50 ギルベルトの提案
「アスール、ローザ。ちょっと良いかな?」
王宮の図書室で、まだ残っている夏季休暇の課題の山を必死に片付けていると、ギルベルトがやって来て、アスールとローザの近くの席に腰を下ろした。
「今日は、お仕事はもうよろしいのですか? お兄様、お忙しいのでしょう?」
タチェ自治共和国を訪問したわけでもないローザは、遠に学院から出された夏季休業中の課題を終えている。特にすることも無いらしくアスールにくっついて来て、図書室で本のページをパラパラと捲っていただけだった。
そんなわけで、すっかり退屈しきっていたローザは、突然のギルベルトの登場にぱっと顔を輝かせた。
「ああ……。よろしくは無いかな。この後はまたすぐに執務室に戻るよ」
「なんだ、そうなのですね」
ローザの顔がまたすぐに曇った。ギルベルトはそんなローザの頭に手を乗せ、ぽんぽんと軽く叩いている。ローザのプラチナブロンドのクセのある髪が、それにあわせてふわりと揺れる。
「退屈そうだね、ローザ」
ギルベルトはニッコリと微笑んだ。
「そんなことは……ありません! 読みたい本もここには沢山有りますし」
「そう? まあ、忙しいのだったら、僕の用事は別に後でも構わないのだけれど……」
「何ですの? お兄様?」
ローザは完全にギルベルトの掌の上で上手く転がされている。アスールは思わず吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
「これなんだけど……」
ギルベルトが上着のポケットから取り出したのは魔力を遮断するケースだ。それをギルベルトはローザの目の前で開けて見せた。
「まあ、素敵! 薔薇ですか?」
ケースに入れられた魔導石を覗き込んでいたローザが溜息を漏らす。中に入っていたのは無色透明な薔薇を形取った魔導石だった。大きい物が一つ、それより小さいのが二つある。
「そうだよ」
「これも、お兄様が加工されたのですか?」
これもとローザが言ったのは、以前ローザもギルベルトから小さな薔薇のペンダントを贈って貰っているからだろう。
「まさか! こんなに細かい加工をするのは流石に僕には無理だね。これは専門の職人に頼んで仕上げて貰った物だよ」
アスールもケースを覗き込んだ。ローザが溜息を漏らしたのも頷ける。その透明な薔薇は花びらの一枚一枚が非常に繊細で美しい。
「魔導石って、こんな風に加工できるのですね。驚きました!」
「そうだね。依頼はしてみたけど、まさかこれ程の物が届くと思わなかったから、正直僕も驚いているよ。クリスタリアの魔導石職人の技術は、本当に素晴らしいね」
魔導石加工は、カルロが皇太子だった頃から国の産業として技術者を育成している。こういった宝石類は、今やクリスタリアを代表する輸出品だ。
「アスールの分もあるんだよ」
そう言って、ギルベルトはローザに渡した物よりもかなり小さいケースをアスールに手渡した。中には綺麗にカットされた透明な魔導石がいくつも入っていた。
「二人には、それらに魔力を込めてもらいたいんだ」
「「魔力を?」」
「そうだよ。お願いできるかな?」
「僕は構いませんけど……。でも、ローザは」
アスールは隣に座っているローザを振り返った。ローザは戸惑った様な表情を浮かべ、ギルベルトを真っ直ぐに見つめている。
「大丈夫。父上から許可はちゃんと頂いているよ」
「お父様の許可を?」
「ああ」
光の属性の持ち主であることを秘匿しているローザは、セクリタ以外の魔導石へ魔力を込める行為をカルロから禁じられているのだ。
「これらを更に首飾りに加工して、母上への僕たち四兄妹からのプレゼントにするつもりなんだ。ほら、見てごらん」
そう言って、ギルベルトはもう一つ小箱を取り出した。中にはアスールが受け取ったよりも少し小振りの水色の石がいくつかと、美しい緑色の葉っぱの形の石が数個入っている。
「もしかして、この葉っぱはアリシア姉上の?」
「そう! いつか何かに使えるかもしれないからね。国を出る前に姉上にお願いして魔力を込めて貰っておいたんだ。それを葉っぱの形に僕が加工した」
ローザがネックレスの中心となる薔薇を、アリシアが葉っぱを、アスールとギルベルトで飾りに使う魔導石を、それぞれの魔力で染め上げて母親へのプレゼントにするつもりらしい。
「素敵です!」
「そうですね!」
「そう思う? なら、良かった。学院に戻る前にお願いできるかな?」
「「もちろんです!」」
後期の授業開始に合わせ、アスールとローザが学院に戻るのは三日後だ。
「ローザの薔薇は大きいし、数も多いから、くれぐれも無理をしないようにね。一度にまとめて魔力を込める必要は無いよ」
「はい、お兄様」
「母上の体調が良くなるようにと願いながら、少しずつ魔力を込めていくと良いよ」
「分かりました!」
ローザは嬉しそうに返事をする。
ギルベルトのあの言い方から察するに、ギルベルトはローザの光の魔力が込められた魔導石を必要としているのだ。ローザ以外の他三人の魔力は色付けに必要な程度のようだ。
アスールがギルベルトの意図に気付いたことを察したらしいギルベルトが、アスールに軽くウィンクをして見せた。
「じゃあ、僕は執務室に戻るね。夕食の時にまた」
「「はい。また後程」」
ー * ー * ー * ー
「では、二週間後にまた戻って来ますね!」
「ああ。楽しみに待っておるぞ!」
「では、お祖父様。行って参ります」
夏季休暇の終了に伴って、アスールとローザが学院に戻る日がやって来た。今回もヴィオレータは剣術クラブの練習に参加すると言って、既に数日前に学院へと先に一人で戻ってしまっている。
「お姉様はどうして先に一人で学院へ戻られてしまったのでしょうね? この前は一緒に馬車で学院まで戻りましょうと仰っていたのに……」
馬車の窓からフェルナンドたちの姿が確認できなくなると、ローザはアスールに向き直り、不満気にそう言った。
「学院祭も近いし、練習に参加したくなったのではないかな? 優勝を狙っているのだろうし」
ローザに対してそうは答えたものの、実は西翼にザーリア姫が居を移してきた事が影響しているのでは無いかとアスールは考えている。
先日のザーリアとの顔合わせを兼ねたお茶会でのヴィオレータの様子を見るに、あの二人がすぐに打ち解けて仲良くなりそうな雰囲気はアスールには感じられなかった。
「タイプが違うしね……」
「えっ? 何ですか?」
「いや、何でもないよ」
ローザはザーリアのことも気に入っているようだし、ヴィオレータとも仲が良い。アスールは余計なことを言わないように、話の内容を変えることにした。
「母上の首飾り。どんな仕上がりになるのか楽しみだね。次に帰る時までには仕上がっているって仰っていたけど」
「そうですね。きっと素敵な物ができるでしょうね。楽しみですね!」
「そうだね」
パトリシアの誕生日が近いので、ギルベルトはその祝いの品にしようと計画しているのだ。
「でも、タチェ自治共和国からお帰りになってから、ギルベルトお兄様はずっとお忙しそうですけど……間に合うのかしら?」
アスールとローザが魔力を込めた石を含め、ギルベルトが兄妹四人分の魔導石の全てを、首飾りの土台に組み込む作業がまだ残っている。
「うーん。確かに、兄上はかなりお忙しそうに見えるよね……」
ギルベルトは午前中は第二騎士団に出向いて訓練等を行い、午後からはずっとカルロの執務室で仕事をしているようだ。
「兄上のことだから、きっと仕上げると思うよ」
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