48 ザーリア・ガルージオン
その後もなかなかザーリア姫のお披露目会は開かれず、お茶会という形で西翼のエルダから声がかかったのは、王立学院の夏季休暇が終了する一週間前のことだった。
お茶会の場所は、第二夫人のエルダがお気に入りの “赤の間” で行われた。
王宮の本館にはいくつも大広間があるが、“赤の間” や “緑の間” のように、その部屋の壁や家具の色によって名前が付けられている部屋がいくつかある。
“赤の間” はその名の通り、壁も絨毯も、家具に使用されている布地までもが赤を基調としている。アスールは正直、血の色を思わせるこの部屋が少し苦手だった。
ドミニクの婚約者のザーリア姫は、アスールの想像していた人物像とは違っていた。
ガルージオン国の出身と聞いて、てっきりエルダやヴィオレータのように、目鼻立ちのハッキリした、すっとした背の高い黒髪の令嬢を勝手に想像していたのだ。
実際にドミニクに伴われて “赤の間” に現れたザーリア姫は、背は高くはないが低くもなく、少しふくよかで、温かい印象を受ける明るい茶色の髪で琥珀色の瞳の令嬢だった。
「優しそうな方ですね」
アスールの隣でローザがそっと囁いた。
「そうだね」
ザーリア姫とドミニクが揃って着席すると、ザーリア姫の後方の壁際に、控えるようにして一組の男女が立っていることにアスールは気付いた。
女性の方はザーリア姫の母親と言って良いくらいの年齢の、落ち着いた感じの小柄な女性で、少しだけザーリア姫に顔立ちが似ているようにも見える。
男性の方はほっそりとして背が高く、緊張した面持ちだが、注意深く探るような視線で室内に居るクリスタリア王家の面々を観察している。こちらは、姫より少しだけ年上といったところだろうか。
ザーリア姫との顔合わせとして今回のお茶会に呼ばれ席に着いたのは、フェルナンドを含めた家族十人だけだ。
カルロが代表して、座っている家族を順々に紹介していった。
ザーリア姫は驚く程流暢なクリスタリア語で挨拶をした。
「ザーリア様は何がお好きですか? 日中は何をしてお過ごしですか?」
ローザはザーリアに対して次々に質問を投げかけ、ザーリアはにこやかにそれに答えていく。“赤の間” では楽し気なお喋りが続いている。
ザーリアはどちらかといえば、ヴィオレータよりはローザに近いタイプのようで、読書と刺繍が好きだと言った。
「まあ、刺繍がお好きなのですか? 私もです!」
「そうなのですか? ローザ様も?」
「はい。以前はアリシアお姉さまのお部屋で一緒に刺繍をして過ごしたりしていたのですが、お姉さまはハクブルム国へ行ってしまわれたので、最近はあまり……」
「では、これからはたまにで構いませんので、私とご一緒して頂けませんか?」
「ええっ。よろしいのですか?」
ローザが、驚きと喜びが入り混じった顔でザーリアを見つめている。
「ええ。もちろん」
カルロとパトリシア、それからエルダも笑顔で頷いている。
「嬉しいです! ああ、でも。もうすぐ学院の休暇が終わってしまうわ……」
「私はこれからずっとこの国に居りますので、学院がお休みでお戻りの時にでも、次の長期休暇の時でも構いませんわ。いつでもお声掛け下さいませ」
「はい! そうさせて頂きます」
それからも、ローザが次々と新しい話題を振り、ザーリアがそれに答える形で和やかにお茶会は進んでいった。
ドミニクは、末の妹と婚約者との間で繰り広げられている他愛も無いお喋りを始終笑顔で聞いていた。アスールは普段はあまり目にすることの無いドミニクの穏やかな笑顔に、思わず口元が緩んだ。
「なんだ、アスール? 何か言いたいことがあるなら聞くぞ!」
アスールの生温かい視線に気付いたらしいドミニクがアスールに声をかける。
「えっ。いえ、別に……」
焦ったアスールは口籠った。
「兄上が “お幸せそうだなぁ” とでも思っていたんだろう? ねえ、アスール?」
「えっ? あ、はい。そうですね。ザーリア様がお話されている様子を、ずっとニコニコしながら兄上が聞いていらっしゃるので……」
