45 久しぶりの我が家(2)
「では、二日程お休みを頂いて、その後すぐに聞き取り調査を開始致します」
「ああ、頼んだ!」
アスールとギルベルトがカルロの執務室に入っていくと、丁度フレドが報告を終えたところだった。既に執務室に息子のラモス・バルマーの姿は無い。
「「ただいま戻りました、父上」」
「おかえり、二人とも! おや、ラモスも良い色に日焼けしているなと思ったが、お前たちも負けていないな」
そう言うと、カルロは立ち上がって二人の息子を順に抱きしめた。
「無事に戻って何よりだな。二人とも、収穫はあったか?」
フレドがカルロとフェルナンドに挨拶をして執務室から出て行くと、カルロは息子たちにソファーへと座るように合図を送った。使用人が四人分のお茶の用意をしはじめる。
「さあ、じゃあ話を聞こうか」
カルロは使用人たちが退出したのを見届けた後で、息子たちに向かってそう切り出した。
「既にフレドから粗方今回の旅の様子は聞いたが、二人からもそれぞれ話を聞きたいと思っている。特に、サスランで保護した少女の件と、タチェに来ていたというレオンハルト・フォン・ロートスに関して重点的に聞かせて欲しい」
カルロは三日後、サスランで保護したテレサと、ジルとヒルダのクラン兄妹を王宮に召集しているそうだ。それまでにギルベルトとアスール目線での、当時の状況をカルロは聞きたいらしい。
「……と言うことは、もしアスールが店内で支払いをしていたギルベルトに声をかけなければ、その少女はお前たちがクリスタリア人だと気付かなかったと言うことになるのだな?」
「そう思います。僕は店員とはゲルダー語で会話をしていたので」
「成程な」
「じゃとしたら、随分とその娘は運が良いのぉ。たまたま居合わせたのが、祖国から来ていた王子たちだったなんて! そうあることでは無いぞ」
ずっと黙ってギルベルトとカルロの会話を聞いていたフェルナンドが話に加わって来た。
「まあ、攫われている時点で……運が良いとは言えないとは思いますけどね」
「ははは。確かにそうじゃな!」
フェルナンドは豪快に笑った。
「あの……」
「なんだ? アスール。どうかしたか?」
「追手が来たりとかはしないでしょうか?」
「その少女に対してか?」
「はい」
「それは無いだろう。先程の話を聞く限り、サスランに入港する船はかなりあるのだろう? 逃げた少女が乗り込んだ船を特定するのも難しい上に、他国の船に対して唯の子どもの捜索依頼をするのはまず不可能だ。ましてその子どもが、他国から不当に拐って来た被害者となれば尚更な」
「そうですか」
アスールはカルロの答えを聞いて少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
薄暗い船倉で発見され、店に戻りたくないと必死に訴えていたテレサの顔を思い出す度、アスールは胸が締めつけられる。
最後にメーラ国の海岸で話した時は、強い日差しの下、テレサの顔には時折だったが確かに笑顔もあった。
ただ、あの日のヒルダの言葉にアスールは引っかかるものがある。
テレサが故郷の村に戻ることが「最善の策かどうか分からない」とヒルダは言っていた。あれは一体どういう意味だろう?
