47 十二番目の姫君
五日前のこと。ヴィスタルの王城に、ついにガルージオン国からザーリア姫と、姫に仕えるガルージオン出身者たち総勢四十名が到着した。
その内訳は、護衛騎士が二十名、ガルージオン国王の使者が三名、男性の従者が五名、料理人が二名、それから侍女が十名だそうだ。
思っていた以上の大所帯の到着に、西翼の住人たちはその対応に苦慮しているらしい。
「さすがに四十名は多過ぎると、エルダ様からガルージオン国王に、その日のうちにホルクを飛ばしてクレームを入れたそうだよ」
そう話すのはギルベルトだ。
王家としては正式にザーリア姫のお披露目をしていないため、ザーリア姫は東翼に暮らす者たちへはまだ紹介されていない。
ただしギルベルトに限っては、王宮府でカルロの執務の補佐をしている関係上、何度かガルージオン国王の使者たちとも顔を合わせ、既にいろいろと雑務を手伝わされているようだ。
「護衛の騎士は五人を残して数日後には帰路につくそうだ。料理人も同じタイミングで帰ることになるのではないかと聞いたよ」
「何のために料理人まで連れて来たのでしょうか? 西翼にはエルダ様がいらっしゃいますよね。ガルージオン国風の料理を作れる料理人も既にいるのでしょう?」
アスールがギルベルトに質問する。
「クリスタリアの王宮がザーリア姫にとって絶対に安全だと判断できないうちは、姫の周りを自国の者だけで固めるつもりだったのだろうね」
「本気でクリスタリアにも危険があると考えているのですか?」
「さあ、どうだろうね。噂では、ザーリア姫はガルージオン国王のお気に入りの末姫で、今回の輿入れに絡む人選他、ザーリア姫に関する全てに対して、王が口を出されているという噂だよ」
以前ヴィオレータがガルージオン国王には王子が十六人、姫君が十二人も居ると言っていた。全部で二十ハ人も居る子どもたちの中で、この娘はお気に入りとか、こっちの息子はお気に入りじゃ無いとか、そんな違いがあるのだろうか?
アスールには正直理解し難い感覚だった。
「まあ、今回ドミニク兄上との婚約の件を積極的に勧めたのは、ガルージオン国王とザーリア姫の母上だって話だから、そんな二人がクリスタリア国を全く信用していないってことは無いだろうけどね」
どうやらギルベルトは、ザーリア姫一向の到着からほんの数日にしてガルージオン国の使者の一人と仲良くなったようで、一緒に雑務しながらいろいろと話を聞き出しているようだ。
この数年ガルージオン国では、王の妃たちと、その子どもたちが王位を巡って骨肉の争いを繰り広げていていると言う。
「それに巻き込まれるのを恐れたザーリア姫の母君が、ドミニク兄上が婚約者を探しているって話を聞いて、国王にザーリア姫を兄上の婚約者に推薦して欲しいと直訴したんだそうだ」
思った以上に話は深刻そうだ。
「それだと、最悪我が国もガルージオン国の継承権を争う確執に、今後巻き込まれることになるのではありませんか?」
「それは無いと思うよ」
「何故です?」
「ガルージオン国では、そもそも姫たちに継承権は無いそうだからね」
「つまり……争っているのは十六人の王子たちって事ですか?」
「いや。既に何人かは命を落としているって話を聞いた。まあ、どこまでが真実かは……ちょっと分からないけどね」
「それで? ギルベルトお兄さまは、もうザーリア姫様とお会いになりましたの?」
ローザがギルベルトに尋ねる。ローザの興味の矛先はガルージオン国の継承権争いではなく、ザーリア姫だけのようだ。
「まさか!まだ会っていないよ!ザーリア姫は到着して以降ずっと部屋に籠ったまま、殆ど部屋から出て来ていないらしいよ。食事も自室に運ばせているようだし……」
「そうですか」
「数日中には披露目前の顔合わせの席が用意させるだろから、その時には会えるだろと思うよ」
