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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第四部 王立学院三年目編
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54 アスールの決断(1)

「そんなに緊張せんでも大丈夫じゃよ。何もお前さんたちを今から取って食おうってわけじゃ無いんだから。まあ、座れ、座れ」


 フェルナンドにそう促され、ルシオ、マティアス、レイフの三人は心許無そうにカルロの執務室にある大きなソファーに腰をおろした。

 三人はアスールから「大事な話がある」と言われて王宮に呼び出されたのだ。


「あの、フェルナンド様」

「なんじゃ? ルシオ」

「アスールはどうしたのですか?」

「アスールか? まあ、茶でも飲んで待っていれば、そのうち来ると思うぞ」

「……はあ」


 三人とも王宮にはもう何度も来てはいるのだが、()()()()()()に足を踏み入れるのは今回が初めての経験で、酷く居心地が悪そうに上目遣いで辺りをチラチラと見回している。

 とてもじゃないが、フェルナンドが言うように呑気にお茶を飲んでいる余裕など無い。

 そんな三人の目の前で、フェルナンドは上機嫌で次々と焼き菓子を口に放り込み、美味そうにお茶を飲んでいた。



「待たせたな」


 そう言いながらカルロが執務室の扉を開けて入って来た。カルロのすぐ後ろにアスールが居る。


 見慣れたアスールの顔に三人の表情がふっと緩んだのも束の間、アスールに続いて執務室へと入ってきた人物たちを目にして、三人の表情は再び硬くなった。


「えっ、なんで?」


 思わずそう呟いたのはレイフだった。


 フレド・バルマー侯爵、イズマエル・ディールス侯爵に続いて、一番最後に執務室へと入って来たのが、レイフの母親、リリアナ・アルカーノその人だったからだ。

 リリアナは呆気にとられたような表情を浮かべて自分を見つめているレイフに向かってニッコリと微笑んだ。


 全員が着席したのを確認すると、すぐにカルロが話し始めた。


「折角の休日に呼び出してすまんな。今日は私からアスールに()()()()ある重要な話をしておきたいと思い、アスールにとって最も近しい友人でもある君たち三人と、その保護者にこうして集まってもらった訳だが……」


 何が起きているか飲み込めない三人が互いに顔を見合わせている。


「ああ、マティアス・オラリエ。君の場合は辺境伯を急に王宮に呼びつけるわけにもいかないので、代わりに伯父にあたるイズマエルを呼んでおいた」

「はい。ありがとうございます。陛下」



「まずは皆に見て貰いたい物がある。アスール、例の物を出しなさい」

「はい」


 アスールが上着のポケットから取り出したのは、ハンカチに包まれたブックマーカーだ。そのブックマーカーの先端部分には、大きさの異なる綺麗な三つの宝石が取り付けられている。


「これは以前私がアスールに譲った品で、元々の持ち主は私の大事な友人だ。リリアナ、君の物も見せてくれるかな」

「はい」


 リリアナは手にしていたバッグを開け、中から美しいレースのハンカチを取り出した。

 リリアナはそのハンカチをテーブルの上に置き、テーブルの上でゆっくりとそのハンカチを開いた。包まれていたのは、ついさっきアスールがテーブルに置いたブックマーカーとそっくりな品物だ。

 ただし、取り付けられている宝石の色がアスールの物とは違う。


 リリアナがそれをテーブルに出した瞬間、アスールが息を呑んだ。

 ルシオとレイフから自分の持つブックマーカーとそっくりな物があるとは聞かされていたが、実際に目の当たりにすると、思った以上に自分が動揺していることに気付きアスールは衝撃を受けた。



「では、父上もお願いします」

「分かった。これは、ニコラスから借り受けてきた物じゃ」


 そう言いながらフェルナンドが上着のポケットに手を突っ込み、それを取り出した。

 フェルナンドは前の二人とは違い、何気無い感じでそれをテーブルの上に置いた。取り付けられている宝石がテーブルに置かれた瞬間ガシャリと派手に音を立て、静まり返った執務室に響き渡る。



