51 アスールのブックマーカー(1)
学院の夏期休暇が終わり、数日が過ぎていた。
「ねえ、アスール。今度の週末は……やっぱり王宮に戻るの?」
魔導実技演習の授業を終えたアスールが使用済みの道具を片付けていると、既に片付けを終えたらしいレイフ・アルカーノがアスールに声をかけてきた。
「やあ、レイフ。週末? 来週はギルベルト兄上と約束があるから必ず王宮に戻る予定だけど、今週は特に決めていないよ。何か僕に用事? もしかしてお祖父さまから呼び出されてたりする?」
レイフは週末に時々、アスールの祖父であるフェルナンドから王宮で剣術の指南を受けている。
中途半端なタイミングで学院の剣術クラブに入部したことで、他の部員と揉め、その解決のためにレイフは(何故か関係の無い筈の)マティアス・オラリエと剣術勝負をすることになったのだ。
それを聞いたフェルナンドがレイフに手解きと言う名の猛特訓を施した。もうかれこれ一年以上前の話になる。
「あー。そういうわけじゃ無いんだ。あのさ、今年の夏はアスールは島に来られなかっただろ? 時間があるなら少し喋りたいなと思って。ルシオも一緒に」
「そうなの? 良いけど……。寮の部屋……ってわけにはいかないか。じゃあ……」
アスールとルシオは貴族の子どもたち専用の東寮に暮らしている。西寮に暮らす平民のレイフは、貴族用の東寮に立ち入ることはできない決まりになっているのだ。
「もし良かったらリルアンに行かない? 久しぶりにあの店はどうかな?」
「リルアン? ああ、そうだね。あの店だったら、ローザもまた行きたがっていたな。ローザも誘っても良いかな?」
「えっと。実は……ちょっと話したいことがあるんだよね。できれば君とルシオの三人で」
「そうなの? 分かった。じゃあ、馬車の手配は僕がするね」
「今回も行きは別で。帰りだけ乗せて貰おうかな。店と食事は僕が予約しておくよ」
「了解!」
「そうしたら、次の光の日あの店で」
「ああ。ルシオには僕から伝えておくね」
ー * ー * ー * ー
「こんにちは!」
「おや。お久しぶりですね。ああ、そう言えば、学生さんたちには夏季休暇ってものがあるんでしたね。羨ましい」
この店の店員とも、もうすっかり顔馴染みだ。
去年の夏季休暇前にこの店に初めて足を運んでから、学院の外でレイフやレイフの兄のイアンと話をしたい時には何度かこの店で会っていた。
レイフとアスールの二人は魔導実技演習のクラスが一緒だが、レイフもイアンも元公爵令嬢の息子だという素性を隠しているため、大っぴらに王族であるローザやギルベルトと学院内で喋ることができないからだ。
「お連れさんはもう来てますよ。三番の部屋です」
「ありがとう」
この店の奥の廊下にはいくつも部屋が並んでいるのに、どういうわけか、何度来ても毎回 “三番” の部屋にアスールたちは通されるのだ。
三番以外の他の部屋がどんな設えになっているのか、実はアスールは非常に気になっていた。
「こんにちは、レイフ。待たせちゃったよね?」
部屋に入ると、既にテーブルには食事の準備ができていた。
「ああ。まあ、大丈夫だよ。もしかして、ルシオが寝坊でもしたの?」
「……ごめん。全くもってその通りです」
アスールの背後から顔を覗かせたルシオがレイフに謝る。
「図書室で見つけた本が面白くてさ。明け方近くまで読んでいたんだよね。そしたら起きれなかった。申し訳ない」
「へえ、そんなに面白い本なの? 今度、僕も読んでみようかな。なんて本?」
その時、ルシオのお腹がぐうぅぅっと盛大に鳴った。
「もしかして、ルシオ。朝、食べて無いの?」
「食べて無い」
「だったら、先ずは食事だね」
「そうして貰えると嬉しいよ」
食事をしながら、アスールはルシオとレイフから島での話を聞いた。
フェイやミリアの様子、シモンとルイスが凄く勉強を頑張っていること、今年はシーディンのオイル漬けは作ら(れ?)なかったこと、レイフの兄のイアンが海賊修行に励んでいる話などだ。
