閑話 テレサ・ルーンの独白
私の名前はテレサ・ルーン。年齢は十五歳です。
生まれたのはクリスタリア国のウーレンという海辺の小さな魚村。その村で暮らしていたのは、私の家族を含めてもたった五軒だけの、本当に小さな集落です。
私と、同じ村で暮らしていた姉のような存在だった女性が人攫いにあったのは、もう三年も前のことです。
私たちは船に乗せられて、他にも連れ去られて来た女性たちと一緒に知らない言葉を話す、知らない国の、知らない場所に連れて行かれました。
そこは、頭がくらくらする程独特な甘ったるい匂いのする場所で、女性たちは何人かずつに分けられ、迎えに来た人に連れられて行きました。
一緒にウーレン村から攫われたお姉ちゃんともそこで別れ、それ以来会えていません。
私は最後に一人だけ部屋に取り残されました。
今思えば、幼過ぎて私には買い手が付かなかったのだと解ります。その場を取り仕切っていたのは花街の女衒でしたから。
私は今すぐ使えなくても、下働きにはなるだろうからと、一軒の大きな屋敷に連れて行かれました。後になって分かったことですが、そこはサスランで一番大きな青楼でした。
私にとって幸いだったのは、その店がサスラン一の大店で、上客しか相手にしていなかったこと。
店の主人は私を下働きとして働かせ、空いた時間は私に数ヶ国語の言葉や作法、芸事を学ぶように言いました。特に言葉に関してはかなり厳しく仕込まれました。
私は綺麗な服を着せられ、お客がお姉さんたちの部屋へ通される前のお茶の接待係兼、小さな通訳として、それなりの厚遇を受けていました。
その私の役割が変わる日が来ると分かったのは、私が十五歳になる日の半月程前のことでした。店の主人から十五歳になったらすぐに客を取るようにと伝えられたのです。
本来その店で働いている(働かされている)のは皆十六歳以上の女性です。でも、どうしても若いクリスタリア人の女の子が必要になったらしく、店の主人は私の店出しを早める気になったのでしょう。私は絶望しました。
そんな時、たまたま買い出しを頼まれて寄った “香木堂” で、買い物をしているクリスタリア国の二人の王子殿下と出会ったのです。
私は逃げるなら今しか無いと決心しました。見つからないよう細心の注意を払い、なんとかクリスタリア国旗を掲げた商船に忍び込むことに成功しました。
私は、多分他人から見ればかなり不幸な人生を送っているように見えるでしょうが、そんな中にあっても、常に最終的には幸運を引き当てられていると思っています。
私が忍び込んだ船が王子たちを乗せたアルカーノ商会の船で無かったら、私は恐らくサスランの店に送り返されていたか、乗り込んだ船で一生こき使われるか、別の場所へ奴隷として売られるか、海に投げ捨てられる選択肢だってあったと思うのです。
そんな中、私は二度と帰ることは無いものと諦めていた故郷の地を踏み、再び両親に会う夢が叶ったのです。
とは言え、今後、私は生まれ育った大好きなウーレンの村で、家族と共に暮らすことは二度と無いでしょう。
三年の月日は、私が想像していた以上に長い時間だったのです。
王都での聞き取りが終了し、バルマー侯爵が手配して下さった立派な馬車で、ジルさんとヒルダさんの兄妹に付き添って貰い、私はウーレン村に戻りました。
村自体は見たところ何も変わった様子はありませんでしたが、私の生家は全く様変わりしていました。
あの事件の直後に兄が隣村の女性と結婚し、子どもが産まれていたのです。私にとっては可愛い甥っ子です。義姉は更にもう一人お腹に赤ん坊が居ると言う事でした。
私の帰るべき場所は、もう私の生家にはありませんでした。
両親も兄も義姉も(口では)私の帰宅をとても喜んでくれましたが、内心では戸惑っているように見えました。それどころか、私の存在に対して、今後の対応に苦慮しているようにさえ思えたのです。
事実、私の両親と兄とで、一緒に攫われたお姉ちゃんの家に何と言えば良いのか分からないとか、事実はとてもじゃ無いが告げられないとか話しているのを耳にしました。
私は決断に迫られました。
数日のんびり構えて居られる程、私の村は大きくありません。立派な馬車が私の生家にやって来た事など他の四軒には筒抜けです。
「一緒に来る?」私の肩を抱いて、ヒルダさんは優しくそう聞いてくれました。
私は黙って俯いたまま頷くことしかできませんでした。涙がポロポロ流れ落ちて来て、どうしても止めることができませんでした。
私は俯いたまま顔を上げることはできませんでしたが、目の前に立つ母も、私と同じように泣いていることだけは分かりました。
その後は涙が止まらずに何も話せない私に代わって、ジルさんが両親と兄とで話し合ってくれているのを、私はヒルダさんの横に座ってただじっと聞いていました。
私はアルカーノ商会で働くという形で、今後はテレジアという街でヒルダさんの家族と一緒に暮らすことになるということを、その時初めて知りました。
テレジアは、田舎者の私の両親でさえ知っているような大きな貿易港のある街で、アルカーノ商会といえばこの国でも有数の大商会です。両親と兄はさぞかし驚いたことでしょう。
一緒に攫われたお姉ちゃんの家には、バルマー侯爵の指示で王宮府の職員が向かったそうです。
たまたま訪れた他国で私一人が保護され、私はお姉ちゃんの行方に関しては全く知らないということで話を押し通すそうです。
私の生家と、お姉ちゃんの家には王宮府からフェルナンド様のご厚意で少額の “見舞金” が支払われることになるとバルマー侯爵から教えて貰いました。
フェルナンド様やバルマー侯爵にとっては少額かもしれませんが、村で暮らす私の家族や、お姉ちゃんの家族にとってそれは、決して少額とは言え無い金額だと想像します。
今後このことが、村の他の三軒との火種にならなければ良いのですが……。
私はその後すぐに、また馬車に乗って王都へ向けて出発しました。
今はまだ先のことを考える余裕は私にはありませんが、少なくとも私は今はもう絶望の中に居るわけではありません。
これから先は、明るい未来を自分の手で掴み取る可能性を信じて生きていこうと思っています。
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