55 アスールの決断(2)
「あら? アス兄さまは? どうしてアス兄さまのお席が用意されていないのですか?」
夕食のテーブルにアスールの席が用意されていないことに気付いたローザが尋ねた。
「ああ、アスールなら、今日は友人たちと一緒に北翼で食事をすることになっておる。そのままあっちに泊まるそうじゃ」
フェルナンドが答える。
「そうなのですか? 友人たちと言うのは……ルシオ様たちですの?」
「そうじゃよ。マティアスとレイフの三人だ」
「まあ! 四人でお泊まり会ですか? アス兄さまだけ……ずるいです!」
ローザは口を尖らせた。
「今度、ローザも誰か友人を呼べば良いではないか。誰か来てくれる友人は居らんのか?」
「……。お母さま、今晩、お母さまのお部屋に泊まりに行っても宜しいですか?」
「ええ、もちろん構わないわよ」
「ははは! そうじゃ、そうじゃ。それが良い!」
フェルナンドが大笑いをしている。
「お祖父さま。私にお友だちが全然居ないわけではありませんのよ。ただ、お泊まりは、難しいかなと思って……」
「うん、うん。ちゃんと分かっておるよ」
ー * ー * ー * ー
北翼に用意された夕食を掻き込むように急いで食べ終えると、四人は二部屋用意された客間のうちの一方の部屋に揃って移動した。
「じゃあ、やっぱり君が本物のレオンハルト・フォン・ロートスってことになるんだね?」
ルシオの問いかけにアスールは大きく頷いた。
「だったら、双子の片割れの姫君、ローザリア・フォン・ロートス妃殿下は? 今、彼女はどこに居るの?」
レイフが尋ねる。
「ローザリア・フォン・ロートスはローザだよ。僕たちは本当は双子なんだ。ローザ自身は、そのことを知らないけどね」
「……知らないの?」
「ああ。僕たちが双子だってことも。自分が本当はロートス王国のローザリアだってこともね」
三人はアスールの答えに驚いたようで、互いに顔を見合わせている。
「でもさ。僕は小さい頃からこの王宮に遊びに来てるけど、アスールとローザちゃんが双子だなんて言われても……」
ルシオは言葉を濁した。一応はルシオなりにローザに気を遣ったのだろう。
「信じられないよね?」
「……うん。まあ、そうだね」
「僕だって、最初にこの話を父上から聞かされた時は全然信じられなかったよ。まだ赤ん坊だった僕らがクリスタリアの港になんとか辿り着いた時、ローザはもの凄く弱っていて、もしかしたら、そう長くは生きられないかも知れないと誰もが思ったらしいんだ」
「えっ、そうなの?」
アスールは三人に、自分が本来生まれてくる筈だった亡くなった第三王子の代わりに、クリスタリア国の第三王子として誕生を公表されたこと。
ローザはその後も成長が遅く、結果的に本来よりも一年遅く誕生したことにして公表されたことを話した。
「もし同じタイミングでクリスタリア国に双子が誕生したなんて公表していたとしたら、ロートス王国でクーデターを起こした犯人たちはきっと見過ごさないよね?」
レイフがそう言って身震いをする。
「だろうね。詳しく調べるために諜報員をクリスタリア国に送り込んで来ただろうし、場合によってはアスールとローザちゃんの身に危険が及ぶ可能性だってあったかもしれない」
ルシオが言った。
「そうだな。ローザ様の成長が遅かったことが、却って幸いしたとも言えるな」
マティアスも同意する。
「アスールは学院入学直前に真実を告げられたって言ってたけど、だったらどうして、ローザちゃんは未だにこのことを知らないままなの?」
「ローザが真実を知って平気で居られる筈が無いと思われているからだよ。だって、僕たち二人は……父上と母上の本当の子どもじゃ無いってことだからね」
アスールの答えに、三人は息をのんだ。
「……ごめん、アスール」
ルシオが頭を下げた。
「ああ、大丈夫! もう僕は僕なりに全てを受け入れられてるからね」
アスールはそう言ってニッコリと微笑んだ。
「確かに最初はかなりショックだったよ。でも、ハクブルム国へ行ってしまった姉上も含めて、家族皆が、僕を、違うな、僕とローザを愛してくれているって分かっているから」
「そうか!」
「うん」
「そうだよね!」
「うん」
「僕たちだって、家族じゃ無いけど、友人としてアスールのことを心から愛しているよ!」
「えっ?」
「えっ? じゃないでしょ! アスール!」
「ははは。ごめん、ごめん! ありがとう、ルシオ」
四人は大袈裟なくらい大きな声をあげて笑った。
余りにも笑ったせいか、アスールの目から涙がポロポロと溢れ落ちたが、それに関しては三人とも何も言わなかった。
それから、アスールはこのことを知っているのは極々限られた人たちで、そこには今はまだ(・)西翼に暮らす第二夫人のエルダの家族は含まれないことも三人に伝えた。
「つまり、本当に僕たちは(・)凄い秘密を共有しているってことになるんだね……」
「……そうだな」
三人はそれぞれにこの事実を噛み締めているように見えた。
それからしばらくは、四人で最近の出来事についてや、夏季休暇中の話などをして楽しい時間を過ごした。
「ねえ、アスール」
そんな中、不意にルシオが真面目な顔でアスールに話しかけた。
「何?」
「アスールは、いずれはロートス王国に戻るつもりなの?」
皆の視線がアスールに集中する。
「そうだね。そうしたいと僕は考えているよ。父上も、それから、お祖父さまもそのつもりのようだし。今はまだ未来ははっきりと見えないけれど、将来に向けて力をつけておきたいと思ってる」
「そうか。そうだね」
「うん」
「あの国の王子が王位継承をするのは……いつなんだ?」
マティアスが聞いた。
「前に父上が、二十歳の誕生日だろうと仰っていたけど」
「動くとしたら、それよりは前ってことだな?」
「そうだね」
「成る程。まだ数年はあるってことだな! うん。大丈夫だ!」
マティアスは自分自身に言い聞かせるように一人そう呟いた。それから上着のポケットに手を突っ込むと、使い込まれた懐中時計を取り出した。
「ああ、もう大分良い時間だな。明日のフェルナンド様との早朝鍛錬に備えて、そろそろ寝ておかないとだな!」
懐中時計をポケットに戻しながらマティアスが言った。
「えーーー。これだけ深刻な話をしたんだし、もうこんなに遅い時間だし、多分僕は……残念だけど明日の朝は起きられないと思うよ。うん、起きられないね」
「大丈夫だ、ルシオ! ちゃんとお前のことも起こしてやる!」
「そうだね。ルシオはマティアスと同室になれば、そんなに心配しないでも絶対に起きられるよ!」
そう言ってレイフが楽しそうに笑っている。
「えっ。僕がマティアスと同室なの? それって、いつ決まったのさ?」
「良いから行くぞ、ルシオ! じゃあ、また明日の朝。訓練場で会おう!」
「そうだね。おやすみ、マティアス、ルシオもね!」
「ええええぇぇぇ」
ルシオはマティアスに引きずられるようにして隣の部屋へと移動していった。
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