「うぐっ。そんな、こと、は……」
「ありますよね?」
ギルベルトが満面の笑みでドミニクに畳み掛ける。
「ま、まあ。そうだな。うん」
「まあ! ドミニク兄さまったら、お顔が真っ赤ですわ!」
「ローザ! そんなことはいちいち指摘しなくても……い、良いんだよっ!」
“赤の間” はクリスタリア王家一家の愉し気な笑い声に包まれていた。
「ああ、そうだ! 忘れないうちに皆にも紹介しておこう」
カルロが壁際に立っていた二人に合図をすると、二人は少しだけ前に進み出た。
「こちらの二人はザーリア姫と一緒にガルージオン国から来られた、シェルン伯爵家縁の方々だよ。話し合いの末、二人はこのままずっと我が国に残られることが決まった」
シェルン伯爵家とは、確かザーリアの母方の実家の家名だった筈。
「マーラ・ガインでございます。ザーリア様の侍女頭としてお支えさせて頂きます」
「ジュール・シェルンと申します。シェルン伯爵家の三男です。今後はザーリア様付きの従者として、クリスタリア国に骨を埋める覚悟です」
既に二十名居たうちの十五名の護衛騎士と、二名の料理人、男性の従者五名のうちの二名、それから十名居た侍女の半数がガルージオン国へと戻されている。
「半月後に行われるザーリア姫の正式な披露目の宴が終われば、こちらの二人以外に二人の侍女を残して、ガルージオン国から来られた者たちには国に帰って貰うことになった」
「確か、四十人同行されたのでしたよね? 残るのは四人だけなのですか?」
雑務を手伝っていたため多少なりとも内情を知るギルベルトですら、思わずこうして驚きの声をあげる程の大規模な縮小だ。
「そうだ」
カルロの答えに、ザーリアも、ザーリアの後ろに控える二人も、それからドミニクも頷いた。つまり、皆が納得した上での人選なのだろう。
「なあ、カルロ。そろそろ、例の件の打ち合わせの時間ではないのか?」
重苦しい空気を撃ち破るかような、フェルナンドの明るい大きな声が広間に響き渡る。皆の視線が一斉にフェルナンドに集まった。
「……? 打ち合わせ?……ああ、そうでした! フレドを執務室に呼んでいるんでした!」
カルロは急に予定を思い出したようで慌てて立ち上がった。フェルナンドもゆっくりと立ち上がる。
「じゃあ、今日のお茶会はこの辺でお開きじゃな。楽しい時間だったよ、ザーリア姫。これからはヴィスタルでゆるりと過ごせば良い」
「ありがたきお言葉、大変嬉しく思います。フェルナンド様」
「ではな」
「はい。陛下も、本日はありがとうございました」
カルロとフェルナンドは “赤の間” を出ていった。
「ドミニク兄上、騎士団の件で少し相談したいことがあるのですが……この後お時間、宜しいですか?」
「騎士団?……ああ、うん。もちろん構わないよ」
ドミニクの返事を聞くと、ギルベルトは今度はアスールに向かって言った。
「アスール、母上とローザをちゃんと部屋まで送ってね。頼んだよ」
「はい、兄上。母上、ローザ、戻りましょう!」
「そうね」
パトリシアはアスールが差し出した手を掴んで、ゆっくりと立ち上がる。
「エルダ様、今日は楽しい時間をありがとう。次は是非、私のお茶会へお越し下さいね」
「そうですわね。楽しみにしておりますわ」
「では、失礼します。行きましょう、ローザ」
「はい、お母さま」
「あの。ローザ様。一つお願いがあるのですが……」
席を立ちかけたローザに向かって、ザーリアがおずおずと切り出した。
「はい、何でしょうか?」
「できれば私のことも、アリシア様やヴィオレータ様と同じように “お姉さま” と呼んで頂けると嬉しいのですが……」
「えっ? よろしいのですか?」
「もちろんですわ」
「はい! ザーリアお姉さま! これからも仲良くして下さいね!」
「ええ。私の方こそ、よろしくお願いしますね」
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