ー * ー * ー * ー
「私もまだお会いできていないのよ」
「まあ、ヴィオレータお姉さまもなのですか?」
「ええ。なんだかとてもザーリア姫の周りが神経質になっている感じがするわね。前回こちらにいらっしゃった時は……全然そんな感じでは無かったと思うのだけれど。どうしてしまったのかしらね?」
アスールとローザが、夏季休暇中の課題を仕上げるために王宮の図書室に行くと、既にヴィオレータが一人座って本を読んでいた。
ヴィオレータの暮らす西翼は、例のガルージオン国からの一向によって相変わらず騒然としているらしく、ヴィオレータはここ数日、日中の殆どの時間を図書室で過ごしているのだとアスールとローザに打ち明けた。
「ドミニク兄上はあんな感じでしょ? ザーリア姫が来られたというのに、普段と変わらず毎日騎士団の訓練所へ行ってしまわれるし……。あれでは早々にザーリア姫から愛想を尽かされてしまうわね」
ヴィオレータはヴィオレータなりに気を揉んでいるようだ。
「どうして皆がそんなに神経質になっているのですか?」
「ああ……そうね。これは母上から聞いた話しなんだけれど、どうやらガルージオン王家のゴタゴタは相当酷いみたいなのよ」
ザーリア姫がガルージオン国を出発するのは、本来ならばもう少し先の予定だった。
ところが、ガルージオン側から急に「できれば夏前には入城したい」と申し入れがあった。慌てて改修工事を行ったが希望の日程では到底間に合わず、結局先週どうにか西翼へと受け入れが完了したのだが……。
「ザーリア姫は早々にガルージオン国の王都にある王宮を出発してしまって、途中幾つかの街に滞在して時間を潰し、日程を調整しながらヴィスタルまで来たらしいわ」
「そうなのですか?」
「ええ、そう聞いたわよ」
「そこまでしても、一刻も早く王宮を離れたい理由があったってことですよね?」
「……そうなのでしょうね」
「エルダ様はその理由を知っていらっしゃる?」
「と思うわ。……教えては頂けないけれど」
そう言って、ヴィオレータは淋しそうに笑った。
「そう言えば姉上。留学先が決まったそうですね」
アスールは慌てて話題を変えた。
「ええ、そうなのよ。貴方とギルベルト兄上がお留守の間にいろいろあって……。でも、どうにかこうにか留学を認めて頂けたわ」
ヴィオレータに笑顔が戻った。
「ダダイラ国だそうですね」
「そうなの。ダダイラ王立学舎よ。一年間だけ、留守にするわね」
「はい。戻られたら最後の一年間は僕と姉上は同級生ですね! まあ、同じクラスにはなれませんが」
「つまり、アスールは “騎士コース” は選ばないってことね?」
「はい。“文科コース” に進もうと考えています」
「クラスが別でも、最終学年は行事が多いし、きっといろいろ一緒に参加できるわね。それはそれで楽しみだわ!」
「僕もです!」
“おっほん!” ローザが少しわざとらしい咳払いをした。
「良いですね、お二人とも楽しそうで」
「「えっ?」」
アスールとヴィオレータが音がした方を振り返ると、腕組みをしたローザが呆れ顔でアスールを見ている。
「アス兄さま。兄さまは夏季休暇が始まってすぐにどちらへ行かれていましたか?」
「タチェ自治共和国だけど?」
「そうですわね。あちらでは、毎日お忙しかったのでしょう?」
「うん。まあ、そうだね」
「あちらへも夏季休暇中の課題はお持ちになったようですが……」
「……殆ど手付かず、だよ」
「でしたら、お喋りばかりしていないで、課題を進めた方がよろしいですわよ。そうでないと、再来年お姉さまと同じ学年になる前に、来年私と同じ学年になりましてよ?」
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