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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第四部 王立学院三年目編
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35 その頃、テレジアでは……(1)

「あー。やっぱり妹たちを多少強引にでも連れてくるべきだったんだよ!」


 ルシオはそう叫ぶと、力尽きたようにばたりとテーブルの上に突っ伏した。


「まあ、そう言わないでよ。来週からはイアン兄さんも手伝ってくれるって話だし」

「……そうだね」



 レイフが島に戻って来て、もう一週間近くが過ぎている。


 結局、この夏テレジアの島に遊びに来たのはルシオ一人だった。

 ルシオは妹たちにも声を掛けてはみた。上の妹のカレラは “海賊の島” 異常な程に興味を示したのだが、下の妹のマイラはカレラがどんなに説得しても最後まで首を縦に振らなかったのだ。


「もう一押しって感じだったんだけどね……。マイラはかなりの人見知りだし、すっごく恥ずかしがり屋だからね。知らない人の家に泊まるのは、やっぱり難しいみたい」

「まあ、それじゃあ仕方が無いよね」

「それでも、学院に入学してから随分と改善してるんだけどね」

「だったら、来年以降は来られるかもしれないね」

「だと良いけど」



 レイフのすぐ上の兄のイアンは、王立学院を卒業後テレジアに戻り、()()を継ぐために日々父親のミゲルにしごかれているそうだ。


 ミゲルが所有する二つの家業のうち、“アルカーノ商会” の方は既にレイフの長兄であるカミルが中心となり取り仕切っている。

 カミルには既に結婚して二人の男児も居り、アルカーノ商会は遠くない将来、カミルが継ぐことになるだろう。


 イアンが継ごうと奮闘しているもう一つの家業とは、“オルカ海賊団” の方だ。

 イアンはミゲルの息子としてでは無く、今は一番下っ端の乗組員として、荒くれ者たちの中で日々揉まれているらしい。


「イアンさんは今 “真ん中の島” で寝泊まりしてるんでしょ?」


 ルシオが言っている “真ん中の島” とは、海賊団の本拠地が置かれている島のことだ。


「そうだよ。基本的にオルカ海賊団に所属している()()()の船員は、あの島にある屋敷に一部屋を与えられて、船に乗っていない時はそこで寝泊まりしてるんだ」

「学院の寮みたいなものだね?」

「寮? うーん、そんな良いものじゃないと思うよ」

「そうなの?」

「……行ってみれば分かると思うけどね」


 レイフは、なんとも言えない複雑な表情を浮かべている。


「“真ん中の島” に行くのは明後日だよね?」

「そうだね。海が荒れなければ! だけどね」

「荒れたら……本拠地の見学会は中止にしてくれて全然構わないよ!」



 レイフとルシオが王都からテレジアに入ったその日は、生憎朝から雨が降っていた。

 王都を出発した時はまだ良かったのだが、途中から天気はものの見事に崩れ、海が荒れ始めると定期船は揺れに揺れた。

 船に慣れていないルシオはテレジアに到着した時には殆ど死人のような形相で、やっとの思いで船を降り、迎えに来てくれていたイアンによってどうにかアルカーノ商会へと担ぎ込まれたのだった。


「イアンさん。海賊になろうと考えるだなんて尊敬に値するよ。僕はあんな辛い思いは二度と御免(こうむ)りたいね」


 ルシオはすっかり船酔いに懲りたようだ。



「そう言えば、アスールたちは無事にタチェ自治共和国に着いたかな?」

「ああ、そうだね。そろそろ到着している頃かもね」

「タチェには何か、クリスタリアには無い美味しいものがあるのかな?」

「……ルシオって、本当に食いしん坊だよね」

「何言ってるの、レイフ! 食べることは、つまりは “生きる” ってことだよ! 美味しいものは、生きる上で絶対に欠かすことのできない重要な要素なんだから!」

「そうなんだ……」

「アスールはきっと何かお土産を持って帰って来てくれると思うよ」

「そうかもしれないけど、それが食べ物とは限らないんじゃないかな」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



「ねえ、レイフ。明日なんだけど、私とミゲルはテレジアに泊まることになるから、こっちの家には戻って来られないけど……貴方とルシオ君の二人で留守番になるけど、大丈夫よね?」



 海が荒れることも無く、ルシオが無事に海賊の本拠地を見学してから数日後。

 夕食を終え、居間でレイフとルシオの二人が学院から出されている夏季休暇中の課題に取り組んでいると、リリアナが話しかけてきた。


「明日? ああ、そうか。父さんと二人で、領主様主催の晩餐会に招待されてるって前に言ってたね」

「そうよ。商業ギルドの関係者の一員としてね」

「領主とギルドの晩餐会ですか?」


 ルシオが意外そうな顔をした。


「そうなの。時々お声が掛かるのよ。テレジアの領主様は貴族にしては珍しく商売に興味があるらしくて。はっきり言って、晩餐会とか、そういったお付き合いは面倒なんだけど……立場上断る訳にもいかないのよね」

「そうですよね」


 アルカーノ商会は王都だけでなく、テレジアの商業ギルドにも所属している。テレジアの商業ギルドの中でいえば、アルカーノ商会は一、二を争う程の大手商会になるらしい。

 リリアナが元侯爵令嬢だということはテレジアのギルド関係者には当然知られてはいないが、その立ち居振る舞いから “元貴族” か、それに準ずる身分の “元令嬢” だろうと噂されているらしく、領主絡みの集まりがあれば必ずと言って良いほどリリアナに声が掛かるのだそうだ。



「それでね、終わるのが夜遅くなるだろうから、島には戻って来られないのよ。食事の支度は料理長に頼んであるから、二人で大丈夫かしらと思って」

「大丈夫に決まってるだろ! もう小さな子どもじゃないんだから」

「そう? それなら良いけど」


 リリアナは子ども扱いされて憮然とする息子を、目を細めて愛おしそうに眺めている。


「それより母さん。ちゃんと明日着ていくドレスや持ち物を確認しておいた方が良いんじゃないの? いつだって母さんは直前になって慌てるんだから!」

「そうね。そうするわ」



 リリアナが居間を出て行くと、レイフはニヤニヤしながら自分を眺めているルシオを睨みつけた。


「そんな顔してないで、言いたいことがあるならハッキリ言ってよ!」

「別に、何も無いけど」

「だったら、そのニヤけ顔。いい加減止めてくれる?」

「いつも通りなのに……」


 そう言いながら、まだルシオはクスクス笑っている。


「あのさ、ルシオ」


 レイフは急に真面目な顔をしてルシオに向き合った。


「明日なんだけど」

「えっ、何?」

「母さんが夜会用の支度を終えたら、出掛ける前に必ず確認して欲しいことがあるんだ」

「何を?」

「母さんは夜会に行く時は必ず髪を綺麗に結い上げるんだ」

「うちの母親もそうだよ」


 ルシオがうんうんと物知り顔で頷いた。レイフはちょっとだけ表情を和らげ、そのまま話を続ける。


「そう言う時は大抵お気に入りの髪飾りを挿すんだよね。それをルシオにも見て欲しいんだ」

「ん? お(めか)ししたリリアナさんを見れば良いの?」

「そうじゃない! 母さんが挿している “髪飾り” を見てほしいんだ」

「髪飾り? えっと、どういうこと?」


 レイフは首を横に振った。


「前もってルシオに余計な情報を入れたくない。その髪飾りを見て、ルシオが何て言うかを僕は知りたいんだ」

「ふぅん。良く分かんないけど……分かった。明日、リリアナさんの髪飾りを確認すれば良いんだね? まあ、やってみるよ」

お読みいただき、ありがとうございます。

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