37 その頃、テレジアでは……(3)
「そう言えば、昨夜の領主様主催の晩餐会はどうだったのですか?」
夕食を終え、お茶を飲み始めたタイミングを見計らっていたのだろう。ルシオが何気ない感じで、前日のレイフとの打ち合わせ通りにリリアナに向かって話しかけた。
「晩餐会? まあ、普通よ。王都で開かれるものに比べたらずっと小規模だし、昨晩は特に面白味のある話題も出なかったわね。ルシオ、貴方晩餐会に興味があるの?」
「晩餐会自体には特に無いですね。僕が気になるのは、どんな料理が出されたかってことですかね」
「まあ、お料理? そういえば貴方、食べるのはもちろん、作る方も好きなのですってね?」
「そうですね。学院では料理クラブに所属しています」
「あら、それは随分と本格的なのね」
「でも、作るよりは食べる方が断然好きですよ!」
「まあ」
リリアナは非常に上機嫌で、昨晩テーブルに並んだ料理がどんな感じだったか、味はどうだったかなどルシオに説明している。
ルシオも真剣にリリアナの話に耳を傾けていた。
余りに長いこと料理の話が続くので、てっきりルシオの頭の中から髪飾りについて聞き出すという本来の目的が忘れ去られたのでは無いかとレイフが疑い始めた頃、やっと話題が “料理” から “前夜の装い” へと変わった。
「そうだ! リリアナさんに教えて頂きたいことがあったのを思い出しました!」
「あら、何かしら?」
「もうすぐ僕の母の誕生日なんです。それで、今年は何か特別な贈り物を兄妹四人から渡したいと思っているんです」
レイフはルシオの母親の誕生日が本当に近いのか訝しみながら話を聞いていた。
「まあ、それは素敵ね。お母様はきっと喜ばれるでしょうね」
「ありがとうございます。それで、昨晩リリアナさんが髪に挿していた髪飾り、チラッと見ただけですけど凄く素敵だったから、ああいったのはどうかなと思って。どこで買い求めれば良いのか、もしよろしければ教えて頂きたいのですが……」
「ああ、あれね」
リリアナはお気に入りの髪飾りを褒められて嬉しそうだ。
「あの髪飾りは特注品なのよ。私の父親が特別に頼んで作らせた物だから、同じような物を買い求めるのは難しいと思うわ」
「そうでしたか。それは残念です」
「ごめんなさいね」
「いいえ、とんでもありません。リリアナさんのお父上って……前スアレス公爵のロベルト様ですよね? フェルナンド様の弟で、“クリスタリアの良心” って言われた」
「あら。良く知っているわね」
「はい。とても素晴らしい方だったと聞いています」
レイフはルシオの話術に心の中で拍手を送った。
「じゃあ、あの髪飾りはリリアナさんの為だけにロベルト公が特別に作られた唯一無二の品ってことなんですね?」
「ああ、唯一無二というわけでは無いわね。あれは父から私たち兄妹三人に贈られた品物なのよ」
「兄妹三人?」
予想外の答えに驚いて声を上げたのはレイフだった。
確かに三つの色違いの宝石が付いていることから想像して、同じ物が三本あるだろうとレイフは予想していたが、まさか母親の兄妹三人分とは思っていなかった。
「そうよ。兄と私と妹の三人でお揃いなの」
「髪飾りなのにニコラス公もお持ちなのですか?」
「用途は髪飾りだけじゃ無いのよ。髪に挿していたからよくは分からなかったかもしれないけれど、棒の部分は平たいのよ。兄はブックマーカーとして使っているわ」
「へえ。ブックマーカーですか!」
「そうなの。今でも愛用している筈よ」
(ってことは、アスールが持っているのは……)
「じゃあ最後の一本は……あれ? 妹ってことは……もしかしてロートス王国に嫁がれた。あの?」
「……ええ、そうよ」
リリアナの顔が急に曇った。
「すみません。余計なことをお聞きしてしまったみたいですね」
ルシオは慌ててリリアナに謝罪した。これ以上は踏み込んでは駄目な気がしたからだ。
「良いのよ。本当のことだもの。貴方が言う通り、妹のスサーナはあのロートス王国の王妃だったわ。例の悲惨な事件が起きるまではね」
ロートス王国の悲劇に関しては、当時クリスタリア国王だったフェルナンドの姪が巻き込まれた事件ということもあって、クリスタリア国に大きな衝撃が走ったと聞く。
ルシオもレイフもまだ赤ん坊だったため記憶には無いが、この話題が未だにクリスタリア国民の口を重くすることだけは知っていた。
「スサーナの髪飾りの行方については……私には分からないわ」
ー * ー * ー * ー
あの後は、なんとなく気まずい雰囲気のまま、それぞれの部屋へと戻った。
前夜別れた時の様子からレイフとルシオが想像していたのに反して、朝食のテーブルで顔を合わせたリリアナは、すっかりいつもと変わらぬ様子だった。
「ねえ、どういうことだと思う?」
勉強部屋でチビたちの持って来る計算課題に丸をつけながら、ルシオは横に座って同じように丸をつけているレイフに尋ねた。
「何が?」
「昨日のアレだよ」
「……ああ。フェイ、この問題とこっちの問題は、繰り上がりの数字を小さく書いておくと良いよ。そうすれば次からは間違わないから」
「分かった! ありがとう、レイフ兄ちゃん」
レイフは嬉しそうに席に戻って行くフェイの背中を見送った。
「とりあえず、今日の勉強部屋が終わってから僕の部屋で話そう。ここじゃ落ち着かない」
「……そうだね」
「昨晩リリアナさんから聞いた話から推測すると、アスールの持っているブックマーカーの元々の持ち主は、現スアレス公爵の下の妹、スサーナ様ってことになるよね」
昼食を終え、子どもたちがそれぞれの家に帰るのを見送るとすぐに、ルシオはレイフの部屋を訪ねた。
「そうだね。母さんの話だと、スアレス公爵は今も自分のブックマーカーを大切に使っているってことだったから」
「ってことは……どういうこと?」
ルシオは首を傾げた。
「どうして国王陛下はスサーナ様の髪飾りを持っていたんだろう?」
「陛下とスサーナ様の間柄って、従兄妹同士ってことで合ってる?」
「合ってるよ。母さんの父親がフェルナンド様の弟だからね」
「スサーナ様の遺品だとしたら、普通は従兄妹の陛下じゃなくて、兄のスアレス公爵のところにあるのが普通だよね?」
「まあ、そうだろうね」
「なんで陛下が持っていたんだろう? それも、それをアスールに渡すなんて……意味が分からないよ」
しばらくああでも無いこうでも無いと二人で意見を交わしてはみたが、結論が出る筈もなく堂々巡りを繰り返すばかりだった。
「ねえ、レイフ」
「何? 改まって」
「アスールにはっきりと聞いてみたら駄目かな?」
「ルシオ、本気で言ってるの?」
「ああ」
「だって、もし本当にアスールの持っているブックマーカーがスサーナ様の遺品だったら……それって僕たちが触れて良い話題なの?」
ルシオは真剣な表情でレイフを見返した。
「だってレイフ、君が言ったんだよ! アスールは時々様子が変だって」
「変とは言っていないよ!」
「似たようなこと言ってたよ」
「まあ、そうかもしれないけど……」
「気になるんだったら聞いてみようよ!」
「本気なんだね?」
「もちろん! だって、僕たち友人だろ?」
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