唯一 “淑女コース” に席を置くヴィオレータ・クリスタリアが、剣術クラブ女子部の部長と大接戦の末、見事に初優勝を飾ったのだ。
観客席の最前列には、いつの間にか結成されたらしいヴィオレータのファンクラブの面々が陣取り、少しばかりこの場には不釣り合いとも思える黄色い声援が響き渡った。
ところが、女子部の模擬戦が終わると、あっという間に大騒ぎをしていたファンクラブのメンバーたちは、すっかり競技場から姿を消した。
ヴィオレータが食事と休息のために校舎へと向かったからだ。
アスールはヴィオレータが午後の試合の邪魔をしないように、敢えて競技場を離れたのではないかと考えている。
何故かと言えば、ヴィオレータが優れた剣術の試合を見るためだったら、食事を抜くことなど全く厭わない性格なのだということを、アスールは知っているからだ。
こうして平静を取り戻した競技場で、午後から行われた男子の部の準々決勝以降の試合はどの試合も手に汗握る白熱した戦いが続いた。
マティアスは健闘虚しく、準決勝で敗退。
残念ながら目標としていた決勝戦に進むことは叶わなかった。それでも、昨年は準々決勝で敗退しているのだから、確実に前進はしている。
今年優勝を勝ち取り、第一王子のドミニクから記念の盾を受け取ったのは、ルシオが予想した通り現剣術クラブの部長だった。
彼もまた、例年通り “騎士団” へ入団するに違いない。
学院祭当日のこの日、学院の中を歩くドミニクの周りは、気付くと常に人集りができていた。
ガルージオン国のザーリア姫との婚約と、近い将来イーリア公爵という地位を賜ることが既に学院に在籍する学生たちにも広く知れ渡っていて、ドミニクが在学中に剣術クラブで一緒に訓練に励んでいた後輩たちがお祝いの言葉を伝えていた。
学院に在学中、どちらかといえば無骨で愛想のある方では無いドミニクだったので、同じクラブに所属しているとは言え、下級生の立場では遠慮してなかなか一国の王子に話しかけられなかったようだ。
だがそんなドミニクもザーリアとの婚約後は纏う雰囲気も随分と柔らかくなり、下級生だった者たちが上級生になったこともあって、声をかけやすくなったのだろう。
アスールがドミニクを見かけた時、ドミニクは後輩たちに囲まれて楽しそうに談笑していた。
ー * ー * ー * ー
王宮でもこの時期、いろいろな行事が行われていた。
今年の秋、特に目立って多かったのは夜会だろうか。
ドミニク第一王子の元へガルージオン国から来た婚約者のザーリア姫を、正式にお披露目するための舞踏会が王宮で開催されたことを皮切りに、週末毎にあちこちの貴族の邸宅で夜会が催された。
ザーリアが暮らす王宮西翼には、夜会への招待状が次から次へと届けられ、第二夫人のエルダが山のように積み上げられた招待状の中から特に厳選したと思われる屋敷にのみザーリアは足を運んでいたようだ。
ドミニク、もしくは、ザーリアが招待に応じたようだという話が漏れた貴族の夜会には、その夜会の招待状を求める貴族が列を成して詰めかけたとも噂されている。
冬の社交シーズンのスタートを前に、今年の貴族たちの駆け引きの前哨戦は既に始まっているらしい。
学院に在籍中のヴィオレータ第二王女、アスール第三王子、ローザ第三王女の三人に関しては、未成人であることと、学生であることを理由に、父王であるカルロから
「ザーリア姫のお披露目等に参加する為に、わざわざ帰城する必要は無い」
との通達があった。
「良かったわ。毎回毎回お披露目の度に王宮に呼び出されていては、どうしたって学年末試験のための勉強が捗らないですもの!」
ヴィオレータはお披露目に参加しなくても良いと告げられたことを、心底喜んでいる口振りで、アスールたちにそう語った。
そういった公のお披露目に参加することをヴィオレータが元々好まないというのもあるが、今はそれよりも、ヴィオレータには絶対に成さねばならないことがあるのだ。
まだ公にはされていないが、この学年を無事終了した暁には、ヴィオレータはクリスタリア王立学院を一年間休学して留学先へと旅立つことになっている。
「私、絶対に良い成績をおさめるわ。留学に関して、誰にも文句を言わせる気はありませんからね!」
そう言って息巻いている。
例え一つの教科であったとしても、ヴィオレータが不甲斐ない点数を取って単位を落とすようなことがあれば、カルロとエルダは、確実に娘に出した留学許可を取り消すに違いない。
最近、放課後の図書室で勉強をしているヴィオレータを見かけるようになった。ヴィオレータはきっと成果をあげるだろう。
ー * ー * ー * ー
パトリシアに贈られた子どもたちからの薔薇の首飾りは、ザーリアのお披露目の夜会に出席するパトリシアの首元で美しく輝き、夜会での話題の的となっている。
「パトリシア様の首飾り、もうご覧になりまして?」
「ええ、とても煌びやかな薔薇の首飾りでしたわね」
「先程伺ったのですけど、ギルベルト殿下が手ずからお作りになって、パトリシア様に贈られた品物だそうですわ」
「まあ、そうでしたの? とても素敵なお品でしたので、どこの商会でお作りになったのか教えて頂きたいと思っていたのですけど……」
「まさか手作りとは!」
夜会のあちこちで似たような会話が聞こえてきた。
「ギルベルト殿下は王立学院在学中も装飾品をお作りになって、学院祭で販売されたと聞きましたわ」
「私の姪が購入させて頂きましたわ。姪に見せて貰いましたけど、ブレスレットでしたね」
「殿下が学院祭に出されたのは殿下の魔力を込めた魔導具で、確か冷却効果があると聞きましたわ」
「まあ。そうなのですね!」
「でも、パトリシア様の首飾りは……流石に魔導具では無いですわよね?」
「それはそうでしょう!」
パトリシアの首飾りはあくまでも宝飾品として認知されているようだ。
パトリシア自身も、問われればギルベルトからの贈り物と皆に説明している。まさか首飾りの中心に煌めくあの三つの薔薇が、ローザの光の魔力で染め上げられた物とは誰も思うまい。
夜会の場に居て真実を知るのは、首飾りを使っているパトリシア本人と製作者のギルベルトを除いては、カルロとフェルナンドだけだ。
「まさかあの首飾りが、あれ程皆の注目を集めるとはの……」
フェルナンドがギルベルトに話しかけた。
「そうですね。嬉しい誤算です。可哀想ですが、ローザとアスールに早急に口止めをしておかなくてはなりませんね」
「そうじゃな。その方が良いじゃろうな」
「ええ」
「それにしても、あれからパトリシアは随分と体調が良さそうじゃの? これの効果は抜群だな」
フェルナンドは袖を少し捲って見せる。
「お祖父さまも効果をお感じになりますか?」
「ああ、すこぶる快適じゃよ」
フェルナンドの日に焼けた太い腕に、少々不釣り合いなくらい可愛らしいピンク色のブレスレットが光っていた。
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