56 アスールの決断(3)
「僕たちって、再従兄弟じゃ無くて、本当は従兄弟だったんだね」
マティアスとルシオが部屋から出て行ってしまうと、レイフがぽつりとそう呟いた。
「そうだよ。ずっと黙っていて……ごめん」
「仕方なかったんだろう?」
アスールは小さく頷いた。
「そう言えば、初めて僕がテレジアの島に遊びに行った時、同行していたアーニー先生が、僕とレイフは凄く似ている!って言っていたよ」
「そうなの? ああ、そう言えばヴィスマイヤー卿って……確かロートス王国の出身だったよね?」
「うん。先生の父上は、あの当時あの国の宰相を務めておられた方なんだ。あの事件で命を落とされた多くのロートス貴族の一人だよ」
「……そうだったんだね」
アスールはレイフに、アーニー先生がアリシアの補佐をするために今はハクブルム国に居るが、近い将来婚約者を連れてロートス王国へ戻り、正式に侯爵の地位に就くことになるだろうと伝えた。
「そう言えば、どうしてヴィスマイヤー卿は、正体を隠していた君たち双子を見つけることができたの?」
「先生は元々は行方不明になっていた姉上を探すために各国を旅していたんだ。それでたまたまクリスタリア国へやって来て、ちょっとしたきっかけがあって、僕とローザの存在を知ることになったんだ」
「行方不明の姉上を探して? それで、その姉上は? もう見つかったの?」
「うん。今のディールス侯爵の奥方のアンナ様がそうだよ!」
「えっ? 今のってどういうこと?」
「ディールス侯爵の最初の奥方は随分と前に亡くなられていて、今の奥方と再婚されているんだけど。それがアーニー先生の姉上だったんだ」
「そんな偶然ってあるの?」
「偶然ってわけでも無いんだ。ディールス侯爵の奥方は元々ロートス王家に仕えていて、王妃の侍女をしていたんだって」
「まさか、その姉上って、王妃から双子を託されて王宮から脱出した侍女ってことじゃ無いよね?」
「そう! まさにその通りだよ。雪の中に倒れていた彼女にディールス侯爵が気付いて、僕たちごとクリスタリアに来ることになったんだ」
「なんだか、まるで作り話みたいに良くできた話だね……」
「ははは。そうかもね」
レイフが言うように、アスールとローザが今こうしてクリスタリア国で幸せな毎日を送れているのは、いくつもの偶然と幸運が重なり合った結果なのだろう。
あの時母が双子を侍女に託さなかったら? あのタイミングで父上たちが違う道を選んでいたら?
考え出したらキリが無いのは分かっているが、今日はどうしてもこういった考えに支配されてしまう。
「はあ、ロートス王国かあ……」
そう言いながらレイフは座っていたソファーから立ち上がると、ベッドに向かってゆっくりと歩いて行き、そのままベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「遠いなあ」
アスールも空いている方のベッドに腰をおろす。
「そうだね」
「確かあの国は……ゲルダー語を話すんだったよね?」
「そうだよ」
「だからアスールはあんなにゲルダー語を頑張っていたのか……。そっか、そう言うことだったのか」
「うん」
「僕は、語学はちょっと、苦手なんだよね……」
「そうなの? 知らなかった」
「ああ、でも、僕の得意なことって……何だろう? 僕は何をすべきかな?」
アスールにとって今日は本当に長い一日だった。
カルロをはじめとする大人たちに混じっての会談、その後は友人たちにずっと秘密にしていた自分の置かれている状況も告白した。
そういった極度の緊張状態からやっと解放され、ベッドに座った途端、今アスールは激しい睡魔に襲われている。
目の前に居る筈のレイフの言っていることが、もうほとんど頭に入って来ない。
「えっと、ごめん、レイフ。急に何の話?」
欠伸を噛み殺しながら、やっとの思いでレイフに尋ねた。
「随分と眠そうだね、アスール」
「……ああ、うん。そうなの、かな?」
「もう寝た方が良いよ。今日は凄く疲れたでしょ?」
「そうだね。疲れているのかも」
「明日の早朝鍛錬に参加しないわけにいかないしね。ルシオにもああ言っちゃったし……。って、アスール?」
「……zzz……」
「あらら。もう寝ちゃったのか」
レイフは起き上がってアスールに毛布を掛ける。寝ているアスールの顔は、そう言われてみれば確かに自分と似たところもあるのかもしれない。
そんなことを考え、レイフの顔からは少しだけ笑みが溢れた。
ー * ー * ー * ー
「良いぞ! それで良い! マティアス、さらにもう一歩踏み込め!」
「はい!」
早朝の訓練場にフェルナンドのよく通る低い声が響き渡っている。
既に充分すぎる鍛錬をフェルナンド直々に施されたアスール、ルシオ、レイフの三人は、両手を地面につけてぐったりとへたり込んでいた。
「凄いな、マティアスは。とてもじゃないけど、ついて行けないよ」
どうにか体制を立て直し、座る姿勢を取ったレイフが、マティアスとフェルナンドの訓練の様子を見ながら、感心が半分、残りは半ば呆れにも近い表情で本音をこぼした。
「あの感じだと、マティアスは今年の学院祭での模擬戦で、上位進出を狙っているんでしょ?」
声がする方を見ると、ルシオが相変わらず地面に両手をつき、ぐったりと項垂れたまま地面に向かって喋っていた。
「……そんな感じだね」
アスールが答える。
「でも、今年も騎士コースの上級生たちは強者揃いらしいからね。流石にマティアスと言えど上の二学年を押し退けて決勝戦進出を狙うのは難しいんじゃ無いかなぁ」
レイフは相変わらず勉強の合間を縫って、ちゃんとクラブの練習にも参加しているようで、剣術クラブの内情に詳しい。
「今の第四、第五学年には、確か騎士団のお偉方の息子たちがずらりと顔を揃えているんだよね」
水分を摂って、さっきよりは幾分回復したのだろう。ルシオがお得意の情報を提供する。
「ほら。ローザちゃんと同じクラスの近衛騎士団長の息子居るじゃない? 彼のすぐ上の兄が今年の剣術クラブの部長だったよね、レイフ?」
「そうだね」
「今年の優勝候補でしょう?」
「ああ」
「それから、第三騎士団の副団長の子息と、前近衛騎士団長の息子も居たよね、それに元第一騎士団長の孫と……」
ルシオが指を折りながら、次々と上位進出候補者を挙げていく。
「元とか、孫とか……。それを言うなら、マティアスだって前騎士団長の甥っ子だよね?」
レイフが呆れ顔で話の腰を折った。
「ははは。そりゃ、そうだ! 剣術クラブの部員や騎士コースの希望者なんて、殆どが騎士団関係者の関係者だ!」
「確かに!」
アスールも笑いながら同意した。
実際にそうなのだ。親の背中を見て育つせいもあるだろうが、騎士団でも名前の知られた人物ともなると、親兄弟、延いては親戚までもが揃って騎士団関係者だったりする。
そういった者たちは血統的にも身体に恵まれ、小さい頃から訓練を欠かしていないので、学院入学時点で既に大きなアドバンテージがあり、在学中は他の追随を許さない。
「まあ、マティアスは今年は兎も角、来年からは優勝候補に名前が上がるんじゃないかな」
「へえ。ルシオは随分とマティアスを買っているんだね」
アスールがルシオを茶化した。
「そりゃあそうだよ。いろいろな意味でこれから先、マティアスには頑張って貰わないとだからね。まあ、僕に言われるまでも無く、マティアスにスイッチが入ったことは明らかだけどね」
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