「聞き取り調査が終われば、彼女は生まれ故郷の村に帰すのですよね?」
「そうなるだろうな」
「一人で?」
「まさか! 故郷の村までは騎士か、王宮府の誰かに送らせるつもりでいる。それに、まだあの子は未成人だろう?」
「出会った時に、すぐに十五歳になるようなことを聞いた覚えがあります」
ギルベルトが言った。
「いずれにせよ、家族にも説明せねばならんじゃろ? ずっと行方が分からなかった娘がある日突然家に帰って来たら、それはそれで大騒動になる。それが小さな村なら……尚更じゃろうしな」
フェルナンドはそう言いながら伸ばした顎髭を弄っている。あれはフェルナンドが何か考え込んでいる時によくする仕草だ。
「明後日はジル・クランと、妹のヒルダからも事情を聞くつもりなので、その点も踏まえて話をしますよ」
「そうじゃな。それが良い。一歩違えば、ローザが同じ目に遭っていたかもしれないと想像すると肝が冷える」
「ええ、そうですね」
「あの娘には、できるだけのことはしてやってくれ」
「はい。そのつもりです」
「頼んだぞ、カルロ」
その後は、ギルベルトがゲール州の領主のお茶会に招かれ、そこで領主のヨハン・ミュラーから紹介されたレオンハルト・フォン・ロートスの話題へと移った。
「そうか。フレドはその子どもがヴィルヘルムの血縁の可能性も捨てきれないと思っているのだな?」
「似ている部分もあると言っていましたね」
カルロはフレドからは、まだレオンハルトについての詳細は聞いていなかったのだろう。
「彼は何度も “母親の祖国” と言って、クリスタリア国に対して非常に興味がある素振りを見せていました。王立学院へ留学を希望しているような話もありました」
カルロとフェルナンドは揃って渋い顔をしている。
「彼は何も知らされてはいないでしょうね。陰謀に加担している風には全く見えませんでした」
「そうなのだろうな」
「それから、スサーナ妃の姿を描いた肖像画の類は、全てあの日に起こった火災で失われているようです。絵ですら母親の姿を一度も見たことが無いと言っていましたから」
ギルベルトの言葉を聞いてフェルナンドは大きな溜息を吐いた。
「そもそも、スサーナはその子どもの母親では無いがな」
カルロは吐き捨てるようにそう言った。怒りの余りカルロの握った拳が小刻みに震えている。
「大方、スサーナの肖像画は故意に燃やされたのだろうな。似ているところがこれっぽっちも無くて、次期王が “偽者” であるとの疑いを持たれることを恐れての所行じゃろ。愚かなことだ」
アスールはロートス王国にあった筈の産みの母親の肖像画が全て焼失していたことを、今初めて知った。
「ごめんね、隠していて」
アスールが真実を知ればショックを受けるだろうと思い、ギルベルトは敢えて肖像画に関しての情報を告げずにいてくれたのだろう。
「スサーナの肖像画ならば、スアレス公爵家に行けばいくらでも見られるぞ!」
「そうなのですか?」
「ああ。お前さんが忘れているだけで、何度も目にしている筈だがな……」
「えっ?」
「儂が二人を連れてスアレス邸に行くと、ロベルトがまだ小さなお前たち二人を、よくスサーナの肖像画が飾られている部屋へと連れて行っていたのを、儂は何度も目撃しておるぞ。記憶に無いか?」
フェルナンドが懐かしそうにそう言った。既に亡くなっている前スアレス公爵のロベルトは、フェルナンドの弟だ。
「まあ、まだ二人とも小さかったからな。仕方あるまい。お前たちを抱いたロベルトがその部屋から戻って来た時には……大抵ヤツの目が赤かったのを憶えておる」
前スアレス公爵のロベルトは、娘の忘れ形見の双子を連れて娘の肖像画が飾られている部屋へと籠り、何を思っていたのだろうか……。
アスールは鼻の奥がツンと痛むのを感じた。
「その肖像画は今でもスアレス公爵家にあるのですか?」
「もちろんあるぞ。今もあの部屋はそのままにしてある筈じゃよ」
「……そうですか」
「見に行きたいか?」
フェルナンドはアスールの顔を覗き込む。
「いいえ。今はまだ」
「そうじゃな。そのうちあそこにある沢山の肖像画の中から “とっておきの一枚” を儂がニコラスに言って貰ってやる。それをいつかお前さんの手でロートス王宮に飾ってやってくれ。そうじゃ、そうじゃ、それが良い」
そう言って笑うフェルナンドの目も真っ赤だった。
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