36 その頃、テレジアでは……(2)
「ねえ、どう思った?」
翌日の昼過ぎ。綺麗に着飾ったリリアナとミゲルを乗せた馬車が屋敷を出て行ったのを見届けると、待ち構えていたレイフがルシオに尋ねた。
「髪飾りのことだよね?」
「ああ」
「あれって、なんだか凄く似たような物を見たことがあるんだけど……。でも、僕の知ってるそれって……髪飾りでは無いんだよね」
ルシオが考え込んでいる。レイフは何も言わずにルシオの答えを待った。
リリアナの美しく結い上げられた髪に挿してあった髪飾りは、大きな雫型の “赤色” の宝石と、それよりも少し小振りな “水色” と “緑色” の宝石が長さの違う鎖で取り付けられていて、リリアナが動く度にキラキラと光り輝いていた。
「リリアナさんの髪飾り。全体を見せて貰ったわけじゃ無いじゃない? 髪に挿してあるんだから。でも、あれって……アスールの持ってるブックマーカーにそっくりな気がするんだけど?」
「やっぱり? ルシオもそう思ったよね? 僕の気のせいじゃ無いよね!」
レイフが大声で叫んだ。
「以前図書室でアスールが落としていったブックマーカーを僕が拾った時に、あれっ? て思ったんだよね。母さんの持っているお気に入りの髪飾りにそっくりだったから」
「ああ、あの時か! 君が落ちているのを見付けて、僕がアスールに返した、あのブックマーカーことを言ってるんでしょ?」
「そうだよ。確かあの時、アスールが小さい時から大事にしている物だって言っていたよね?」
「?……そんなこと、言ったかな?」
ルシオは首を傾げた。
「確かに言っていたよ!」
「そうだった? でも、昔からアスールが本に挟んであのブックマーカーを使っていたのは本当だよ。確か、陛下から頂いた物だって聞いた気がする」
「国王様から?」
「うん」
「ねえ、母さんの髪飾りとアスールのブックマーカーの違いに、何か気付かなかった?」
「ええ?」
そうレイフに問われて、ルシオはしばらく目を瞑り考え込んでいる。
「確信は無いけど……。一番大きな宝石の色が違う、かな。アスールのは “青色” だった気がする。勝手にアスールの水属性の色なのかなと思ってた」
「母さんの髪飾りの一番大きな宝石の色は “赤色” だよ。ルシオが指摘した通り、多分属性の色で正しいと思う。母さんの属性は火だから」
「でも、なんでリリアナさんとアスールが同じ物を持っているの?」
「分からない」
「もし、アスールの持っている物が元々はカルロ陛下の物だったとしたら……陛下は雷属性の筈だから、一番大きな宝石の色は “青色” ではなくて “金色” の筈だよね?」
何か自分にとって大事な品や、記念となる品を作る際、クリスタリアでは特産の貴石を加工して取り付けたりすることが好まれている。それも、自分の属性の色の貴石を選ぶ人が多い。
火属性なら赤色、水属性なら青色、氷属性なら水色、雷属性なら金色、風属性なら緑色、土属性なら茶色、光属性ならピンク色の貴石を加工して使うのだ。
「ねえ、ルシオ。アスールのブックマーカーに付いていた宝石、本当に “青色” だった? “水色” ってことない? この二色、似ているよね?」
「えええ。そう言われると……ちょっと断言できないよ。でも、どうしてそう思うの?」
「母さんの髪飾りに付いている他の二つの石の色が、“緑色” と “水色” なんだよね」
「あれっ?」
戸惑った表情を浮かべるルシオに対し、レイフは大きく頷いた。
「アスールのブックマーカーの小さい宝石 “緑色” と “赤色” じゃない?」
「……そうだったかな? そう! そうかもしれない!」
「きっと、もう一本あるんだよ。一番大きな宝石の色が “緑色” で、他の二色が “赤色” と “水色” の組み合わせなのが!」
「えっ? どういうこと?」
