44 久しぶりの我が家(1)
「うわぁ、凄い!」
「ジェガの街も綺麗だと思ったけど、朝日を受けるヴィスタルの街は圧倒的な美しさですね!」
いよいよ旅の終わりが見えてきた。
「朝日を受けてキラキラと輝くヴィスタルの街の美しさは、船乗りの間では広く知れ渡っていて、敢えてこの時間帯を狙って入港する船もとても多いんですよ!」
アスールたちがデッキから段々と近付いて来るヴィスタルの街を興奮気味に眺めていると、ジルが声を掛けてきた。
「そうらしいですね。以前アーニー先生からそう教えて貰いました」
「ああ。そう言えばエルンストも、他所から船でヴィスタルに入って来た一人でしたね」
ジルは目を細めた。
「港に姫様が迎えに来ているそうですよ!」
「えっ、ローザが? こんな早朝に?」
あの寝坊助のローザが、わざわざ早起きをして港まで迎えに出ているなんて驚きだ。アスールは思わず自分の耳を疑った。
「ええ。先程バルマー侯爵のところにホルクが飛んで来ていましたから。あっと、これはもしかして殿下たちには内緒にしておくべき話だったのかな?」
「そうかもしれませんね。でも、大丈夫ですよ。僕たちはローザの出迎えに驚いて見せることぐらい、簡単にやってのけますからね」
ギルベルトがそう言って笑っている。すぐ横でラモス・バルマーが何度も大きく頷いた。
もうヴィスタルは目の前だ。皆久しぶりの王都への帰還に、自然と笑顔は溢れてくるものらしい。
ローザが港に来ているということは、フェルナンドもきっと一緒に違いない。ホルクを飛ばしてきたのは、間違いなくフェルナンドだろう。
早く二人に会いたい! アスールはまだ見える筈も無い二人の姿を必死になって探している自分に気付き、一人顔を赤らめた。
「お兄さまーーーー!」
ギルベルトに続いてアスールが船から降りると、二人の兄に気付いた小さなローザが、大きなフェルナンドの横で両手を大きく振ってぴょんぴょん飛び跳ねているのが目に入った。
手を振って合図を送ると、それに気付いたローザはすぐにドレスを両手で掴み上げると、必死の形相で(そんな姿であってもローザはもちろん可愛いのだが)兄たちに向かって走り寄って来る。
その後ろをフェルナンドが慌てて追いかけて来た。
荷物を下ろし、両手を広げて待つギルベルトの腕の中に、ローザはそのままの勢いで飛び込んだ。
「おかえりなさい! ギルベルトお兄さま!」
「ただいま。ローザ!……貴婦人はそんな風に走ったりはしないものだよ」
そう口では苦言を呈しながらも、ギルベルトは満面の笑みをローザに向けている。
「今日は特別ですから、ちょっとくらいは良いのです! アス兄さまもおかえりなさい!」
そう言って、ローザは今度はアスールに抱きついた。
「ただいま、ローザ!こんなに朝早く迎えに来てくれているなんて驚いたよ!」
「ふふふ。バルマー侯爵から朝早くに船が到着すると連絡が入ったと、お父さまから昨晩教えて頂いたので、びっくりさせたくてお祖父さまにここまで連れて来て頂いたのです!」
「そうだったんだ! 出迎えありがとう! 驚いたし、嬉しいよ!」
「やりましたね! お祖父さま!」
ローザは嬉しそうに、得意満面の表情でフェルナンドの方を振り返った。フェルナンドがそんな孫娘の笑顔に、これ以上は無いくらいに目尻を下げている。
「おかえり。三人とも随分と日に焼けたな。逞しくなったように見えるぞ」
フェルナンドの言葉に一緒に居たラモスが破顔した。ラモスもフェルナンドの信奉者の一人だ。
「フェルナンド様! おやおや、ローザ様もご一緒でしたか!」
フレド・バルマー侯爵がゆっくりと近付いて来た。ローザが来ている事など百も承知だった筈なのに、フレドもやはり驚いたような表情をして見せている。
揃いも揃ってやはり役者だ!
「おかえり、フレド! 長旅、ご苦労だったな」
「恐れ入ります」
「苦労ついでに、カルロからの伝言じゃ。このまま城へ入り、報告を済ませるように! だそうだぞ。それが終わり次第、数日休暇を取っても良いとも言っておった」
「左様ですか。実際に休暇が取れるのは……果たしていつになることか」
ー * ー * ー * ー
王宮へ戻ると、フレドは息子のラモスを伴ってカルロの執務室へと直行した。
ギルベルトとアスールは、フェルナンドから「執務室へ行くよりも先に、パトリシアに元気な姿を見せるように!」と言われ、母の寝室へと向かった。
「「母上、ただいま戻りました!」」
まだ朝早いということもあって、パトリシアは寝台に座ってはいたが、二人が予想していたよりもずっと顔色も良く元気そうだった。
「おかえりなさい。ギルベルトもアスールも元気そうで安心したわ。疲れたでしょう?」
「問題ありません」
ギルベルトが答えた。
「アスールはどう? 初めての他国訪問は楽しめたの?」
「はい、お陰様で。タチェ自治共和国の他にも、行きにはローシャル国のサスランという町に、帰りにはメーラ国の……。あれ? そういえばあの港町の名前を聞くのを忘れていました」
「そう言えばそうだね」
ギルベルトも笑っている。
メーラ国の小さな港町。たった一泊とはいえ、二人揃ってバルマー家の息子になりきって町を堪能した割には、二人とも肝心の町の名前を聞かなかった。
アスールとギルベルトはローザに聞かれたとしても差し障りのない話を選んで、ざっと今回の旅の様子をパトリシアとローザとフェルナンドの三人に話して聞かせた。
ローザは時々興奮したように質問を繰り返し、パトリシアは始終ニコニコ微笑みながら息子たちの話に耳を傾け、フェルナンドは少し離れたソファーに腰掛けて親子四人の様子を満足そうに見つめている。
「そろそろカルロの執務室に移動した方が良い頃じゃないか?」
懐中時計を確認しながらフェルナンドが二人に声をかけた。パトリシアの部屋に来てから、確かにもう随分と時間が経過している。
「本当だ! 僕たちが行かないと、いつまで経ってもバルマー家の二人が家に帰れませんね、兄上」
「そうだね。これ以上父上の側で仕事を続けたら、バルマー侯爵が過労で倒れてしまいかねないね」
ギルベルトが縁起でもないことを言っている。
「がっはっはっ。確かにそうじゃな!」
フェルナンドが大笑いしながらギルベルトに同意した。
「それでは、母上。僕とアスールは一旦執務室へ赴き、父上に今回の旅の報告を済ませて来ます」
「そうね。それが良いわ。バルマー侯爵にも宜しく伝えてね」
「はい。では、また後程」
ギルベルトとアスールは立ち上がった。
「ねえ、お兄さま。お昼のお食事は皆で一緒に食べられるのかしら?」
ローザがギルベルトに聞いた。
「ちょっと分からないな。もしかすると僕は無理かもしれない。父上への報告事項が沢山あるからね。でも、多分だけど……アスールは大丈夫じゃないかな」
「本当に?」
ローザがアスールを見る。
「えっ! どうだろう。兄上がそう仰るならそうかも。ちょっと分からないけど。無理そうなら早目に知らせるよ。それで良いかな?」
「はい」
「二人が無理でも儂はローザと一緒に食べられるぞ!」
フェルナンドがローザの頭の上に、そっと大きな手を置いた。頭に手を乗せたまま、ローザはフェルナンドを見上げて嬉しそうに微笑んだ。
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