「これらは、私の父親である前スアレス公爵が三人の子どもたちのために作らせた物です」


 リリアナが話し始めた。


「見てお分かりかと存じますが、取り付けられている宝石の色がそれぞれ異なります。一つだけ大きい宝石が持ち主本人の属性、小さい二つの宝石が他の兄妹の属性の色です」

「ほう。そう言った違いでしたか。美しいブックマーカーですね」


 フレドが身を乗り出すようにして、テーブルに並べられた三本を見比べている。


「ええ。仰る通り、兄はブックマーカーとして使っていると思います。私は髪飾りとして使用しております」

「使い方は一通りでは無いと言うことですか。それは良い! 流石はロベルト公だ!」


 フレドは感心したように呟いた。



 この執務室の中にあって、一人だけ今のこの状況を全く飲み込めていない者が居る。マティアスだ。

 マティアスはアスールが使っているブックマーカーを以前目にしたことはあったが、何故今この状況で皆が深刻な顔で並べられているブックマーカーを見つめているのか、まるで理解できていない。


「……あの。私は、この場に同席していても良い立場なのでしょうか?」


 マティアスが恐る恐る声に出して誰にともなく問うた。


「もちろんだ。君の同席はアスールのたっての希望だからね」


 カルロがマティアスにそう言って笑いかけた。


「そう、ですか……」


 マティアスはカルロに微笑みかけられ、尚更緊張が高まってしまったようだ。背筋をピンと伸ばし、真っ直ぐに前を見据えた状態でソファーに座っている。

 そんなマティアスと目が合い、アスールは不安そうなマティアスに向かって口元を少しだけ緩めて見せた。



「どうして執務室にこうして皆が集められたか疑問に思っている者も居るようなので、話を進めよう。先程も述べたが、私がアスールに渡したブックマーカーがスサーナの髪飾りだったことを、つい最近まで知らなかった……」


 カルロは十二年前、どういった経緯(いきさつ)であのブックマーカーがカルロの元まで辿り着いたのかを語った。

 カルロの口から語られる余りにも惨たらしい事実に、ルシオ、マティアス、レイフの三人は相当な衝撃を受けたようで、一様に青褪め、押し黙ったまま話を聞いていた。



「あのブックマーカーは、あの日、スサーナが双子を包んだスカーフに挿した物だ。双子をスサーナから託された侍女の話を聞いて、私はあれが亡くなったヴィルヘルムの物だとずっと思い込んでいた」

「きっと、スサーナがヴィルヘルム様に差し上げたのでしょう」


 リリアナが静かに言った。


「そうじゃな。儂もそう思うよ」


 そう同意したフェルナンドの目は真っ赤に潤んでいる。



 すると、それまでずっと黙って話に聞き入っていたルシオが首を傾げた。


 これまでの話が事実なら(事実なのだが)今現在、ロートス王国の次期国王となるべきレオンハルト・フォン・ロートスは偽物で、亡くなったとされるローザリア・フォン・ロートスは生きていることになる。

 その上、本物のレオンハルトとローザリアの双子に関しては、カルロがクリスタリア国に脱出させているということになるのではないか?


「えっ? つまり、それって……」


 ルシオは思わず呟いた。それを聞いたカルロがニヤリと笑う。


「フレド。やはり、お前の息子だな」

「恐れ入ります」


「悪いが私は公務に戻らねばならない。ここから先はアスール、お前が友たちに話をすれば良い。それで良いな?」

「はい、父上」

「三人は……そうだな、今日はこのまま泊まっていくと良い。保護者たちも、それで文句は無いな?」


 大人たちが一斉に頷いた。

 それを見たカルロは立ち上がり、執務机に向かって歩き出した。フレドとイズマエルがカルロの後を追う。



「さて。リリアナはどうする? パトリシアが会いたがっておったが」

「では、ご挨拶しに参りますわ」

「そうじゃな。そうしてやってくれ。お前さんたちは北翼の客間を使うと良い。食事もそちらに用意させる」

「「「ありがとうございます」」」

「うむ。アスールも一緒にな」

「はい、お祖父さま」


「そうじゃ。分かっていると思うが、今聞いた話は……」

「大丈夫です!」


 フェルナンドの言葉をルシオが遮った。マティアスとレイフも大きく頷いた。


「ああ、そうじゃな。それならば良い」


 そう言うと、フェルナンドは大きな皺だらけの手でルシオの頭をガシガシと撫で回し、続けてマティアスとレイフの頭も順に撫でていく。

 三人は困ったような笑い顔を浮かべながらも、フェルナンドがするに任せている。


「そうじゃ。全員揃っていることだし、明日の朝は久しぶりにお前さんたちの腕前が鈍って居らんか見てやろう!」


 フェルナンドの提案に、マティアスとレイフは直ぐに目を輝かせたが、ルシオの目だけが泳いだのをアスールは見逃さなかった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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