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クロスロード 〜眠れる獅子と隠された秘宝〜  作者: 杜野 林檎
第四部 王立学院三年目編
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29 晩餐会と果物とお酒と

 昨晩領主の館で開かれた晩餐会では、領主であるライ・グーレンがクリスタリアからの一行を盛大にもてなしてくれた。

 この土地の特産品である魚介類はもちろん、肉料理、野菜料理のどれもが素晴らしい出来栄えな上に、デザートとして出された果物の種類の多さとその味の良さに、皆が舌鼓を打った。

 更にこの地で造られたアルコール度数の高い酒が振る舞われたこともあって、晩餐会は大いに盛り上がっていた。


 晩餐後も部屋を移して、国際交流という名の親睦会は続いていた。

 おそらくこの中で唯一未成人のアスールは、適度に酒が入り楽しそうな皆を眺めながらひたすらテーブルに美しく盛られた見慣れぬ果物を口に運んでいた。


「果物がお気に召されたようですね」


 次にどれを食べようかと物色していると、突然ゲルダー語で話しかけられた。

 声がした方を振り返ると、そこに居たのは領主ライの第一夫人だった。()()()ふくよかで如何にも人の良さそうな第一夫人は、年若いアスールが退屈してはいないかと気に掛けてくれたらしい。


「はい。どれも目新しいものばかりで、それに、とても美味しいです」

「そう。それは良かったわ。私ね、貴方がゲルダー語をお国の学校で勉強中だと、あちらにいらっしゃる貴方のお父様から伺ったのよ」


 そう言って第一夫人はバルマー侯爵の方を振り返った。部屋の奥で、フレドがこちらに向かい満面の笑みを浮かべながら手を振っている。


 ジェガはダリア語圏で、確か三人居るライの奥方たちは皆ダリア人の筈だ。にも関わらず第一夫人の話すゲルダー語は流暢で、まるで母国語で話しているかのように聞こえる。

 タチェ自治共和国の上流階級の者であるなら、国内で使用されている他の二言語を使いこなすとバルマー侯爵が勉強会で言っていたのは、どうやら本当のことらしい。



「ふふふ。そんなに気に入ってくれたのなら、是非国へ戻る船に積んで、沢山持ってお帰りなさいな。お帰りの日程に合わせて、私の方で用意しておくわ。帰りの船もジェガの港から出航するのでしょう?」

「そうだと思います。ですが……宜しいのですか?」

「もちろんよ。子どもが遠慮なんてすること無いのよ!」

「ありがとうございます」


 領主夫人は使用人に申し付けて椅子二脚を運ばせると、アスールに椅子を勧め、自分も隣に腰を下ろした。


「貴方、あちらに居るお兄さんの他にも兄弟はいるの?」

「はい。姉と妹がいます」


 今はルシオの振りをしているのだから、この場合「妹が二人」と言っておくべきなのか一瞬迷ったが、アスールはそのまま本当のことを答えた。


 夫人にも子どもが三人居るのだが、揃いも揃って全員娘さんなのだそうだ。一人は国外に、他の二人もジェガとは違う街へと嫁いでいて、滅多に会えず寂しいと嘆き始めた。

 領主のライには彼女の他に二人の夫人が居て、後継は第二夫人が産んだ長男なのだと晩餐会のはじめに紹介があった。


「貴方、今おいくつ?」

「十二歳です」

「そう。これから素敵なことがいろいろあるわね。明日は街を散策するのでしょう? この街を好きになってくれると私も嬉しいわ。楽しんでね!」

「ありがとうございます」


 アスールとの会話に充分満足したのだろう、第一夫人は側仕えに手伝って貰いながらどうにか椅子から立ち上がると、次の話し相手を求めて移動していった。



 アスールは壁側に置き去りにされた椅子にそのまま座って室内を眺めることにした。

 しばらくすると、使用人がまた椅子を二脚、慣れた様子で人を避けながら運んでいるのが目に入る。

 ああして第一夫人が話し相手を求めて移動を繰り返すうちに、部屋の壁際に椅子が大量に並ぶかもしれない。想像すると可笑しくて堪らない。


「何か面白いことでもあったのかな?」


 アスールが下を向いて笑い転げそうになるのを堪えていると、頭上から聞き慣れた声がした。


「アーニー先生!」

「隣、座っても良いかい?」

「もちろんです」

「随分と長いこと第一夫人とお喋りをしていたようだね」

「見ていたのですか?」

「まあ、彼女が動くと色々な意味で目立つからね」


 そう言ってエルンストは笑っている。

 あの第一夫人はこの国で一、二を争うと言われる程の名家の出身で「彼女の不興を買えば、この国では生きて行けない」とまことしやかに囁かれているそうだ。


「まあ、本当か嘘か……噂話なんて分からないけどね」

「……そんな感じは全然しませんでした。帰りの船に果物を積んで頂けるみたいな話をしていたけど……」

「おや。()()()の殿下は随分と第一夫人に気に入られたようですね。()()()の殿下は……お気の毒に、先程からずっと第三夫人に捕まっていますよ」



 見ると、確かに困り顔のギルベルトが第三夫人と話し込んでいる。


「大方、自分の娘のどちらかをギルベルト殿下の縁談相手にとでも考えているのでしょうね」

「えっ。本当ですか?」


 そう言われて改めて見てみると、第三夫人の奥に着飾った若い女性が二人立っている。どう見てもギルベルトよりかなりの年上だ。


「まあ、ギルベルト殿下が、あのお嬢さん方に限らず、相手にするとは到底思えませんけどね」


 エルンストは冷めた目をして、妙に確信めいた話し方をした。


「とは言え、現実問題としてギルベルト殿下には決まった婚約者はいらっしゃいませんし、今後も晩餐会や舞踏会に出席されれば、ああいった事態は何度も起こるでしょうね……」



        ー  *  ー  *  ー  *  ー



 翌日の昼過ぎ。護衛騎士の半数を引き連れ、王宮府の役人たちが調印式の準備の為ジェガを出てタチェ市へと向かった。

 ジェガの領主の館に残ったのは、ギルベルトとアスール兄弟とその側仕えたち、フレドとラモス親子、護衛騎士半数、それから通訳として同行するエルンスト・フォン・ヴィスマイヤーだ。



「この後、街を見て回る予定でしたよね? 馬車の準備はできているようです。そろそろ出発しますか?」


 珍しくフレドの顔色が冴えない。前夜振る舞われた非常に強い酒が、どうやらまだ抜け切っていないようだ。


「護衛騎士をちゃんと連れて行くし、ヴィスマイヤー卿だって居る。バルマー侯爵はこの屋敷に残っても構わないよ。その状態で馬車に乗るのは無理ではない?」


 含み笑いを浮かべながらギルベルトがそう聞いた。


「父上、そうさせて貰ったら如何です? 頭が割れそうに痛いのではありませんか?」

「まあ、な」

「それに、父上がご自身で勉強会でも言っていたではないですか。ジェガの街はとても治安が良いと」


 息子でもあるラモスにまでそう言われ、フレドは渋々同行を諦めた。


「ラモス。殿下方がご一緒なのだ。羽目を外し過ぎるなよ!」

「分かっております」

「エルンスト、悪いが三人の()()()を宜しく頼む」

「お任せ下さい」

「じゃあ、お大事にね。侯爵」

「恐れ入ります、ギルベルト殿下。お早いお帰りをお待ちしております」


 両手で頭を押さえているフレドを残して馬車は領主の館を出発した。

お読みいただき、ありがとうございます。

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