特に面白かったのが、タチェ自治共和国にジルも行ってしまってガイド役が居なかったにも関わらず、二人だけで裏山登山を強行して、二人で道に迷ってしまい散々な目にあった話だった。
「本当に? よく無事に下山できたね?」
「それがさ、危なくなるとどこからか動物が出て来るんだよね」
「そうそう! 急に飛び出して来たで猿に驚いて足を止めたら、そのちょっと先が崖だったり」
「道が二手に分かれていてどっちに進めば良いか迷っていたら片方に狼が居て、そっちに進めないから別の方を選んでみたら、それが正しい道だったりね」
「狼? もしかして凄く大きな銀灰色の?」
「違うよ。残念ながら普通の狼だったよ」
レイフが首を横に振った。
昨年の夏。アスールはあの裏山に暮らす “神獣サスティー” と会った翌朝、起きるとすぐにレイフにサスティーとのことを伝えた。
あの時もレイフは、神獣サスティーと出会える幸運を逃したことを非常に残念がっていたのだ。
「ねえ、アスール。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
ひとしきり島での出来事を話し終えると、ルシオが急に真面目な顔をして椅子にきちんと座り直した。思わずアスールも身構える。
「何? 改まって。どうしたの?」
「あのさ。アスールがいつも使っているブックマーカーのことなんだけど……」
「うん?」
「あれって、どういう品なの? 凄く大事にしているよね?」
アスールは話の内容が、急に自分の持っているブックマーカーの話題になったことに戸惑った。
「えっ? あれは、随分と前に父上に頂いた物なんだけど……どうして?」
「元々は陛下のブックマーカーだったってことだよね?」
ルシオもレイフも真剣な表情をしている。
「ええと、ちょっと話の意図が僕には全く見えないんだけど……。二人は何が知りたいの?」
「あのブックマーカーの出所だよ」
「出所? そう言われても……。小さい頃に父上から頂いて、それからずっと使っているけど……」
アスールがカルロからブックマーカーを受け取ったのは随分と前の事だ。本が好きで王宮の図書室に入り浸っているアスールに、カルロがあのブックマーカーをくれたのだ。
そのブックマーカーが実の父親であるヴィルヘルム・フォン・ロートスの持ち物だったとアスールが知ったのは、学院入学前、自分の本当の素性を知った数日後のことだった。
あのブックマーカーはアスールとローザを逃す際に、産みの母親であるスサーナ妃が双子を包んだショールに挿し留めていた物だとカルロは言っていた。
最期にスサーナ妃が双子の父親であるヴィルヘルム王の私物を託したのだろうと。
何故、レイフもルシオもアスールのブックマーカーに興味を持つのだろう?
わざわざこんな風に人目を避けるようにアスールを呼び出してまで、ブックマーカーの話をする理由がアスールには全く分からなかった。
「実は僕たち、アスールのブックマーカーとそっくりの物を見たんだ」
「えっ?」
「持ち主は僕の母親なんだよね」
「リリアナさん?」
レイフの言葉にアスールは耳を疑った。
「でも、全く同じじゃない。……色違いなんだよね」
「色違い?」
「そう。母さんの話だと、同じ物がもう一本あるんだって。持ち主はニコラス公」
「ニコラス公って……スアレス公爵のことを言ってる?」
「そうだよ」
「前スアレス公爵のロベルト公が三人の子どもたちに贈ったお揃いの品物だそうだよ。ブックマーカーとしても、髪飾りとしても使える品だってリリアナさんは言ってた」
ルシオが言った。
ルシオとレイフが言っていることが事実だとすれば、アスールの持っている “ブックマーカー” はヴィルヘルムの持ち物では無く、元々はスサーナの “髪飾り” だったことになる。
カルロが勘違いしていただけで、おそらくそれが真実なのだろう。
「……悪いんだけど、詳しいことは僕にも分からない」
急に真っ青になったアスールを見て、ルシオもレイフも言葉を失った。
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