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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第四部 王立学院三年目編
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閑話 ジュール・シェルンの独白

 私はジュール・シェルン。二十一歳。

 ひと月ちょっと前迄は、ガルージオン国の騎士団のうち “第五騎士団近衛隊” に所属する騎士の一人だった男だ。


 私はガルージオン国内には掃いて捨てる程多く存在する伯爵家の一つ、シェルン伯爵家の三兄弟の末っ子としてこの世に生を受けた。

 私は(自分で言うのもなんだが)とても幸福な幼少期を過ごしたと思っている。

 両親は、良くある貴族の政略結婚だったとは思えない程に夫婦仲は良好で、父には私の母の他には妻も愛妾も居ない。

 これはガルージオン国の爵位持ちの貴族では(嘆かわしい事だが)珍しい部類に属す。

 つまり、私と他二人の兄たちとは()()()両親が一致すると言うことだ。当然だが、兄弟の仲も悪くは無い。



 ガルージオン国は国王の継承者を筆頭に、貴族の家督の相続者も男子にしか許されていない。

 隣国には女王が善政を布く国や、女性の領主が領民から高い支持を得ている土地もあるというのに……。まあ、今それを私がとやかく言っても仕方のない事だ。

 話を戻そう。


 伯爵家の三男ともなれば、当然だが家督を継げる可能性は極めて低い。その場合どうすべきか? 道は多くはないが無い訳ではない。

 手っ取り早く男児に恵まれなかった家に婿入りするか、騎士団に入り実力で地位を得るか……。私は後者を選択したって訳だ。


 シェルン伯爵家の次男である私のすぐ上の兄も私と同じ選択をした。私たちは揃って近衛隊に配属され、私は第七夫人である叔母上の、次兄は第十二王女(従兄妹姫)の護衛騎士となった。



 私たち兄弟が近衛隊で働き始めて数年が経過した。

 ここ最近、王都では物騒な噂話が絶えない。王家の継承争いが表面化し、暗殺者が仕向けられただの、亡くなった夫人は病死ではなく本当は毒殺だったのではないかだの、そう言った話が王宮のあちこちで囁かれている。


 そんな時だ。従兄弟たちが乗る馬車が、新月の闇夜に強盗団と思われる賊たちに襲われたと言う話を聞いたのは……。


 二人の母親と、妹であるザーリア姫には伝えられていないが、馬車に乗っていた王子二人は馬車に乗り込んで来た数人の賊たちによって滅多刺しにされていた。

 騒ぎを聞きつけ兵士たちが駆け付けた時には、馬車の中は血の海で、既に上の王子は死亡、下の王子が生きていたことが不思議な位の惨たらしい状況だったそうだ。

 結果、なんとか生き延びることができた第十六王子も二度と自力では歩くことができない程の大怪我を右足に負ってしまった。



 ここから先に記すのは、あくまでこれは私の個人的な想像に過ぎない。不敬過ぎて口に出した途端に私の首はもちろんのこと、もしかすると私に関わる一族の首さえも落とされるかもしれない。

 それでも、私はこの思いを書かずにはいられないのだ……。



 先代のシェルン伯爵(私の祖父だが)も、私の父がそうであるように、家庭をとても大事にする人だった。

 そういったこの国では()()()()()家庭環境で育った叔母上を、ガルージオン国王は見つけ出し、かなりの年の差があるにも関わらず、周囲の反対を押し切る形で半ば強引に第七夫人にしたのだ。

 叔母上は子どもだった私から見てもとても美しい女性で、誰に対しても分け隔て無く親切で、その上小さい頃から聡明だったと聞く。

 ガルージオン国王は、この年若い叔母上を非常に寵愛し、叔母上は国王にとって名実ともに “最後の夫人" となったのだ。


 当然、叔母上に対する他の夫人たちからの風当たりは叔母上が王宮へ上がった当初から凄まじいものだったらしい。王の寵愛を一身に受ける上、ましてや身分的にはそれ程高いとは言えない伯爵家の娘だ。

 王が叔母上を庇えば庇う程、叔母上に対する他の夫人たちからの風当たりは増す。それは王の子どもとしては最後になる三人の兄妹たちが生まれたことで更に拍車がかかった事だろう。

 第十五王子以降、他の夫人や愛妾たちと王との間には、子どもは一人として生まれていないのだから。



 王の後継者として有力とされているのは、第二夫人の産んだ第二、第七。それから第四夫人のところの第十王子の三人だ。

 この三人は既に結婚し、それぞれ子どもが(父王に倣い夫人も)複数居る。

 勝手に三人とその母親とで後継者争いをしてくれている分には私の知った事では無い。だが、私の従兄弟がその争いの犠牲になった事は許し難い。ましてや一人は命を奪われたのだ!



 事件から数日が経ったある日、私と次兄は揃って叔母上が暮らす王宮内の離れに呼び出された。

 久しぶりにお会いした叔母上はすっかり別人の様だった。美しかったそのお顔に生気は無く、随分と痩せてしまっている様に私の目に映った。

 叔母上は泣き腫らした目で私たち兄弟を見据え、娘であるザーリア姫を一刻も早くクリスタリア国へと連れ出して欲しいと懇願したのだ。

 王は崩れ落ちそうになる叔母上をしっかりと支えながら、次兄に向かって言った。「護衛騎士として、姫と共にこの国を出て、()の国で生涯を姫を守って欲しい」と。



 確かに兄はザーリア姫の護衛騎士だ。だが、兄には既に婚約者が居り、その家への婿入りも決まっている。

 とは言え、一介の騎士が王命に逆らう事など決して許される事ではない。兄は何も言わずに王命を受け入れるだろう。受け入れるしか無いのだ。


「兄の代わりに私がザーリア姫様と共に参ります」その言葉は自然と私の口から流れ出た。私には兄と違いまだ婚約者は居ない。

 その上、私には今のこの国にも、この国の未来にも、見出すべき希望が全く見えない。



 今日。幸運にも私は、クリスタリア国の王族一家が勢揃いした場に、姫の従者として同席することが叶った。

 ザーリア姫の婚約者のドミニク殿下は第一王子ではあるが、彼の母親は第二夫人だ。果たしてどんな “顔合わせ” になるのかと冷ややかな気分で参加したそこは、私の想像を良い意味で裏切る、とても温かい場所だった。

 ザーリア姫は、この国で幸せに生きていく事ができるかもしれない。あの場に居たのは、そう思わせてくれる人たちだ。



 私は期待しているのかもしれない。姫の未来にも、それから私の未来にも。


 これは、誰かに宛てて書き始めた手紙と言うわけではない。

 誰の目にも触れないうちに……そうだな、きっとこのまま燃やしてしまうのが良いのだろうな。

お読みいただき、ありがとうございます。

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