52 アスールのブックマーカー(2)
王宮のカルロの元にピイリアが飛んで来たのは、アスールがレイフたちと一緒にリルアンに行った翌朝のことだった。
手紙を読んだカルロは、すぐに執務室に居た事務官の一人にフェルナンドを呼びに行かせた。この時間帯ならば、フェルナンドは殆どの確率で騎士団の訓練場に居る。
フェルナンドはすぐに事務官と共にやって来た。
「それで? アスールはなんと言って来たんだ? わざわざお前さんが儂を呼び出すくらいだ、緊急の要件なんじゃろう?」
執務室に入ってきたフェルナンドは、そのまま一直線にソファーへと向かい、どさりとソファーに身を沈めながらそう言った。
「私が前にアスールに渡した “ブックマーカー” について確認したいことがあると書いてありました。可能ならば、アンナ・ディールスに会って、直接彼女から話を聞きたいとも」
「アンナ・ディールスに会いたいだと?」
「ええ」
「それで、その “ブックマーカー” って言うのはいったい何のことだ?」
「ヴィルヘルムの遺品として、以前私がアスールに手渡した物です」
「ああ、双子を包んでいた布地に付けられていたと言うアレのことか……。今更何が知りたいと言うのだろうな、アスールは」
アスールがピイリアに付けて飛ばした手紙には詳しいことは書かれておらず、カルロもフェルナンドも、アスールがいったい何を知りたいのか計りかねていた。
「確か、アスールはこの週末に戻って来ると言っていたな?」
「はい。ローザと二人で帰って来る筈です」
「ローザも一緒にか?」
「そのようです。ギルベルトが二人と示し合わせてパトリシアのために何か作っているようですから、この週末にきっとそれをパトリシアに渡すつもりなのでしょう」
フェルナンドは運ばれてきたお茶を一気に飲み干した。
「それで? アンナ・ディールスを呼ぶのか?」
「そうですね。アスールがそう望んでいますし。彼女に何を聞くつもりなのかは分かりませんが、取り敢えずイズマエルにその旨伝えておきますよ」
ー * ー * ー * ー
「お帰り! 二人とも」
アスールとローザが馬車から降りると、ギルベルトが馬車寄せで二人の到着を待っていた。
「ただいま戻りました! お出迎えありがとう存じます」
ローザは荷物を放り出すと、左腕にレガリアを抱えたままギルベルトに飛び付いた。
レガリアは押し潰される寸前、ローザの腕からの脱出に成功したようで、ヒラリと地面に着地した。そしてゆっくりとアスールの足元まで歩み寄ると、勝ち誇ったような顔でアスールを見上げている。
アスールは笑い出しそうになるのを必死に堪えた。ここで笑ってしまっては、レガリアの矜持が保てない。
「お兄さま。お母さまへの贈り物はちゃんと完成しましたか?」
「ああ、なんとか昨日の夜に仕上げたよ。ローザが先に見たいと言うだろうと思って、まだリボンはかけていないよ」
ギルベルトは約束通り、夏季休暇の最後にアスールとローザが魔力を込めた魔鉱石を使った首飾りを無事に完成させたようだ。
なんとなく疲れたような顔をしているのは、きっと寝不足なのだろう。
「ああ、そうだ、アスール。父上からの伝言で、アスールは先ずは執務室に顔を出すように! とのことだよ」
「分かりました」
「アス兄さまだけですか?」
「そのようだね。ローザは僕と一緒に母上のお部屋へ行こう。母上がお待ちかねだよ」
ギルベルトはローザには見えない位置で、アスールに早く行くようにと手で合図をした。
アスールが執務室の扉を開けて中へ入ると、そこにはカルロとフェルナンドの他に、フレド・バルマー侯爵と、イズマエル・ディールス侯爵、それからアンナ夫人の姿があった。
「ただいま戻りました」
「お帰り、アスール。こっちへ来て座ると良いよ」
アスールはフェルナンドの隣に腰をおろした。目の前のソファーにはアンナが座っている。
「お前の希望通りアンナ夫人にも来てもらったよ。聞きたいことがあると手紙に書いてあったが、アンナ夫人以外の者が同席することに対して異議は無いかい?」
「もちろんです。皆様にはお時間を割いて頂き感謝します」
「うん。それで? 聞きたいのは “ブックマーカー” についてだったかな?」
「はい。これです」
そう言って、アスールは上着のポケットからブックマーカーを取り出すと、テーブルの上にブックマーカーをそっと置いた。
「実は先日、友人のレイフ・アルカーノとルシオ・バルマーの二人から、これと同じ物を持っている人を知っていると言われたのです」
「ルシオがそう言ったのですか?」
思わぬタイミングで息子の名前が出たことで、フレドが驚いた顔をしてアスールに尋ねた。
「はい。持ち主は、レイフの母親だそうです」
「リリアナが同じ物を持っているって?」
カルロが驚きを隠せないといった表情を浮かべて、アンナの方を振り返った。
そのアンナに対して夫であるイズマエルが、リリアナが誰のことを指すのかを説明している声がアスールの耳にも届いた。
「あのブックマーカーは、あの雪の日に殿下とローザ様を包んでいたスサーナ妃のショールに挿してあった物ですよ」
そう語ったのはフレドだ。
「その通りです。スサーナ様は、ご自身の肩からあのショールをお外しになり、私の目の前で、お二人を、そのショールで優しくお包みになりました」
アンナはその日のことを思い出そうとするかのように、ゆっくりと言葉を選びながら話している。
「そしてあのブックマーカーを手に取り、ショールに挿し留められたのです。あのブックマーカーは、ヴィルヘルム陛下の愛用のお品の筈です」
そう言い終えると、アンナの目からはらはらと涙が溢れた。
「そう聞いていたから、今の今まであのブックマーカーはヴィルヘルムの物だと思っていたよ。まさかスサーナの物だったとはな……」
「髪飾りだそうですよ」
「えっ?」
「リリアナさんがそう言っていたそうです。あれはロベルト公が子どもたち三人に贈った品物で、ブックマーカーとしても、髪飾りとしても使えるらしいです」
「それじゃあ、ニコラスも同じ物を持っているということか……」
フェルナンドがボソリと呟いた。フェルナンドも弟が子どもたちに贈ったそれを知らなかったようだ。
「それで、アスール殿下は何と答えたのですか?」
「えっ?」
アスールは突然のフレドからの問いかけに戸惑った。フレドの言わんとしていることが分からなかったのだ。
「ああ、申し訳ありません。私の言葉が足りませんでしたね。うちの愚息に何か聞かれたのでしょう? 殿下は、どうお答えになられたのですか?」
「ああ。詳しいことは何も分からないと。実際そうなので……」
アスールの答えを聞き、皆が押し黙った。
聡いルシオとレイフが、わざわざアスールを呼び出してまでブックマーカーのことを聞いてきたのだ。二人がそれなりの覚悟を持って臨んだことだろと、この場に居る全員が理解していた。
「いずれは伝えるんじゃ。それが少し早まるだけのことでは無いのか?」
そう言ったのはフェルナンドだ。アスールが顔をあげると、フェルナンドと目が合った。フェルナンドはいつもと同じ優しい笑顔でアスールに微笑みかけている。
アスールは大きく頷いた。
「二人に。いいえ、マティアスを含めた三人に、僕の真実を伝えても構いませんか?」
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