閑話 ジル・クランの独白
俺の名前はジル・クラン。二十五歳。ああ、もうすぐ二十六歳だな。
職業は、表向きはアルカーノ商会のテレジア支店の商人ってことになっているが、本業はオルカ海賊団に籍を置く海賊だ。
オルカ海賊団の頭領のミゲル船長の下で、一応主船の副船長を任されている。
つい先日、俺の友人が婚約したと聞かされた。それも奴本人から直接聞いたのでは無く、奴が敬愛するアスール王子殿下の口からだ。
その友人というのは、エルンスト・フォン・ヴィスマイヤーと言う名のロートス王国のお貴族様で、俺の国クリスタリア国の王家の友人で、ハクブルム国の次の王妃の補佐役ときている。本来だったら、俺のような人間とはどう考えても関わりを持つような男じゃない。
だが、俺たちは友人になった。
俺たちの出会いは今から二年前。
うちの頭領の三男坊が、夏の休暇に学院でできたっていう友だちを二人連れて島へ帰って来た。そのうちの一人っていうのが、驚いたことにこの国の第三王子のアスール殿下で、殿下は側仕えと護衛騎士を一人ずつ連れてやって来たんだ。
俺は元来、貴族って連中が正直なところ好きじゃない。彼奴らに関わると碌な事にならないって、身を持って持って知っているからだ。
だから「島に居る間、皆の面倒を見てやって欲しい」とリリー姐さんに頼まれた時は、面倒臭え事になったと最初に思ったよ。
でも、ある朝、今度は頭領から頼まれて、エルンストと手合わせをする事になった。
正統なお貴族様の剣と、俺のような海賊の剣とじゃ、手合わせったって所詮遊びに過ぎないんだろうって思ってた。剣を合わせてみるまではね。
お遊びなんてとんでもない。奴は本気でかかってきた。
その上、頭領が使う短剣や、俺の双剣が気になるみたいで、見せてくれだの、触らせてくれだの、仕舞いには使い方を教えて欲しいと頼み込んできたんだ。
「私にはどんなに無様でも守らなければならない人が居る」って言ってさ。唯の海賊の俺に頭を下げたんだ。
奴が守らなければならない相手ってのは、多分アスール殿下の事だと思う。
詳しい事情なんて俺は何にも聞いちゃいない。でも、あの二人には大きな秘密があるって事ぐらい、奴を見ていれば分かるさ。
エルンストは第一王女のアリシア姫の輿入れに伴って、ハクブルム国へと行ってしまった。多分、クリスタリア国に戻って来ることはもう無いだろう。
今は理由があってロートス王国を離れているようだが、いずれは祖国へと戻り、ヴィスマイヤー侯爵家の跡取りとして立派に国の中枢で働く器の男だ。
それでも、奴は俺の事を大事な友人だと言ってくれる。だから、俺も奴の想いに何時だって、どんな事にだって応えるよ。
でもさ、まさか奴に先を越されるとは思わなかった。なんだよ、婚約したって!
はぁ。俺だってそれなりにモテるんだよ。正直、相手に困った事なんて無いよ。でもさ、結婚となると……話は全然違って来る。
俺は出来の悪い息子だった。オルカ海賊団で船乗りをしていた親父に反発して島を飛び出して、テレジアの街を適当にぶらついて、仲良くなった女の人の家に転がり込んで、飽きると次の女へと渡り歩いていたんだ。
言ってしまえば “ヒモ男” って事だよ。今更だけど、当時の俺って最低だと思うよ。
ある日、裏通りで俺はかなりの人数の男たちに囲まれた。
どうやら、しばらく厄介になって数日前に別れた女が、その辺りの悪どもを取り仕切っているボスの女だったらしくてさ。まあ、よくある「俺の女に手を出しやがって!」ってアレだよ。
俺は袋叩きにあった。
ある程度の人数だったら負ける気はしないけど、流石に一対二十以上って卑怯だろ。
もしかしたら死ぬかもなって思った時に助けてくれたのが、リリー姐さんだったんだ。気を失っていた俺をアルカーノ商会まで運んで、ずっと付きっきりで手当してくれたらしい。
目覚めた時は、まさかリリー姐さんがオルカ海賊団の頭領の妻だとは思いもしなかった。若く見えたし、今まで見たこと無いくらいに綺麗な人だと思ったよ。
惚れたね!
母親って言って良いくらい年は離れちゃいるけど(これ、言ったら殺されるな)姐さんに心底惚れてる。理屈じゃ無いんだ。
でも、頭領にも同じくらい俺は惚れ込んでる。
もちろんあの二人の間に割り込もうなんて、これっぽっちも考えてないよ。
あの二人には、どうしようも無いくらいにクズだった俺を拾って、ここまで育てて貰った恩もあるからね。
ああ、いつか俺もエルンストが見つけたみたいに、心から惚れ込める女に出会える日が来るのかなぁ。
今度エルンストに会ったら、直接婚約の話を聞かされなかった事に対する文句と、祝いの言葉をたっぷり贈ろう。
それから二人で夜通し飲み明かそう。
おめでとう、エルンスト。
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