「つまりさ。そっくりなのが三本あるってことだよ! 持ち主は三人居るんだ。三人それぞれが自分の属性の色の大きな宝石が付いた物を持っているんじゃないかな」
「それは、リリアナさんと、陛下と、もう一人ってこと?」
レイフは首を横に振った。
「属性の色だとしたら、国王様では無いと思う」
「じゃあ、パトリシア様? パトリシア様の属性は知らないな……。それに、もう一人は誰なの?」
「さあ。分からないよ」
「まあ、本当にもう一本同じような物があるかだって、勝手に想像しているだけで実際には分からないしね」
「まあね」
ルシオはレイフの顔を覗き込んだ。
「ねえ、レイフは何がそんなに気になるのさ」
「……はっきりとは分からない。でも、なんだか凄く気になるんだよね。ほら。アスールってさ、時々何を考えているのか分からないことって無い?」
「えっ? アスール?」
「うん。心ここに在らずだったり、一人の世界に入っちゃったり」
「……そうかなぁ?」
「髪飾りのこと、母さんに聞いてみようかな」
「何て聞くの? 同じ物をアスールが持ってるけどって?」
「いや、それは言わずに」
「鎌をかける気?」
「まあ、そうだね」
「だったら、僕が聞いてみようか?」
「ルシオが?」
「うん。素敵な髪飾りですね! って感じで、自然に」
「自然に、かぁ。そんなこと、できるの?」
「まあ、任せてよ。それより、早く釣りに行こう! きっともう海岸でフェイたちが待ってるよ」
ー * ー * ー * ー
「ねえ、この大漁のシーディンどうする?」
「どうするって? 屋敷に持って帰るかってこと?」
「そう。だってさ、今回はダリオさんも居ないし、僕たち二人だけでオイル漬けなんて作れると思う?」
「ああ。確かに無理だね」
ルシオは久しぶりの海釣りが楽しくて、レイフと二人でバケツに収まりきらないほど大漁のシーディンを釣り上げた。
二人よりも先に釣りを始めていたフェイとルイスとシモンの三人の島の子どもたちは、二人が釣り糸を垂らしてしばらくすると、すぐに釣りに飽きてしまったようで、その辺に服を脱ぎ捨てると海へと飛び込んでいった。
「あの三人に家まで持って帰らせるか?」
レイフが楽しそうに泳ぐ三人を指差している。
「そうだね。その方が良いかも。きっと今日は殆ど釣れていないよ」
「あいつらにとっては、釣りなんて珍しくも無いだろうからな。泳いでいる方がよっぽど楽しいんだろう」
レイフは岩場に座り込むと、釣り上げたばかりの二人分のシーディンを手際良く捌き始めている。
「じゃあ、僕はあの子たちのバケツに氷を入れておくね」
そう言うと、ルシオは三人が釣竿と共に放置しているバケツを回収しに行った。案の定バケツは三つとも空っぽだ。
魔力操作をして氷をそれぞれのバケツに入れる。
二年前はあんなに絶賛してくれたルシオの作り出す氷も、今年の夏に何度か既に見ているので、すっかり慣れっこになってしまったらしい。称賛どころか、もはや感謝の言葉すら無い。
「おーーーい、そろそろ帰るぞ!」
レイフが岩場から声を掛けると、海から顔だけ出した三人がこちらに向かって手を振っているのが見える。それでも海から上がって来る気配は無く、時々飛び出して見えていた頭すら見えなくなる。
「あいつら、潜って何か捕ってるな」
「へえ。凄いね! 貝かな?」
「そうかもな」
レイフがシーディンの内臓を全て取り終えて、三人のバケツが捌き終えたシーディンと氷でいっぱいになってからしばらく経っても、まだ三人は海から上がって来ない。
「いい加減帰るぞ! あんまり遅くなると、お前たちの母ちゃんに怒られるだろ!」
「「「はーーーい」」」
意気揚々と海から上がって来た三人は、それぞれ手に大きな海老を持っていた。
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