19 魔力測定(1)
王立学院の入学式までの日数がひと月を切ると、それに伴って細かな予定が入って来るようになった。
今日は魔力測定が行われる。
魔力測定は通常は学院に入学後、それほど日をおかずに新入生を対象にして学院内で一斉に行うのだが、王族や一部の貴族の中には、個人的に魔法師団の担当者を家に呼んで測定をする場合もある。魔力量やその属性を秘匿したいというのがその主な理由だ。
今回はアスールの魔力測定に合わせ、ローザも一緒に呼ばれている。
指示された部屋へ向かっている間、隣を歩くローザの足取りは非常に重い。
「魔力測定ってどうやるのかしら? 血を採ったりするのかしら?」
ローザは痛いのも怖いのも大の苦手なので、魔力測定があると聞いてからずっと怯えていた。
「私はまだ学院入学は一年先なのに、どうして今日測定しなくては駄目なの?」
「ローザ、今日しなかったとしても、結局一年後に同じ運命が待っているんだから、来年一人で魔力測定を受けるより、今日二人で一緒に受ける方がずっと良いと思うよ」
「そうかしら……そうね。きっとそうだわね」
幾分ローザの表情が明るくなり、歩くスピードが少しだけ速くなった。
「こちらのお部屋です。皆さまお揃いですので、中へお進み下さい」
通されたサロンでは父のカルロが年配の男性と歓談中だった。
カルロの後ろには、ディールス侯爵とバルマー伯爵が定位置で控えている。
「二人ともこっちへおいで。ここに座ると良いよ」
二人はカルロが示した席へ向かった。左目にモノクルをかけた、白とも銀色ともとれる髪色の、温厚そうで小柄な男性が立ち上がる。
「こちらは魔法師団の顧問をされているカーリム博士。今日はお前たちの魔力測定の為に来てもらった。博士、こっちがアスールとローザだ」
「はじめまして。私はルイス・カーリムと申します。魔法師団顧問とは名ばかりの、ただの魔道具マニアの老人です。どうぞお見知りおき下さい」
「アスール・クリスタリアです。本日はよろしくお願いします」
「ローザ・クリスタリアです」
アスールとローザの分のお茶がテーブルに用意されている間に、カーリム博士は見るからに使い込まれて風合いのある鞄から、いくつかの道具を慎重に取り出してテーブルの上に並べはじめた。
「ご興味がおありのようですね」
アスールの覗き込むような視線に気付いた博士が、取り出したばかりの白っぽい棒のようなものを持ち上げて見せてくれる。
「これは魔力量を測定するのに使う道具ですよ。ここを軽く握ると、その人の魔力に反応してこちらの部分が光ります」
よく見ると、博士が指し示した部分には目盛りのようなものが彫ってある。
「握るだけ? 握るだけで分かるのですか? 血は要らないのですね?」
お気に入りの焼き菓子を見つけ早速食べていたローザが、急に身を乗り出すようにして博士に質問をする。
「はいはい、そうです。握るだけです。痛いことはありませんので、どうかご安心下さい」
「良かったぁ……」
父王の後ろに居たバルマー伯爵が、博士の言葉に判りやすくホッとしたローザの方を見て小さく笑った。
ローザがそれに気付いて伯爵をにらみつける。
「姫様は痛くされないかが心配で心配で、きっとお昼の食事がちっとも喉を通らなかったとお見受けする。お茶のお代わりと、焼き菓子をもっと持って来させましょうか? ですが、ちゃんと後で私が食べる分は残して置いて下さいね」
「意地悪を言わないでっ! お代わりは結構です!」
バルマー伯爵は普段からこんな風によくローザを揶揄っているのだ。伯爵にはローザと同い年の娘が居るせいか、ローザの扱いが上手い。
「では、そろそろ始めようか。アスール、お前からだ」
準備が整ったと判断したカルロがアスールに促した。
博士は胸のポケットから短い杖を取り出すと、それで先程の棒を軽く叩いた。カチッと音がして白っぽかった魔力測定器が透明に変わる。
「では殿下、この部分をしっかりと握って頂けますか? そうです、そうです。私が『はい』と言うまでそのままお待ち下さい……ほうほう、これは素晴らしい!」
測定器を握っている手がじわっと温まって、何かが吸い出されていく感じがする。と同時に測定器の握っている部分、透明だったものが段々と青く変化して、それが徐々に伸びていく。
「はい。結構です」
博士は測定器をアスールの手から受け取ると、確認してからカルロに手渡した。
「八半か。なかなかの魔力量だ」
そう言ってカルロは測定器をアスールに差し出した。青く変化した部分は八と九と刻まれた目盛りの中央あたりまで伸びている。博士が説明をしてくれた。
「八半、これが殿下の現在の魔力量になります。魔力量は訓練により増やすことが可能です。学院で自身の魔力をコントロールする方法を学べば殿下も最高の値である “十” を獲得出来るやもしれません。将来が楽しみですな。では次にこちらを」
博士は今度は巻物のような物を取り上げると、紐を解いてテーブルの上に広げる。そこには複雑な円形の魔法陣が描かれている。
「先程の魔力測定器が青色に変化しているので、殿下の主たる属性は “水” だということが判りました。それ以外にも属性があるかどうかをこの魔法陣を使って調べることが出来ます」
そう説明しながら博士は再び杖を取り出すと、魔法陣の上をを丸を描くように撫でる。
「では、中央の何も描かれていない部分に手を置いて下さい。そうです。掌を押しつけるように。では、そのまま」
博士が言い終わらないうちに、中心から外へ向かってシミみたいなものが広がっていく。今度も魔力が吸い出されていくのが分かる。
「はい。結構」
アスールが手を離すと、博士は魔法陣がよく見えるようにそれを置き直した。
「では説明致しましょう。属性の種類は全部で八つ。一般的によく知られていて、尚且つその属性を持つ人が多いのが、火、水、氷、雷、風の五つですね。反対に、地、光、闇の三つはとても珍しい属性とされています。こちらの完全に端まで届いているこれが殿下の主属性の “水” です。それから、こことここ。半分ほど伸びているのが “風” と “雷”。つまりアスール殿下は水、風、雷の三属性持ちということになります」
「三属性ですか。水に関しては最強クラス。風と雷が有るのも良いですね。鍛え方によってはかなり強くなる。次回から訓練を少し工夫してみましょう」
乗り出すようにして覗き込んでいたディールス侯爵が口を挟む。
(もしかして今『次回から』って言った? 嘘だろ? 侯爵はこれ以上に僕を鍛える気なのか……もう勘弁してくれ)
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