17 ローザと新しい習い事
「私、絵を習いたいのです。先生は前に私の絵を描いてくれたあの絵描きさん。出来ればあの方が良いのですが……ダメですか?」
久々に中庭の薔薇園を親子でのんびりと散歩していると、前を歩いてたローザが急に足を止め、振り返ってそう言った。カルロとスサーナはその突然の提案にどう反応するべきか顔を見合わせている。
「どうして絵なの?」
「だってお母様。私、見せて貰ったのですよ。あの絵描きさんの描いていたこの街の景色は本当に美しくて、とても素敵だったのです。私も出来ればあんな風に、素敵なものをいつでも思い出せるように、絵に描いて残してみたいと思いました」
「ほう。あの男は肖像画だけでなく、風景画も手掛けるのか?」
「はい。いろいろな国を旅して絵を描いているそうです。見たことのない変わった建物ばかりの街の絵もありましたよ」
「いろいろな国か……」
「はい」
カルロはしばらくブツブツと独り言を口にしながら考え込む。
あの収穫祭での騒動の際に、アスールが城に連れ帰った男。リリアナが「アスールの命の恩人」だと証言したあの男こそ、ローザは気付いていないが『絵描きさん』その人なのだ。ローザの護衛騎士たちがそう証言しているので間違いは無い。
(どうしたものか……)
「ローザ、少し待て。すぐには無理だが、あたってはみよう」
「……はい」
その日の午後すぐに、カルロはイズマエル・ディールス侯爵とフレド・バルマー伯爵を呼び出していた。
「フレド、あの者に関して何か分かったか?」
「ローザ様付き護衛騎士マリオ・カステルの報告によると、あの者の名はアルノルド・マイヤー。出身地はヒルバム国。年齢は二十歳前後と思われます。下町にある宿に長期滞在をすると言って、かなりの前金を支払っています。ほぼ毎日のように街に出ており、絵を描くか、その日に出逢った適当な誰かと話をしているようです。金銭的にはかなり余裕はありそうですね。愛想も非常に良いので、宿の者や、他の滞在客などからの評判も良いようです」
ローザが絵描きと出会った日、カルロとバルマー伯爵はマリオ・カステルを執務室に呼び出し “絵描きの男” とローザとのやりとりの様子を聞き出していた。
その上で念のためマリオに絵描きの素性を調べさせていたのだ。
「先日の収穫祭の一件に関しては、マリオ・カステルをはじめ、護衛騎士たちの誰もが口を揃えてあの男の剣技と体術を賞賛しています。絵描きを生業にしている者の動きとは思えない。あれは幼少期よりきちんと訓練を受けた者の動きだと」
フレドの報告にカルロは溜息をつく。
「宿帳にある『ヒルバム国出身』との記載ですが……先日直接話をしてみた私の個人的な印象ですが、それは偽りではないかと考えます。おそらく、あの男に害意は無いでしょう」
「何故そう思う? イズマエル」
「まあ、勘ですが」
「はは、勘か……」
「イズマエルがそう言うならば、たぶんそうなのでしょうね」
「そうなのだろうな。で、どうするか……」
カルロはガシガシと頭を掻きながら、落ち着きなく部屋を歩き回っている。
「姫様が望むなら、絵の教師として迎えてみては如何かと」
「えっ?」
思ってもみなかった提案にカルロが驚いたように振り返ってイズマエルの顔を見る。
「信用出来ないのなら、いっそ側に置いてあの者を見張れば良いでしょう」
「えっ⁈」
「確かに一理あるな!」
どうやら戸惑っているのはカルロだけのようだ。
「お前たち、本気か?」
「まあ、我らにお任せ下さい」
ー * ー * ー * ー
「はあ……」
どうやらアスールの嫌な予感は当たったようだった。
昨晩、父カルロから「明日の午後、絵の先生が来るからそのつもりで」と言われたのだ。ローザは大喜びだったが、何故自分もなのか。納得がいかないアスールだった。
「前に私の絵を描いてくれた人が先生よ、きっと!」
「へえ、そう……」
「あの、アス兄様は絵を描くのは嫌なのですか?」
「嫌とか嫌じゃないとか……そういうことじゃないよ。僕はもうすぐ学院入学だっていうのに、なにも今更新しいことを始めなくてもいいだろってことだよ」
「そうですか……」
その時、バルマー伯爵が一人の男を伴ってサロンへ入ってきた。
「えっ?」
アスールは驚きのあまり思わず大きな声を上げてしまったことを後悔する。ローザが不思議そうに自分のことを見上げていることに気付き、少し頬が熱くなるのを感じていた。
その男はローザと、そんなアスールの方を見てニッコリと微笑んでいる。
(紛れもなくあの人だ! あの収穫祭の時に僕を助けてくれたあの人だ!)
「こちらはアルノルド・マイヤーさん。今日から私たちの絵画指導の先生です」
「伯爵、私たちのってどういうことですか?」
「私も一緒に絵を習おうと思ってね。上手くなったら妻の顔をそれはもう美しく描いて、プレゼントにして驚かせるつもりですよ」
「まあ素敵!」
「ああ、でもお二方。このことはまだ妻には内緒ですから、絶対に黙っていて下さいね。お願いしますよ」
「ふふ。秘密ね。分かりました!喋りませんよね。お兄様」
「ああ」
(本気か伯爵? そんな筈は……無いよね)
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