40 二人のレオンハルト
「随分と挑発していましたね」
ギルベルトは苦笑いを浮かべながら、隣に座るフレドに話しかけた。
「そうですか? あの程度のこと。亡くなられたスサーナ様とヴィルヘルム王、それに今もお二人の忘形見である双子が不当に受け続けている困難に比べれば、どうといったことは無いでしょう?」
「……まあ、確かにそうですね」
あの会談の後、ギルベルトとフレドは直ぐにヨハン・ミューラーの屋敷を後にした。
「あちらのレオンハルト殿下は、随分と甘やかされてお育ちのようですね。ご自身を取り巻く状況がまるで分かって居られない。それとも分からないように何もかも隠されているのか……」
帰りの馬車の中でフレドは忿懣やるかたないといった状態で喋り続けている。
「確かに。彼は何も知らされていないのでしょうね」
「そうでしょうとも! 知っていて尚私たちの前であの態度を取れるのであれば、それは最早、血の通った “人” ではありませんよ」
「それにしても、あのユール・センスとは何者なのでしょう?」
「……聞いたことのない名でしたね」
フレドは首を傾げた。
「戻ったら直ぐにでもエルンストに確認してみましょう。彼なら何か知っているかもしれませんよ」
「そうでしょうね。公爵がヴィスマイヤー卿の名前を出した時の様子からして、少なくとも向こうはヴィスマイヤー卿のことをかなり意識しているようでしたからね」
「おかえりなさい、兄上」
「ただいま。アスール、ヴィスマイヤー卿は一緒じゃないの?」
タチェ市に滞在中のギルベルト一行が滞在先として世話になっているのは、ハルメイ州の領主グンス・ニシナーのタチェ市内にある屋敷の離れだ。
このグンス・ニシナーは、ダリア州を治める “お調子者” 領主、ゲール州を治める “野心家” 領主、と並んでタチェ自治共和国を作る三つ目の自治州のハルメイ州を治める “生真面目” 領主として知られている人物だ。
ハルメイ州はメーラ国とハクブルム国の二カ国と国境を接しており、メーラ語を主言語としているが、ゲルダー語を話す者も多い。
「アーニー先生だったら、今は本館の方に行っています。ハクブルム国へ持ち帰る書類を受け取りに行くと言っていました。そろそろ戻って来る頃だと思いますよ」
「ヴィスマイヤー卿も、確か明日ここを出発するんだったね?」
「そうらしいですね」
「またしばらく会えなくなるね」
「……はい。でも、ここ数日で随分いろいろと話はできたと思います」
「そう、なら良かった」
ギルベルトは上着のポケットから懐中時計を取り出して時間を確認している。
「兄上は、何か先生に急用ですか?」
「いや、急用ってことでは無いんだけど……。実はゲール州領主のお茶会の席で、思わぬ人物と出会ったんだ。ヴィスマイヤー卿に確認したいこともあるから、後でサロンの方で話をしたいと僕が言っていたと伝えてくれるかな? アスールも同席してね」
「分かりました。先生が戻られたら、一緒にサロンに向かいます」
「そうだね。じゃあ、後で」
ギルベルトはそう言うと部屋を出て行った。
ー * ー * ー * ー
「ヨハン・ミューラーの屋敷でもう一人のレオンハルト・フォン・ロートスに出会ったよ」
「えっ? 兄上。今、何て?」
余りにもギルベルトがあっさりとそう告げたので、アスールは目を丸くしてギルベルトに聞き返した。
「だから、例のゲルダー語を話すどこかの国の王子がこの国に来ているって噂のアレだよ。予想通りロートス王国の彼だった」
「レオンハルト・フォン・ロートス?」
「そう。確かにそう名乗っていたね。あの感じだと……彼は自分がまさか “偽物” だなんて、思いもしてないのだろうね」
ギルベルトはそう言って可笑そうに笑った。
「今日のお茶会の本当の趣旨は、僕たちに彼を紹介することだったみたいなんだ。ゲールの “野心家” 領主に、どういう思惑があったのかまでは分からないけれどね」
「やはり噂通り、この国に来ていたのですね。それで、どんな人物でしたか?」
エルンストはギルベルトの話を聞いても驚く素振りは全く見せず、冷静にギルベルトに質問を投げかけている。
「ジェガの街で聞いた噂通りの容姿だったよ。金色の髪に緑の瞳。だけど、アスールとは全く雰囲気が違うんだよね」
「そうですね。髪色も瞳の色もアスール殿下よりはずっと明るい色味でしたね」
実際にレオンハルトと名乗った人物に会った二人は、揃って「似ていない!」と言った。
「ただ、亡くなられたヴィルヘルム王に多少似ている部分もある気もするので、もしかするとなんらかの血縁関係のある赤ん坊を替え玉にした可能性は捨てきれませんね」
フレドはそう言って溜息を吐いた。
あの混乱の中で、ロートス王国はレオンハルト・フォン・ロートスに関しては、最初からずっと “生存” を主張し続けていた。
つまり、元々 “王位簒奪” という目的を持っていて、生まれたばかりのレオンハルトに容姿のよく似た赤ん坊を使い、本物の王子を廃し、偽物の王子を本物として摺り替えをするつもりだったということだろう。
「前にアンナ様が、双子は明らかに命を狙われていた! と証言していたよね?」
ギルベルトがエルンストに問い掛けた。
「ええ、確かに姉はそう言っていました。実際、赤ん坊を抱いた姉はガロン男爵に斬りつけられているわけですし」
エルンストは苦々し気にそう吐き捨てた。
「ああ、そうだ! エルンスト、君に確認したいことがあったのを忘れていたよ!」
エルンストの口からガロン男爵というロートス王国貴族の名前が出たことで、フレドは聞きたかったことを思い出したようだ。
「何でしょう?」
「ユール・センスと言う名に聞き覚えはあるかい?」
「ユール・センスですか? センス伯爵家の関係者でしょうか?」
「センス伯爵家?」
「はい。ノルドリンガー帝国と国境と接する位置に領地を持つ伯爵家です。あの事件以前は確か子爵家だったように記憶しています」
「ほう。それは興味深いな」
フレドがにまりと笑った。
「そのユール・センスとは何者なのです?」
アスールが聞いた。
「今日のお茶会に同席した、レオンハルト殿下を名乗る少年の護衛騎士だそうだよ」
「公爵。不快なのは分かるけど、現在は彼がロートス王国のレオンハルトなのは一旦認めるしか無いよ」
「ですが!……まあ、そうですね」
ギルベルトに指摘され、フレドは渋い顏をしながらも一応は同意した。
「じゃあ、話を戻すよ。ヴィスマイヤー卿の今の話を聞いて確信したんだけど、やはりユール・センスは護衛騎士では無いと思う」
「私もギルベルト殿下と同意見です。彼は恐らくレオンハルト殿下の監視役でしょうね」
「監視役?」
「ええ。監視役兼、情報収集担当ってところではないかと思います」
「私もそう思います」
エルンストもギルベルトとフレドに賛同した。
「センス家があのタイミングで陞爵されたのは、当時国務大臣だったザグマン伯爵と……ああ、今は彼もザグマン侯爵ですが、何らかの取引をしていたと言うことに他ならない。レオンハルト殿下がタチェ訪問中に余計なことを仕出かさないかをそのユールが監視し、逐一報告を上げているのでしょうね」
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